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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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48-2 とある応援し隊員の思い出話・Case5(後編)

 イケメン夫さんが来店する二日前。


「店内でお召し上がりですか?」

 ショーケースの前で難しい表情をしている女性に声を掛けたのは、夕方と呼ぶにはまだ早い時間帯だったように思う。

 私の他にも何人か店員はいたけれど、たまたま手が空いていたのが私だった。

 私の声に反応した女の人は、ぱっとショーケースから顔を上げて恥ずかしそうに笑う。


「えっと、はい。でも渋川栗のモンブランと、あとこのオペラとで悩んでて……オペラってコーヒーが使われてるんですよね?」

「はい。当店のものはコーヒーの分量をやや多めにしてまして、チョコレートの甘さと合わせて深みのある味になっております。コーヒーが好きな方がよく買われていきますね。渋川栗のモンブランも季節限定の商品なので、女性のお客様に特に人気が高いように思います」


 私の説明を聞いて、彼女はますますショーケースとにらめっこをするはめになってしまったようだった。

 頭の中では天秤が揺れているのだろうか。

 そう見えても、他人の思考は覗けるものでもない。


 だから熟考の末らしい彼女の言葉を聞いたとき、私は目を丸くしてしまった。

「それじゃあ……その、ショートケーキをドリンクセットで」

「ショートケーキ、ですか?」


 いつの間にか、オペラもモンブランも天秤から投げ出されていたらしい。

 思わず聞き返してしまったけれど、何を選ぼうがお客様の自由だ。

 すみません、と自分の発言を撤回したとき、あの、と視線を泳がせた彼女から控えめに声が掛かった。


「どちらもすごくおいしそうで、選びきれなくて……。だから今日は別のを食べて、今度その二つを買って帰ろうかなって」

「今日はご自分用なんですか?」

 彼女のまとう雰囲気が、とても親しみやすかったからだろうか。つい話を膨らませてしまった私に、彼女は照れたように頬に手をやった。


「私、夫がいるんですけど、結構仕事が忙しくて出張続きだったりするんです。だから、せっかくなら、その二つは夫がいるときに一緒に半分こして食べたいなと思って」

 小さく笑った表情は可愛らしくて、それから綺麗だった。

 そのときに初めて、私は彼女の左手の薬指に光る存在に気がついた。


 店員と客の垣根を越えて会話が続いたのは、彼女の懐っこい雰囲気に加えて他に会計に並ぶお客さんがいなかったからだ。

 だからケーキとドリンクを用意して「ごゆっくりどうぞ」と彼女を席に案内する頃には、私は『彼女の夫』の特徴を指折り数えられるくらいにはなっていた。

 まず、外見的なところでいうとすごいイケメンさんらしい。ファッション雑誌から抜け出したと言っても通用するほど。

 彼女と同じくコーヒーが好き。


 それからこれは、私が勝手に感じたことだけれど。

 多忙であったとしても、きっと、彼女のことをすごく大切にしてるのだと思ったのだ。



 ◇ ◇ ◇



「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 会計を済ませて、律儀にも小さく頭を下げて出ていった彼を店内から見送った。

 一昨日の彼女がつけていた、プラチナの指輪を思い出す。

 一緒に、とはにかむように笑っていた表情を映しとったような柔らかな光沢。


 今なら実感としてわかる。

 彼は奥さんのことを、彼女をとても大切に想っている。

 彼女は、あの人が持って帰ったオペラとモンブランを見て、どんな顔をするのだろうか。

 彼は彼女の反応を見て、どんなふうに喜ぶのだろう。


 私の中だけで繋がった偶然と偶然をそっとしまいこんで、私はショーケースを覗き込んだ。

 あのイケメンさんが買っていったことで生まれたスペース。


 透明なガラスに点在するケーキを見ながら、ここにはない薄茶色とこげ茶色がまぶたの裏に映る。

 胸の奥がかすかに弾んでいた。

 それは繋がることなどないと思えたパズルのピースとピースが、ぱちりと嵌まったような感覚にも似ていた。


 末永くお幸せに。

 それから、次に来店する機会があれば、どうか二人で。



 ◇ ◇ ◇



 あれから、ふたりはそれぞれが来ることもあれば、デートの帰りにイートインを利用することもあった。

 そのうち大きなお腹で来店し、ベビーカーを引き連れるようになり。

 今も微笑ましい家族の姿を見せ続けてくれている。

 ああ、最近は、デートの最後にふたりきりで来店して、子供たちと一緒に食べるからとテイクアウトすることが多かったかしら。


 ああいう家族の笑顔の、ちょっとしたサポートをこのケーキがしてくれている。それが嬉しい。


 主婦休みの日……かぁ。

 あのご夫婦なら、奥さんに尽くす姿が容易に想像できる。


 明日は店頭に、「今日は主婦休みの日! 甘いケーキでひとときの癒しを」なんてポップでも飾ってみようかしら。


 ぐるぐるしていた思考が、自動ドアが開く音で我に返る。


「いらっしゃいませ!」

 行きつけのケーキ屋さん目線のお話でした。


 作中に出てきた「主婦休みの日」ですが、本当にある記念日なんです。


 主婦休みの日

  生活情報紙『リビング新聞』が2009年に制定。

  日頃家事を主に担当している主婦がリフレッシュをする日。

  読者のアンケートにより1月25日・5月25日・9月25日を「主婦休みの日」とした。


 らしいです。

 「年に3回もあるんですね」ととるべきか「主婦がリフレッシュできるのは年3日しかないのか!」ととるべきか。悩ましいですね。


 今日は主ふの皆さまが良いリフレッシュのできる日でありますように。

 あ、明日はくつろぎの日らしいので、明日も続けてリフレッシュするのもいいですね。手を抜けるところはちょっとお休みするとか変わってもらうとか。



 このお話もリフレッシュ方法のひとつになっていれば嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 和樹さんが見逃すはずもない記念日に絡めた、素敵な家族愛のお話でした。 [気になる点] あと何年かしたら、子供たちがデートでこのお店を使うんですかね(笑)
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