525 if~捕食対象(ターゲット)は~
芸能界パロディ。
人気モデル和樹×ヘアメイクゆかりでハロウィン撮影準備。
襟が大きく立ったロングマントにドレスシャツ、ボルドーのベストを着た美丈夫が大きな鏡の前に座っている。そんな鏡とイケメンの間に挟まったゆかりは悩んでいた。
とはいえ考えているだけでは決まらない。目の前にある前髪に手を伸ばして、前髪半分を耳側に向かって撫でつけてみた。
「……これじゃ定番すぎるかな」
それなら上に持ちあげてピンで留めるとか。思いついた通りにやわらかな前髪のなかに指を入れて、パウダーを叩いたおでこに触れないよう髪を持ち上げたら、そのまま頭頂部のほうへ折り返す。生え際部分に少しだけ膨らみを持たせて形をなんとなく作り、手で前髪を抑えた状態で上半身だけを後ろに倒した。
「うーん、ポンパドールも悪くないけど……」
「ぽんぱどーる?」
「でもなんか違うんですよねぇ」
散々前髪を弄られている彼が不思議そうに長いまつ毛をぱちぱちと羽ばたかせている。その視線を感じながらもゆかりはそれに答えることなく、何かを捻り出そうと首を傾げた。
ポンパドールでも可愛いけど幼く見えてしまう。それでもきっとファンは喜ぶだろうが今回の衣装はハロウィンの撮影に合わせたヴァンパイア。ならば可愛さより色気重視だろうと、先程思い浮かんだハーフアップをもう一度考えてから。
あ、そうだ。あれにしよう。
ふと浮かんだ案を実行しようと前髪から手を離せば、さらりと元に戻っていく。本当に柔らかくてクセのない髪だな、と心のなかで呟いた。うらやましい。ゆかりの髪は硬くはないものの、クセがつきやすく湿気の多い日なんてしっかりがっちりセットしないとすぐうねってしまう。
と尖らせたくなる唇を噛んで、近くのテーブルに顔を向けた。そこに置いてあるアイロンを手に取って再び彼の顔と向かい合う。
「決まりました?」
「はい! もうちょっとお待ちくださいね!」
指先を前髪の生え際、ちょうど真ん中に置いてふたつに割っていく。そして片方の束を軽く持ち上げた状態で根元にアイロンを当てて、立てるようにクセをつけていくのだけど。
これがなかなか難しい。彼の髪質のせいでもあるが、これくらいで根を上げていたらヘアメイクのスタイリストだなんて名乗れないときゅっと口を結ぶ。そして前髪の根元に十分熱を与えたら毛先までするりとアイロンを滑らせた。
うんうん、うまく形になっている。
センターで分けられた前髪を後ろにある大きな鏡で確認して、バランスを微調整したら今度はスプレー缶を手に取った。カシュカシュと音を立てて缶を振り、彼の顔の前に手を置いて根元からスプレーをかける。
スタジオでの撮影なので湿度や風に髪を乱されることはないとしても、撮影の妨げになるような中途半端なセットではだめだと見映えも気にしながら髪を整えていって。
「よし、完成!」
「ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ時間かかってしまってすみません」
「そんな、とんでもない。いい感じです」
「よかった~!」
アイロンやスプレー缶を手早くまとめて鏡の前から退けば、彼が顔を左右に振りながら確認をしている。その笑顔はどうやら満足してもらえたようだ。
よかったとホッとしながら横に立ったままゆかりは頬を緩めた。
「それにしても和樹さんがかっこいいことは知ってましたけど、改めて見るとえげつないほどイケメンですね」
「……それ褒めてます?」
「褒めてますよ!」
見慣れない前髪はおでこ全開で顔の造形がよく見える。美しく整った顔とヴァンパイアなんて相性良すぎて眩しすぎるし、あと単純に顔が良すぎて直視できなくて。ゆかりはそれを表現するように両手で顔を覆い隠しながら「かっこよすぎて照れちゃいます!」とはしゃいでみせた。
そうすればふっと空気の揺れる音がする。なんだろうかと指の隙間から彼の様子を窺えば口元を手のひらで覆っていた。目じりに寄ったシワを見る限り笑っているようだ。
ゆかりも同じように笑い声を返せば、彼がおもむろに立ち上がる。そろそろ撮影時間だろうかと備え付けの掛け時計を見上げようとして、突然目の前が暗くなった。
それが黒のマントだと気づき、慌てて顔をあげれば彼がこちらを見下ろしている。照明を背にした彼の表情はよく見えなくて。
なんだか息苦しい。ぞわぞわと這い上がってくる言い知れぬ危機感に、思わず足を後ろに引けば彼の腕が腰に回ってきた。
「なら、ご馳走になってくれますか?」
え。と間抜けな声がこぼれ落ちるのと同時に、彼の口から白い歯がちらりと覗いた。それは作り物の尖った歯で、今まさにヴァンパイアとなった証。ああそうかこれは。
「~~っ! もうっ、ふざけないでください!」
ヴァンパイアになったといっても形だけだ。揶揄って遊んでいるのだと気付いたゆかりは目の前の体を軽く押した。そうすればあっさりと離れていく。
「はは。うれしいことを言ってくれたので、つい調子に乗ってしまいました」
楽しそうに笑う彼の顔にくやしいけどきゅんと胸が高鳴ってしまう。さすが人気モデル。抱かれたい男ランキング連覇中のことだけはある。
はーっと深く息を吐いてからゆかりは手のひらを彼に向けた。
「和樹さん。イケメンだってこともっと自覚してください」
「なんですか、それ」
「こういうことしたら女の子は一撃でやられちゃうんですよ! 気をつけてください!」
「…………君は落ちないくせに」
「何か言いました?」
「いえ、なんでも」
もうっ、これで炎上したらどうしてくれるんですか、と追撃するゆかりに向かって曖昧に笑う彼の瞳がちっとも笑っていないことなんて、ゆかりは気付かないのであった。
「和樹、ご機嫌だね」
「まあな」
「ゆかりちゃんだったんでしょ、ヘアメイク担当。いいな~俺も久しぶりにやってもらいたいな~」
「そんな暇はない」
「なんでお前が答えるんだよ。営業妨害で訴えられても知らねえからな」
「大丈夫だ、僕がどうにかする」
「はっはっ! 甲斐性があるな、さすが和樹だ」
「いやそれ褒めるとこじゃねえから」
「なにゆかりちゃんと付き合えたの?」
「……いや、まだ」
「デートは?」
「炎上するって言われる」
「あ~なんせ和樹ちゃんは抱かれたい男ナンバーワンだもんね」
「それをいうならお前は殿堂入りしてるだろ」
「まあまあ、色男の宿命ってことよ」
「全然嬉しくない」
「ほらでもふたりのペースっていうのもあるし長期戦でやっていけばいいよ」
「そうだな。……まあ、何があっても諦める気は毛頭ないけど」
うわ、と声を出さなかっただけ褒めてほしいと彼らは同じことを思う。そしてぎらりと光る猛獣の瞳を見て見ぬ振りをしたまま、撮影スタジオに足を踏み入れたのだった。
ああでもないこうでもないと悩む至近距離のゆかりさんに、和樹さんの心の中はさぞとんでもないことになっていたことでしょう(笑)




