531 石川さんちの授業参観
わたしの名前は石川真弓。
喫茶いしかわの看板娘見習い……のつもり。おじいちゃん家で飼っている犬のブランのお世話を手伝うこともある。ブランは元々お父さんが結婚する前から飼ってた白いわんこなんだけど、お母さんのお腹に赤ちゃん(つまり、わたし)ができたとき、散歩のお世話などが難しくてお引越ししたらしい。今の元気のまま長生きしてほしい。
そしてわたしには弟がいる。今年小学生になった進だ。進とわたしは毎日一緒に登下校している。
なんでかって? お父さんが心配性だから。
進の入学式の前日に言ったの。
「いいかい真弓。君も進もまだ小さいから学校の登下校中に何があってもおかしくないんだ。しかもこんなに可愛いから誘拐される危険もある。それから……」
この調子で二時間。うちのお父さんはそれはそれは過保護なんだ。
いつの話か忘れたけどお母さんも、
「和樹さんは昔っから心配性なのよねぇ」
とか言ってたっけ。まぁお母さんへの過保護と心配性はベタ惚れが理由だから、あのお父さんじゃ仕方ないと思う。
しかも。
わたしがまだ一年生の時、道に迷ったり誘拐されたりしたら大変だから……という理由で、(お父さんの心配性に巻き込まれた)長田さんに送り迎えしてもらったこともある。長田さんもたいへんだなぁ。
ちなみにこの後、近所の小学生皆で集団登校することがなし崩しに決まっていた。
「ねぇねぇ」
わたしの手をぎゅっと握る進がわたしを呼んだ。どうしたんだろう。
「なに?」
「今日、お父さん来るかな~?」
「あー……」
そう。今日は授業参観だ。進はたしかこれが三回目の授業参観。わたしはもう少し多く授業参観を受けているけれど、お父さんは一度も来たことがない。授業中にチラッと後ろを見ればたくさんのお母さんやお父さんが来ているのにわたしのお父さんはいない。来るのはお母さんだけだ。進が小学生になってから、進とわたしの教室を行ったり来たりしてバタバタしてたのを思い出す。
お父さんの仕事が忙しいのは小さい頃から知ってたから、わたしは別になんとも思ってなかった。
とはいえなんだかんだでお父さん大好きっ子な進がこう言うのも無理はない。
「来るといいね」
「うん!」
進はぱあっと花が咲くように笑顔になった。
まぁ……一昨日から仕事で帰ってきてないから来ないんだろうけど、夢や期待をわざわざぶち壊す必要はない。
今日の授業参観は二時間目から四時間目までやるらしい。んで今日は半日で終わる日だから四時間目が終わったあとは保護者と帰宅、という流れになる。
そして今は一時間目が終わった休み時間。廊下を見れば保護者が少しずつ見えてきた。そしてその中にはお母さんもいた。わたしを見つけるとこっちに向かって手を振ってきた。わたしもお母さんに向かって手を振り返した。なんだか朝よりもやけにご機嫌に見えた。
キーンコーンカーンコーン……予鈴がなったので席に着く。
この時はまだ、お母さんがご機嫌だった理由なんて考えてもみなかった。
時間は進んで最後の四時間目。三時間目が終わったあと、お母さんはわたしに一言いって、進の教室へ向かった。
お母さんを見送った直後。
「「キャー!」」
「誰あれ!?」
「イケメン!」
「誰のパパ!?」
「えっパパなの!?」
様々な声が聞こえてきた。その声とざわつきはわたしの教室に少しずつ近づいているみたいだった。
そしてどうやら職員室に行っていたクラスメイトの一人がその声の正体をたまたま目撃したらしい。
「一年生の教室からすんっっごいイケメン出てきたんだけど!」
クラス中が、いや学校中がザワザワするなか予鈴がなった。
わたしもその正体がちょっとだけ気になったが、とりあえず授業に集中することにした。
(…………?)
なんかヒソヒソと声がする。それも色んなところから。
なんとなく悪口っぽいヒソヒソではなく浮ついてふわふわしたヒソヒソっぽい気がする。
となりの女子は前の子となにか話している。するととなりの子が保護者の方を見た。となりの子が驚いたような顔をしてそして会話がめちゃくちゃ弾んだように見えた。
後ろになにかあるのだろうか。
気になって後ろを振り向いてみた。
…………!?
あれは……! あの人は……! なんで!? 来るはずないのに……!?
お父さん……っ!
くっきりした顔立ちながらアラフォーに差し掛かってるとは思えないほどの童顔、引き締まってて背の大きな体にグレーのスーツ。
どっからどー見てもお父さんだった。どうあがいてもお父さんだった。
思考がピタッと止まってしまった。
「じゃあ……次は石川さん!」
先生の声で、はっ! と我に返った。
そしてその場に立つ。
「石川さんのお父さんの好きなところ教えてください!」
そう。四時間目はお父さんの好きなところを発表するという内容だった。
なんというタイミング!
今日に限ってお父さんもいるなんて!
お母さんが見てる時はこんなに緊張しないのに、今日はものすごく緊張した。頬が熱くなってしかも変な汗も出てきた。
めちゃくちゃ緊張しながらも一呼吸おいて、わたしはお父さんの好きなところをまとめた作文を読んだ。
「お、『お父さんの好きなところ』石川真弓。わ、わたしのお父さんは営業マンです。営業マンはいろんなところに出張に行く人でとても忙しくて、帰って来れない日もあるからたまに寂しいです。出張してる町で事故や事件のニュースがあると、お父さんがその場所にいないかとても心配になります。でもお父さんは一緒にお仕事する人からたくさん頼りにされてるすごい人です。わたしはそんなお父さんが大好きです。わたしも将来はお父さんのような人になりたいです」
パチパチパチ。席に座ると拍手があった。
はぁぁぁぁぁぁ……緊張したああぁ……っ!
「石川さんのお父さんは営業マンなんだねー! あ、チャイム鳴っちゃった。じゃあ四時間目の授業はこれでおしまいです!」
号令が終わったあと、わたしはすぐさまお父さんの元に行った。
「お父さん!」
「ああ、真弓」
「なんで今日来られたの?」
「仕事を終わらせたんだよ。今日のために」
今日のため……? いつも忙しくて来られなかったのに……?
「お父さんのこと、あんなふうに思ってくれてたんだな。ありがとう」
わたしの頭を優しく撫でた。なんだか嬉しくなって
「うんっ!」
と、答えた。
深いことは特に何も考えなかった。
帰りの会が終わり廊下に出る。お父さんが待ってくれていた。わたしはお父さんに声をかけて一緒に進の教室へ向かった。
そして進の教室の前に着くと。
お母さんがいろんな人に囲まれていた。よーく聞いてみたら
「石川さんどこであんないい人見つけたの!?」
とか
「進くんママ羨ましいわぁ」
とか、お父さんに関することを話しているみたいだった。お母さんはわたわたしている。
そしてお母さんたちの反対側にはたくさんのお父さんたちがいてなんだかとても重い空気だった。
なんだこれ。なにがあったんだ。
まぁ多分お父さんが原因なんだろうなーとか思っていたら。
「お父さん!」
帰りの会が終わって教室から飛び出してきた進がお父さんに抱きついた。
お父さんは進と目線を合わせるようにしゃがんで進をぎゅーっと抱きしめた。
「お父さーん! 苦しいよー!」
「はは、ごめんごめん」
ぐえっとなってお父さんの肩をぺしぺし叩く進を、その背中をぽんほんしてからゆっくり解放するお父さん。
それを見ていた女の子たちが
「いいなぁ進くんのパパかっこいい」
「髪の毛いっぱい!」
「身長たかーい!」
「スタイルいーい!」
「かっこいいー!」
あー……これは傷ついちゃいすよねぇ……頑張れお父さんたち。
落ち込むお父さんたちを見てわたしはそんなことを考えていた。
君たちのお父さんの方がかっこいいよ、とかフォロー入れてるつもりなんだろうけど全然フォローになってないしむしろ逆効果だよ、お父さん。
「そろそろ帰ろう。お母さん呼んでくるから先に靴を履いて待っててくれ」
「うん。行こう進」
わたしたちは昇降口に向かった。
帰りはお父さんの車だった。
盛り上がる会話の中、お父さんが今日は何が食べたいか聞いてきた。
「「「オムライス!」」」
三人揃ってオムライス。
お父さんが作る料理は全部美味しいんだけどその中でもオムライスは格別。
ふわっふわっでとろっとろのオムライス……考えただけでよだれが出そうになる。
「じゃあスーパー寄って帰ろうか」
「「やったー!!」」
今日はお父さんのオムライスだ!
ある意味「524 百一回目のオムライス」の後日談かもしれない。
この日の昼食は、気付けば高級スーパーで買ったステキなお値段のスタイリッシュサラダなんかがオムライスに添えられてるんでしょうね。
で、ゆかりさんがドヤ顔で出してきた冷凍したスープストックにオムライス作ったときに余った野菜とか肉を入れて作った具だくさんスープも一緒に出てくるんだよきっと。




