511 人間椅子ドッキリ☆
「ーーというわけで、和樹くんにはドッキリに協力してほしいんだよね」
「説明もなしにいきなり『というわけで』と言われても困ります」
笑顔で宣うリョウに、和樹は若干の呆れを含む溜め息をひとつ零した。
そこからの説明によるとーーテレビ番組のドッキリ企画で、タレントに仕掛けるのはたくさんやったけど、一般人ターゲットのドッキリも少しはやりたい! という話になったそうだ。
それならスタッフの誰かに仕掛ければいいじゃないかと問うと、既に何度も仕掛けていてネタバレ具合がひどく、仕掛けても楽し……期待したリアクションではなくうんざりした表情が返ってくるだけなのだという。
この様子だと仕掛けられる側が固定メンバーなのだろう。下手をすると自分で仕掛けて自分でハマりにいくくらいの事態になっていそうだ。それはリアクションしづらかろうと和樹は納得する。
そこで業界関係者の家族に頼めないかという話が出て、様々な伝手を辿った結果、リョウに話が回ってきた。だがリョウの家族と言えばやっと授乳期間が終わりそうな絶賛子育て中の妻と乳児の域を出ない我が子。さすがにドッキリに協力させるのは難しいと判断したとのこと。
「僕が両親にドッキリ仕掛けちゃいました! もいいんだけど、様々な年代のリアクションが欲しいらしくて、内容がこれなら和樹くんがゆかりに仕掛けてもらっても大丈夫かなって」
スッと差し出されたA4一枚の資料。タイトル部分には『人間椅子ドッキリ』と書かれている。
座って椅子に擬態する仕掛け人がいて、仕掛け人の上に座った相手にイタズラして驚かせるというドッキリだ。
「両親も歳が歳だから、うっかり逃げ出した拍子に腰痛めたりしたら大変だろ。でも椅子になった和樹くんにゆかりが座るなら、怪我させたり絶対しないだろうし。暑い夏場にゆかりを膝に乗せるのは嫌かな?」
「ゆかりさんに密着できるのは大歓迎です」
「そうかそうか。引き受けてくれるかい。ありがとう」
思わず言質を取らせてしまい、和樹は天を仰いだ。
数日後。とある話題のカフェレストラのン個室で和樹はソファーになっていた。
ゆったりした一人掛けのソファー。和樹はソファーに見えるようライトグレーのベロアの布を頭から被り、座ってソファーらしく構える。背もたれ空いている穴から顔を出し、一息つく。両脇に空いた穴から腕を出し、肘掛けを装着する。
準備に忙しく動き回るスタッフから布を受け取ったリョウが和樹のもとにやって来る。
「今日はありがとう。よろしくね」
と言いながら和樹の顔を隠すべく、背もたれに布を掛けていく。布は麻製のやや目の荒い白布で、わずかながらソファーを涼やかに見せつつも和樹の視界を辛うじて確保した。
早くゆかりを抱きしめたい。そればかりを願いながら待つことおよそ十分。
店員に案内されたゆかりが入ってきた。
「お連れ様は少々席を外すとのことでした。お客様はあちらの奥のお席にどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
店員はゆかりの席に水のグラスとおしぼりを置くとそのまますっと一礼して部屋を出ていった。
「わぁ。さすがは評判のお店」
ゆかりさんは興味深そうにキョロキョロし、あちこちの小物や部屋の設えを観察して動き回る。
すぐそこに愛しの妻がいるのに自分から触れ合いに行けないことに和樹は焦れに焦れる。これは一体なんの拷問だと叫んでしまいたいほどの焦燥を抱えながら、ポーカーフェイスで微動だにせず椅子としての役割を全うする。
「あ、さすがにそろそろ戻ってくるかしら」
はっとしたようにそそくさと席につくゆかり。
和樹はまだ動かない。
いや、ゆかりの柔らかさと熱とふわりと薫るゆかりの匂いに感動して動けないだけだった。
ぽすんとソファーに座るとおしぼりで手を拭き、ふうと小さく息を零すと両手で持ち上げたグラスの水を一口。
ここで肘掛けがゆかりをがっちりホールドする。
「っ!」
ゆかりは一瞬びくりと身体を震わせたものの、すぐテーブルにグラスを置き、力を抜いてソファーにもたれかかる。
「はぁ、お水零さずに済んで良かったぁ。それで? 和樹さんはなんでそんなところでソファーのコスプレしてるの?」
少し身体の位置をずらし、白布をぺろりと捲って一応和樹であることを確認してからこてんと首を傾げるゆかり。
コン、コン、コン。
「失礼しまーす」
ドッキリ大成功の立て札を掲げながらタレントが入ってきた。ゆかりはびくりと硬直する。
「いやー、どうもどうも。実はこういう番組なんですが……」
「というわけで、旦那様に奥様へのドッキリを仕掛けていただきました」
「ああ、そうなんですね」
ゆるゆると笑顔を浮かべるゆかりさんに疑問符いっぱいのタレントさんが恐る恐る聞いてきた。
「失礼ながら、奥様はあまり驚かれていなかったようですが……もしかして、予想できてた、とか……?」
「いいえ。まったく。とても驚きましたよ」
「えっ……? あ、あの……旦那様? もしかして奥様は普段からリアクションされない方なんでしょうか」
「いや、そんなことありませんよ。僕もこんなにリアクションがないのは珍しくて驚いています。まあ、リアクションがどうあれゆかりさんが僕の最愛の女性という事実は変わりませんが」
「は、はは、はははははは」
ずっと抱きしめたままだったゆかりの蟀谷にキスを落とす和樹に、もはやから笑いしか出てこないタレント。
「ねぇ、ゆかりさん。どうしてあまり驚かなかったんですか?」
「え? 和樹さんがそれ聞きます?」
本気で驚くゆかりに、意外そうに片眉を上げる和樹。
「だって……和樹さん疲れてるときよく私をぎゅーってしてますよ? ぎゅーしたままあーんしてあげないとごはん食べないくらい甘えん坊になるから、いつものハグの感触だったと言いますか……もしかして自覚なかったですか?」
照れるゆかりに固まる和樹。
「自覚はありませんでしたね。はぁ……僕そんなにゆかりさんに依存してたんですね。でも」
和樹はゆかりに頬擦りする。
「すぐに僕だと気付いてくれて嬉しかったな」
「ふふふ。わたしは和樹さんの妻ですからね!」
◇ ◇ ◇
「……なあ、これドッキリ映像に使って大丈夫だと思うか?」
「面白いと言えなくはないが、ただのでろ甘のろけを見せられてるっつーか、砂糖一瓶イッキ飲み気分になりそうな気もしてる」
「だよな」
「ドッキリ番組でのろけ見たいか?」
「ゲストが新婚とか、面白がって回してくれる出演者がいればなんとか……ならないか?」
「これはプロデューサーに判断仰いでから編集したほうがいいな」
「了解」
「……俺もこんな嫁さん欲しい」
「以下同文」
しばらく前に録画失敗して録れてたドッキリ番組にこんなイタズラがありましてね。
喫茶いしかわの面々ならどうなるかなといくつか考えてみたら、こうなりました(笑)
ゆかりさん、天然なせいか時々めちゃくちゃ肝が座ってるのです。




