2 我が家の定番弁当
キィン。
9回裏ツーアウトの場面で、高い金属音が響く。子供たちのわぁっと盛り上がる声に、おじさまたちの野太い声援と「いけーっ!」という指示が混じる。
私も思わずきゃあっと歓声を上げてしまう。もう、和樹さんプレッシャーに強すぎまんせんか!?
マスターと八百屋のお兄さんが懸命に走ってホームベースを踏む。打った和樹さんはしっかり余裕をもって二塁に到達する。
サヨナラ2ベースヒット。
隣町との草野球の試合は我が町内会チームが勝利した。
観客に混じる私たち家族のところに帰ってきたマスターと和樹さん。
子供たちはマスターの元へ行き「お父さんもおじいちゃんも大活躍だったね!」と大はしゃぎしていた。
そんな微笑ましい光景をチラリと横目で確認してから和樹さんににこりと微笑みかける。
「お疲れ様でした、和樹さん。素敵でしたよ。はい、どうぞ」
ふわりと首にタオルをかける。
「ありがとう。たくさん動いたから、いつも以上にゆかりさんのお弁当が美味しく食べられそうです」
「はい、準備しておきますね」
グラウンドの隅にある水道のところへ手を洗いに行く和樹さんを見送ってから観客席に戻ると、私はお弁当を広げ始めた。
趣味というか娯楽でやっている、熱血すぎない町内会の草野球チームは、2ヶ月から3ヶ月に一度、隣町のチームと対戦している。
元々青年たちが始めたチームはすっかり主力が壮年のチームになっているが、自営業を切り盛りしていてノリよく体力のある者が多く、試合は毎回盛り上がる。
今日は気候も皆の都合も良いということで、試合の参加者も応援団も大人数だ。マスターだけでなく和樹さんも試合に参加することになり、大量のお弁当を作って家族で応援に駆け付けた。
次々と蓋を開けながら「よろしければ皆さんもどうぞ」と勧めている今日のお弁当は、A4サイズよりも大きなタッパーをお重のように何段も重ねて持ち込んでいる力作だ。
ひとつひとつをラップでくるんだ塩むすび。
別のタッパーには黒ゴマと鮭フレークのおむすび。
のりは、ふつうのものと味付きのりを別の容器に準備して持ってきた。
にんにくと生姜の効いた唐揚げ。たっぷりの片栗粉に丸一日漬け込んで、ジューシーさをキープしている。
もう一つの唐揚げタッパーは、カレー味。
別のタッパーの半分に、甘く分厚い卵焼き。もう半分には、レタスとミニトマトがふんだんに詰めてある。
ひとつひとつ摘めるおかずは、大人も子供も箸を使うのが面倒なのか、食べ終えたおにぎりのラップごしに唐揚げやら卵焼きやらを摘んで食べている。
「ちっきしょー! なんでここにはビールがないんだー!」
眼鏡店のおじさまが叫ぶその声も、なんだか毎回聞いている気がする。
タッパーはあと2つ。
ひとつは、定番のポテトサラダ。食感が残る程度に粗めに潰したジャガイモに、イチョウ切りのニンジンと1センチ角の賽の目切りにしたハムと、軽く塩もみした薄切りのキュウリを入れて、マヨネーズで和えたもの。ただし大人向けで黒コショウとマスタードをやや多めに混ぜ込んである。
腹持ちもいいし、運動後に合わせて味を濃いめにしてある。
最後のひとつは、こちらもポテトサラダではあるが、ちょっとアレンジしたもの。
ジャガイモとブロッコリーを3センチ角くらいの一口サイズに切り分けて塩茹でしたものを、種を取って潰した梅干しとしょうゆドレッシングを混ぜたもので和えている。口の中がさっぱりするので、唐揚げが進むらしく好評なのだ。
大きなステンレス製の水筒にはキンキンに冷えた麦茶、もう1本の水筒にはお出汁が入っている。
汗をかいて冷たいものを飲む人ばかりなので、温かい飲み物を用意している人はあまりおらず、これまた根強い人気のドリンクなのだ。
「くあーっ、うめぇ。なんかゆかりちゃんの弁当食べる日の試合って、毎回勝ってる気がするな」
「そういえばそうかもしれない」
ぎくんっ! 能力、込めすぎてるかしら。
「そっ、そうですか?」
「たまたまだと思いますが、ゆかりさんのお弁当が待っていると思うと張り切りたくなりますから、あながち間違ってないかもしれませんね」
「じゃあ、とっても張り切ったお父さんが試合に出てるから勝てるってこと?」
「それだ姉さん、きっとそうだよ! お父さん、毎回活躍してるもんね! うんうん」
そうだな今日のサヨナラも和樹くんだった、あと少しでホームランだったのに惜しかったよなと話題が今日の試合にシフトしたところで家族で視線を交わしてほっとした。
やりすぎ注意。どうやって防止しようか。これは帰ってから家族会議かな。
……などと考えていたら、和樹さんが耳打ちしてきた。
「気にしなくていいと思うよ。ゆかりさんのお弁当は試合終わってから食べてるんだから関係ないって。たぶん」
「そこ、断言してくれないの?」
「いやぁ……“次回有効”とかだと関係なくないしなと思って」
「そうですか。少し考えなきゃダメですかね」
「ま、今考えても仕方ないよ。それより、ハイ」
にこりと笑って唐揚げを私の口元に差し出してきたので、ぱくりと食べる。
和樹さんの期待に満ち満ちた目が私をじっと見つめている。これはやっぱり、あーんを返してほしいってことよねぇ?
ここ、かなりの人数がいる人前なんだけどなぁとちょっと苦笑いしつつ、近くの唐揚げを和樹さんの口に放り込んだ。
お弁当の中身を解説して食べただけで終わってしまいました。