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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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506 バレててもサプライズ

 真弓ちゃん誕生から数ヶ月後のお話。

 複数の世界的企業が関わる大型契約が済んだ、まだざわついたその現場で、よくできた部下は上司に言う。


「石川さん。今日はもうお帰りください」

「だがまだ報告書が」

「押印すれば済むように整えておきます。ここ連日働きづめでしたでしょう」


 それはそうだった。促されて初めて気付いたように、彼はメッセージアプリを立ちあげる。彼の妻は、既読がつかない間でさえ、愛犬や愛娘の写真をこまめに送ってくれていた。その事実に改めて感謝しつつ、感動しつつ返信した。


『久しぶり過ぎてごめん。元気にしてた? 今日は帰れそうだ』

 するとたちまち、歓喜を表す踊るうさぎたちのスタンプに続いて、

『ごちそう作って待ってます サプライズもありますよ』


「……言っちゃったらサプライズにならないだろうに」

 そう零しつつも、顔がにやつくのを堪えられない。

「なんだ? プレゼント? ゆかりさんや真弓の誕生日でも記念日でもなかったし」

 愛車のハンドルを握りながら「ケーキでも買って帰ろう」と思った。ゆかりさんのお気に入りはあの店の……。




 ドアチャイムを押す。チェーンの外される音とサムターンを回す音がしたその直後。

「お帰りなさい!」

 満面の笑みの妻が出迎えてくれる。抱き留め抱きしめ、しかし保守していた左腕を前に出す。


 目の前に掲げられた白い箱に、ゆかりは先ほどまでにまして破顔した。

「わぁ、これ! あのケーキ屋さんの!」

「カスタードたっぷりシュークリーム。好きでしたよね」

 大好き、と声を上げる新妻の姿に、ぐずぐずに煮溶けたジャムのような心地になりながら和樹は我が家に上がり込む。


 ケーキひとつで最高に幸せそうな顔をしていた妻は、居間に用意した小さな布団の上でくうくう眠る真弓をちらりと確認し、白い箱をローテーブルに置いて振り返った。


「あ、そうそう。サプライズ」

「うん、ああ、言ってましたね。なんです?」

「あのねぇ」

 へへ、と愛しくてたまらない妻は掌を口に当てた。なんだそのしぐさ可愛すぎるだろ。


「一大任務です」

「ほう?」

「なんとなんと、子供部屋をもう一人分、整えなきゃならないんですよ。半年後くらいには形にしておきたいですね」


 一カメ、二カメ、三カメ。

 数十秒を超える無反応に、彼女の笑顔が曇った。

「あ、あの……つまりわたし妊娠したんですけど……ひょっとして、このタイミングだとよくなかったりしました?」

 直後号泣してゆかりに抱き着く男がいたとかいないとか。



  ◇ ◇ ◇



 コッコッコッコッ、壁掛け時計の秒針が時を刻む。


 大きくなった腹に抱いた宝の珠を、そっとそうっと撫でさすりながら、もう何度目か、妻がこぼした。

「どっちに似るんでしょうねえ」

「さあこればっかりは。意外とリョウさんの面影があったりして」

「ええっ、お兄ちゃん!? その発想はなかった」


 ブランの牙にも負けじと大事に使っている居間のソファに、夫婦並んで腰を下ろしている。

「和樹さんに似たら、真弓ちゃんと面差しのよく似た可愛い子が生まれるんでしょうね」

「うーん。僕に似てるよりゆかりさんに似てるほうが可愛い子供になりそう」

 妻はそんな彼の逡巡にきょとんとしている。


「そうかしら。どちらも可愛いと思います。けど和樹さんに似てるほうがわたしは嬉しいし癒されて幸せです」

 なぜか自信たっぷりに、ゆかりは破顔する。

「いやされてしあわせ」

「はい! 主に私に効果があります! むちゃくちゃ回復させてくれます! あー、あとホッとさせてもくれます。和樹さん見てると安心するから、真弓ちゃんやこの子もきっとそうなります」

 パブロフの犬じゃないんだからと思いつつ、否定して哀しませる気にもならず。


「お役に立ててウレシイですよ」

「そうでしょうとも。さてさて、君はどっちかなあ」

 微笑んで、ゆかりは腹部への語りかけを再開する。


 和樹はそんな彼女をこの上なく愛し気に見やって、

「自分が子供の頃に、嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、苦しかったこと、悔しかったこと。何をしたかったか、何をして欲しかったか……その都度考えて悩んで接していくしかない気がします。僕は多分、そうしたやり方しかできない」

 人間愛の申し子のようなゆかりとは違う。そのくらいの自覚はある。


 ──あと、友達を作ってほしいな。百人なんていわない。懐の裡に容れられるほんの数人でいい。人生の節目節目で、良い出会いを繰り返していってほしい。


 ただ、それだけ。


 現実にはそんな夢物語は言っていられないのだろうけれど。日常のこまごまとしたことで傷つけられたりぶつかり合ったりするのだろうけれど。


 いま思うのは、ただ、それだけ。


 進くんが産まれるまでの一幕でした。

 サプライズ大成功! ……で、いいのかなこれ。


 産まれた瞬間から自分そっくりすぎる進くんを見て、強すぎる自分の遺伝子に苦虫を噛み潰すのか、それとも……いや、すぐに「三人目こそゆかりさん似の子供を!」とか考えながらグッと拳を握ってそうだな。


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