529-3 クリスマスデートにお誘いすれば(後編)
クリスマスマーケットに向かう電車の中で、もうすぐ待ち合わせ時間だ間に合え間に合えとやきもきしていた和樹は、最寄り駅に停車し扉が開くと一目散に駆け出した。きっとゆかりは早めに会場に着いて待ってくれている。待たせたくないのはもちろんだが、なにせゆかりはモテるくせに無自覚なのだ。遠回しなものも直球なものも、どれほどのナンパ野郎を退けてきたことか。
今日もゆかりに声をかける者がいるに違いない。僕が最愛の妻を護らねば! とどうしても気が逸る。
会場入口付近に着いたとき、なぜか人混みができていた。この中心地にゆかりがいる。妙な確信を持っていた。
なんとか様子を伺える場所を見つけると、テレビの中継にゆかりが捕まっているようだ。ナンパ野郎じゃなく女性なのでまだマシだが、それでも愛しいゆかりを他の男の目に晒したくないという気持ちが湧き上がる。にっこり笑ってカメラに手を振るゆかりが見えて、さらに独占欲が湧き上がる。
和樹の執着心が届いたかのようにゆかりが周囲に目をやると和樹を見つけた。ほっとした顔をすると、一言交わしてぺこりと会釈し、和樹のもとへやってきた。
するすると人混みを抜け出してぽすりと和樹の腕の中に収まるゆかり。
「和樹さん、おかえりなさい」
「ゆかりさんも、おかえりなさい」
和樹が軽く抱き締めると、ゆかりは力を抜いて和樹から離れた。
「もういいんですか? アレは」
和樹がチラリとクルーに視線を向けると、ぽかんと口を開けて固まっているリポーターの姿が。どうやら追いかけて来られることもなさそうだ。
「うん、大丈夫。もし大丈夫じゃなくても、スタジオに暁弥さんがいるらしいから、なんとかしてくれるよ……たぶん」
「そっか。暁弥さんに笑顔を振りまいていた件は後でたっぷり聞かせてもらうとして、あちらは気にせずデートしましょう。寒いからうんとイチャイチャしましょうね」
一瞬でさっと顔色を変えたゆかりは笑顔を引きつらせ、和樹がわざと低く囁いたイチャイチャという言葉を聞くと少し照れくさそうにして囁き返す。
「えっと。人前だし、イチャイチャはほどほどでお願いします。でも手は繋ぎたいな」
「恋人繋ぎでいいよね?」
既に恋人繋ぎしている自分の左手とゆかりの右手をコートのポケットに導く和樹にふわりと表情を弛めたゆかりは、左腕を和樹の左腕に絡めて抱き着くように寄り添った。
「えへへっ。まだ寒いから、少しだけ……ね」
「少しと言わずいくらでも大歓迎ですよ。寒いですからね」
くすくすと笑い合いながら歩を進める。
「うわぁ、香ばしいスパイスとジューシーなお肉の匂いがたまりませんね!」
「ああ、あれかな? 各種ソーセージ盛り合わせ。ドイツビールやホットワインの飲み比べセットもあるみたいだ」
「和樹さん、シェアしましょう。ぺこぺこのお腹がきゅーっと鳴る前に食べたいです」
「フフッ。いいよ。すみません、ソーセージの盛り合わせ一つとビールの飲み比べセットを一つ」
トレイに乗ったソーセージとビールを受け取り、イートスペースへ移動する。受け取る際に離れる手に和樹が残念そうに見えたのも、ゆかりが寂しそうな顔をしたのも、お約束というものである。まあゆかりはすぐに目の前で湯気を立てる、油でツヤツヤしたパリパリのソーセージに目を奪われていたし、その様子を見た和樹が嬉しさと悔しさの同居する表情を見せていたのだが。
「わたし、このビールにしようかな。和樹さんは?」
「ふむ。じゃあこれにします」
「ではアツアツのうちに……いただきまーす」
「いただきます」
ソーセージを一口噛じるとパリッと皮が弾け、断面からさらに湯気がぼわりと広がる。はふはふと熱を逃すその口元は旨味たっぷりの油がてらてらと光っている。ツヤツヤと光る口元をむぐむぐと数度動かすと大きく喉が動く。そのままグッとビールを呷るとプハーッと息を吐いてから噛みしめる。それらの動作を息ぴったりに為した和樹とゆかりは顔を見合わせるとくすくすと笑った。
「んふふっ。一杯目のビールの喉越しって最高ですよね」
「はい。ソーセージも皮パリジューシーで肉の旨味がしっかりしてて。やっぱりビールに合いますよね」
「うん。わたし、こんなにプハーッ! ってなるくらい遠慮なく飲んだの久しぶり。両親が子供たちを預かってくれたからこそですね。今度お礼しなきゃ」
言われて和樹はハッとする。そうだ。子供たちの世話はゆかりにほぼ任せきりというか、かなりワンオペで頼りにしてしまっている。目を離せないのだから酒を飲む余裕などあるはずない。
和樹が反省している間に二本目のソーセージにかぶりつくゆかりはにこにこと、全身で美味しいと伝えてくる。
「んっ。和樹さん、このハーブのソーセージ美味しい! ほら、食べてみて!」
半分噛ったソーセージの串を和樹の口元に突き出してくる。反射的にゆかりの手を自分の手で包み、ってパクリとソーセージを口の中に収める。
「本当だ。ハーブがいいアクセントになってて美味しいですね」
食べながら「このソーセージはあのデパートの地下で販売してるのを見た気がするな。今度プレゼントしよう。いや僕が完璧に焼き上げて家族の称賛を」などと考えているのは表情に出さず、食レポとともにゆかりに笑顔を向ける。
「ゆかりさんの唇もとても美味しそうになってますね」
ゆかりの唇の端に人差し指でチョンと触れたと思うとその指先に移った油をぺろりと舐めてにやりとする和樹に、一瞬きょとんとした直後ぶわりと顔を赤く染めるゆかり。
「な……な……」
「ゆかりさんも僕の唇に付いた油を舐め取ってくれてもいいんですよ?」
「しませんっ」
「ははははは」
追加でホットワインや牛煮込みシチューを食べると心もお腹もすっかり温まった。
そうやってイチャつきながら食べ終わると雑貨スペースを覗き、ランチョンマットやマグカップなどを購入する。いつかこれを見て思い出せるように。
それから、櫛切りの皮付きフライドポテトを食べながら(たまに和樹のあーんリクエストに応えながら)会話を楽しみつつのんびりとイルミネーションを施された遊歩道を歩くと、大きなツリーの元に辿り着く。
ゆかりは小さなカップに入ったココアをカイロ代わりにしながらツリーを眺める。和樹はそのゆかりのお腹を温めるようにすっぽり包むバックハグをしていた。落ち着いて、ぽつりぽつりと会話する。離れていた時間を埋めるように、喫茶いしかわの客のこと、子供たちのこと、その他にも色々と。
「和樹さん。来年以降もやってたら、また来ましょうね」
「うん。子供たちも連れて家族で来てもいいし、また二人きりでデートしてもいいね」
「んふふ。どっちも楽しみです」
ゆかりが自身に回された和樹の両腕をぎゅっと抱きしめてそっと声色に乗せる。
「和樹さん、大好きです」
和樹は小さく息を飲み、ふわりと微笑むとゆかりをさらに閉じ込めるかのように抱き締め直す。
「愛してます、ゆかりさん」
「……うん」
しばらくそのままツリーのイルミネーションを楽しんだ。
翌朝、子供たちのお迎えと朝食を一緒に食べるため両親の元へ行くと、昨夜の中継にゆかりが出ていたことはしっかりバレていて、しかもバッチリ録画されていたこと。それを見て内容を確認した和樹のお説教が朝食時の滾々と言葉を尽くすもののみでは済まず、執着心を前面に押し出して夜通しじっくりと甘くねっとりと身体に解らせるものとなったのは、また別の話である。
警戒心や危機感の足りないゆかりさん。朝食のBGMが和樹さんの説教になった皆はたまったものではないですね。
今年の更新はここまでとなります。
読み支えてくださった皆さま、ありがとうございました。
来年もお楽しみいただければ嬉しいです。




