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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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46 設定温度

 朝チュン注意。

 なぜだろう。


 朝、まだ薄暗さが残る早い時間に目が覚めると、旦那様がものすごく拗ねていた。


 昨夜はとても甘い時間を過ごして、幸せに包まれて眠りに落ちたはずなのだけど。ぎゅうぎゅうといささか強すぎる圧迫感に、夢の淵から呼び戻されてみれば、不機嫌に歪んだ瞳と視線がぶつかった。


 おはようございます、と言っても無視をされる。

 苦しい、と身動げば、一層強く抱き締められる。

 お互いに昨夜の情事のまま裸であるから、汗ばんだ肌が吸い付くように引っ付く。ちょっと、恥ずかしい。


「か、和樹さん? どうしたんですか?」


 尋ねても彼は何も答えない。

 私が寝ている間に、何かあったのだろうか。


 でも、さして深刻な気配は感じなかった。

 不機嫌ではあるようだけれど、怒っている、というよりは、拗ねているような態度だもの。


「和樹さん? 何か嫌な夢でも見ましたか?」


 宥めるように、額をすりすりと彼の胸板に擦り付けた。返事は返ってこない。どうやら、外れらしい。お腹が空いたんですか、どこか具合でも悪いんですか。立て続けに質問をしても、彼は黙ったままだ。


「……私、何か和樹さんの嫌なことしちゃいました?」


 ぴくりと彼が反応する。やっと原因に行き当たったようだ。でも、私はついさっきまで、それはもうぐっすりと眠っていたわけで。


「寝相悪かった? もしかして、また蹴っ飛ばしちゃいました?」


 以前言われた失態を挙げてみたけれど、「痛かった」と言いつつもそのとき彼は笑っていた。同じことをして、結果が違うというのも何か腑に落ちない。

 彼は微かに首を振る。やっぱり私の寝相の悪さがこの不機嫌の理由ではないらしい。


「……手、払われた」


 さて、では一体私は何をしでかしたのか。

 考えていたら、やっと和樹さんが口を利いてくれた。

 私の後ろ頭に手を回して、私の顔を胸に押し付けるように、彼は私を抱え込む。


「さっき。ゆかりさんを、抱き寄せようとしたら。『暑い』って、手を払われた」


 痛かった。

 蹴られた時と同じ台詞だけれど、その声色はまさに“しょんぼり”と形容するのに相応しいものだった。


 思わず、くすりと笑ってしまう。彼はそれがお気に召さなかったらしい。罰だ、とでも言うように、私の顔を更に自分の胸板へ強く押し付けた。


「ふふ、痛いですよ和樹さん。鼻が潰れちゃう」

「ゆかりさんが言ったのに。エアコンの温度、『寝冷えするから』って上げたの、ゆかりさんのくせに」

「あ、あはは……ごめんなさい。でも、無意識なんですから。しょうがないじゃないですか」

「僕は寝惚けててもゆかりさんにそんなことしない」

「和樹さんと私は違うんです」

「……痛かった」

「ごめんなさい。酷いこと、しちゃいましたね。でも、和樹さんが嫌だから手を払ったわけじゃないんですよ。私が和樹さんのこと、大好きなの、和樹さんが一番よく知ってるでしょう?」


 何か抗議するように、ぐりぐりと私の旋毛へ押し付けられていた彼の鼻先が、ぴたりと止まった。腕の力が少し緩む。

 私はもぞもぞと身動いで、彼の顔を見上げた。やっぱりちょっと、いじけてる。でも、大分機嫌は直ったみたいだ。


「和樹さん?」

「……うん。知ってる」

「良かった。知らないって言われたらどうしようかと思っちゃいましたよ。おはようございます、和樹さん」

「……おはよう」


 くすり、と彼も笑う。自分でも子供じみたことをしている自覚はあるのだろう。少し、照れくさそう。でも、彼が飾らないでこんなふうに拗ねてくれることが、私は堪らなく嬉しい。私だけの、特権だもの。


「いま何時ですか?」

「まだ、5時前だよ」

「じゃあもう一眠りできますね。和樹さん、お疲れでしょう。ちゃんと寝てください」

「……寝なきゃ駄目?」


 いっそう甘い声を出して、熱い彼の手が私の腰元を撫でる。

 何を求められているのか瞬時に理解した私は、窘めるようにその手を掴んだ。体温が一気に上昇する。やっぱり、暑い。


「駄目です。だって昨日、散々……」

「……ゆかりさん、顔真っ赤」

「ちょっと、和樹さ……っ」


 制止の声は、覆い被さってきた彼に呆気なく飲み込まれた。



 今度から、彼と同衾するときは、エアコンの設定温度を低めに調節しておいた方がいいかもしれない。


 そんなことで? と思いつつ、ただの口実のような気もしつつ。

 ひとまず今日の朝ごはん(の仕上げ)は和樹さんが担当することに決まりました。


 そのうち子供たちは朝ごはんのメニューでいろいろ察するようになってしまいそうです。

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