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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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499 かわいいのはあなた

 同僚さん時代のお話。

 八月の終わり。

 気づけばもう外が暗くなっている、なんてことが最近多い。

 ただいまの時刻、五時半。外は夕焼けに染まっている。喫茶いしかわの店内にも、大きな窓からオレンジ色の光がこぼれていた。

 席には常連客が三人ほど。ゆかりは今までに何度か、眩しければブラインドを閉めますよ、と声をかけていたが毎回「夕焼けを見るのが好きだから大丈夫」と笑顔でそう返されていたので、今回は声をかけるのはやめておいた。

 先ほど帰っていったお客様の食器を洗うことにしよう。和樹さんがもう少しで休憩から帰ってくるはずだけど、彼は今日、朝から働いているので昼から出勤した私が負担をかけないように働かなければ。


 日曜日のこの時間なら普段はもう少し人が多いのだけれど、毎年夏の終わりに開催される花火大会が今夜行われるからか、今日は学生や親子連れの姿があまり見られない。花火の絶景スポットの近くでは模擬店が出店されて祭りも開催されているし、夕飯をそこですませる人も多いのかもしれない。


 蛇口をひねって水を出し、お皿についた汚れをさっと流す。スポンジを手にとって、そこに洗剤を垂らした。軽く揉んで泡立て、コップから順に洗っていく。


 いいなあ。私も行きたいけど、今日のシフトは花火開始時刻までだし。着替えなんかもしてたらきっと花火会場に着く頃にはもう終わってるだろうし。

 それに、一緒に行く人もいないし……。


 はあ、と溜息が漏れる。彼氏はいない。特別欲しいというわけでもないけれど、こういう行事になるとカップルを見て羨ましく思うことも少なくはない。

 だけど、出会いがないしなぁ。常連客は年配の方やご家族連れが多いし、他によく来てくれるのは小学生だし、同年代に見える男性はみんな彼女を連れてここに訪れる。あとは店に飛び込んできたかと思うと早食い競争みたいにかきこんでさっさと飛び出していくサラリーマンさんくらい? 話したこともないけど。

 うーん、歳が近くて彼女がいなそうで恋愛フラグが立ちそうな人──。



「ゆかりさん」

 突然肩を叩かれ、驚いて横を見る。そこには笑顔で立っている和樹さんがいた。

 喫茶いしかわのイケメン店員でもうすっかりおなじみの彼。

 たしか和樹さん、前に彼女いないっていってたよね。ちょっと年上だけど、でも彼氏が年上って一般的にもそんなに気にならないし……って、だめよ私ってば何考えてるの!

 頭を振って和樹さんと彼のファンに失礼すぎる想像を振り落とす。

 和樹のファンはすごいのだ。老若男女問わず人気のある和樹さんだが、特に女子高校生からの支持は凄まじい。SNSでエゴサをかければ和樹ファンがゴロゴロ見つかる。もしも和樹さんと“奇跡的に”付き合えたとして、万が一彼女たちにそれがバレたとしたら一体どうなるだろうか……。うう、考えただけでも恐ろしい。炎上は避けられないだろう。

 ぶるっと身震いする私に、和樹さんがもう一度心配そうに声をかけた。


「……ゆかりさん? どうかしました?」

「あっ! いえ。すみません、少しぼーっとしてしまって」


 慌てて笑顔を見せ、もう一度スポンジを揉み直す。そこからもこもこと泡が出てきてシンクの上に落ちた。あと二枚皿を洗って水で流せば、食器洗いも完了だ。早く終わらせて休憩が終わったであろう和樹さんのお手伝いをしなければ。

 私は年下だけど、一応先輩なんだから。


「ゆかりさん、それもう少しで終わりそうですし、終わったら休憩入ってください」

「えっ」

 思わず声が出てしまった。サポートを意気込んでいたのに、まさか休憩に入ることを勧められるなんて。



「私さっき店に来たばっかりですよ? 和樹さんこそもう少しゆっくり休憩してきてください。朝、はやかったでしょう?」

「いいんですよ僕は。男ですから」

 そういってにっこりと笑う和樹さんに、男も女も関係ないです〜とスポンジをシンクの所定位置に戻しながら反論した。


 和樹さんはすぐに私を“年下の女の子”扱いする。

 私が早朝出勤の日は

「眠くないですか? もう少し休憩入っててください。この前も可愛らしいあくびをして僕を笑わせてきたじゃないですか」

 と言って和樹さんの前で大きなあくびをしてしまうという失態をいじられながらもしっかりと休憩時間を伸ばされた。

 マスターから頼まれた倉庫の在庫整理をしていた時には

「運ぶのは重そうですし僕がやりますよ。ゆかりさんは在庫数の記入だけお願いします。この前サクラちゃんたちと腕相撲して負けていましたし……こんな重いもの持ったら折れますよ、腕」

 と小学生相手に腕力で負けるという辱めを受けたことをネタにされながら結局楽な仕事を任された。


 このことを友達に話したら

「優しすぎる! イケメンすぎる! 王子すぎる! ゆかりはなんで不満そうなの! 最高でしょ」

 と絶賛されたのだけど、正直私は“先輩”だから頼られたいのだ。“後輩”である和樹さんを甘やかしたい。


 むしろ優しくなくていいし、イケメン王子じゃなくていい。こんなことが続いて和樹さんにもしも惚れたとしたら、悲しい運命が待っている。和樹さんが私を好きになるはずがないので一生片思いになる上、和樹ファンJKにライバル視されたら今後喫茶いしかわで働く未来は途絶えてしまうかもしれないのだ。それは本当に本当に困る。だから私は和樹さんの無意識でやっているだろう行動に翻弄されないように自我を保つことを最近の目標にしている。


 全ての食器から泡を洗い流し、洗浄機の中に入れ終わった。手首を二、三度振って手の水気を切り、近くにあったタオルで残りの水分を拭った。

 次は何をしようかとホールの方へ目を向けると

「やっぱり普段より空席が目立っていますね」

 とちょうど先ほど帰って行ったお客様の食器を下げて、キッチンに戻ってきた和樹さんが言った。喫茶いしかわの自慢のコーヒーが入っていたカップと食べ終わった和樹さん特製ハムサンドのお皿を受け取り、シンクの上に置く。


「すみません、食器、洗い終わったばっかりだったのに」

「やだ、そんなこといいんですよ! 他にやることもなくて暇ですから」

「じゃあそれが終わったら休憩入ってください」

「くぅ……またそうやって休憩させようと……」

「僕は普段欠勤が多いですから。ちゃんと出勤してる時くらい普段の埋め合わせをしないとと思いましてね。といってもあと残っているお客様は飛鳥ちゃんたちだけですが……」



 そう言ってちらりとホールの方を見ると、飛鳥ちゃんがママと座っていた。もうミルクティーとオレンジジュースの入ったコップは空になっており、椅子にかけてあった上着を手にとって帰る支度をしている。

 バッグを持って立ち上がったママと目が合った。


「あ。お会計ですか?」

「はい。今日もおいしかったです。ごちそうさまでした」

 バックから財布を取り出しながらレジまで歩いてくるママの後ろを、飛鳥ちゃんも可愛らしくてついてくる。私よりも和樹さんの方が反応が早く、先にレジに立って伝票を受け取った。


「お会計、九五〇円でございます」

「……あ、小銭ない。千円でよろしくお願いします」

「はい。では千円頂戴いたしましたので、五〇円のお返しになります」

 レジ機の引き出し部分が開いて、和樹さんはそこから五〇円玉を一枚取り出してレシートと共に渡した。


「ありがとうございます。今日はお祭りだからか人少ないですね」

 ママの言葉に、ウンウンと頷いてしまう。飛鳥ちゃん親子が帰ってしまったら喫茶いしかわにはお客様が誰一人残らない。普段よりもガラガラな店内を見て少しさみしい気持ちになる。


「屋台も多いし花火もやるから、お祭りに流れちゃうのはしょうがないんですけどね。二人も行くんですか?」

「はい! 飛鳥のお友達と親御さんたちと一緒に。これから着付けが上手なママさんにお願いして、みんなで浴衣に着替えるんです」

 と笑う二人につられて、こっちまで思わず微笑んでしまう。浴衣を着てお祭りなんてはしゃぐ子供たちなんて、可愛らしいに決まってる。


「浴衣かぁ、高校生の夏祭りからもう何年も着てないかも……いまのうちに楽しんできてね飛鳥ちゃん!」

「うん!」

「ゆかりさんも、お仕事頑張ってください! 飛鳥、行こっか」

「うん、ゆかりお姉ちゃんさようならー! 和樹さんも!」


 カラン、とドアにかかっていた鐘がなって手を振りながら飛鳥ちゃん親子が喫茶いしかわの店内から外へ出て行く。ありがとうございました、と頭を下げてから手を振り返していると、隣に立っていた和樹さんもニコニコと笑顔で小さく手を振っていたのを横目で見えた。

 ドアが閉まり、完全に二人の姿が見えなくなってから数秒。

「片付けましょうか」

 という和樹さんの言葉に頷いて、後片付けをするために彼女達が座っていたテーブルへと向かった。


 和樹さんがお盆を両手で持ち、飲み終わったグラスを、私が置いていく。和樹さんは気がきくので、何も言わなくても重いものを持つ側になってくれる。シンクまでお願いします、と言うと、笑顔で「はい」と返された。

 目を逸らしてしまいそうなほど、後光がさしているかのように眩しい。


「……和樹さんって、なんだか可愛いですよねえ」

 年上の異性にいうには相応しくないだろう言葉が咄嗟に出てしまった上に、自分がそれを真顔で言っていたことに気づく。和樹さんが少し驚いたような顔を見せたので

「ひゃ! すみません!」

 と反射的に謝罪をし、

「私ってば……年下の女の子を口説くおじさんみたいな真似を……」

 と深く反省した。

 私はすぐに思ったことが顔と口に出てしまう。頑張って隠そうとしてはいるが、和樹さんには隠しても見破られている気がして諦めているからか、普段よりも気が抜けてしまうのだ。


 和樹さんは私よりも感情が顔に出にくいタイプだし、物事をよく考えてから話していると思う。

 そんな彼が驚く顔をするくらいだから……そうよね、年下の小娘に「可愛い」なんて言われるなんて屈辱的かもしれない。

 なんて謝ろう、と考えを巡らせていると

「……くくくっ」

 という声がした。


 多分これは、和樹さんの笑い声。

 ちらりと和樹さんの顔色を伺うと、普段たれ気味の目を細めて笑っていた。ひとまず、怒ってない! と安堵する。


「──いやぁ、自分で言うのもなんですけど……」

「は、はい」

「僕はわりと、『かっこいい』と言ってもらえるんです」

 持っていたお盆をキッチンまで持って行きながらそう言って微笑む和樹さんに、次は私が笑ってしまう。お盆に乗っている二つのグラスを、シンクの上に丁寧に置いた。


「ふふ、面白いですね。でも和樹さんが自分でそれを言っても、嫌味なく聞こえちゃいます」

 やっぱり顔が良いと説得力ありますね〜、と感心したように頷く。芸能人に疎い私でも「芸能界に入ったほうがいいのでは?」と勧めたくなるくらい和樹さんは整った顔をしている。

 彼が来てから喫茶いしかわの景気は右肩上がり。女子高生を筆頭にキャーキャーと黄色い声を浴びる和樹さんが自分の顔を自負するのは当たり前だとすら感じてしまう。


「いやいや。ゆかりさんは、僕のこと『かっこいい』とは思ってないでしょう? 覚えてないかもしれないですけど、今までにも何回か『かわいい』って言われてるんです。そんなこと言うのはゆかりさんくらいですから新鮮だなと思いまして」


 和樹さんが空になったお盆を元あった場所にしまい、ふきんを持ってテーブルを拭きに向かう。

 私はそれを眺めながら和樹さんの最初に驚いていた表情を思い出した。


 ──笑顔でいるけれど、私が『かわいい』って言ったことをずっと憶えてるなんて、もしかしたらやっぱりショックだったのかもしれない。たしかに男の人は『かわいい』よりも『かっこいい』って言われたほうが嬉しいって聞くし……ハッ、待って! 大変、これでもし和樹さんのプライドがズタボロになって「石川ゆかりが働いている喫茶いしかわなんて辞めてやる!」なんて言われて喫茶いしかわからいなくなっちゃったら……喫茶いしかわの売り上げは急激に下落、和樹ファンのJKやマダムが炎上し、和樹お手製のあれこれを食べれなくなった常連客様からは冷たい視線を向けられ──こ、困る! 殺伐とした未来を想像しただけで末恐ろしい。


 すぅーはぁー、と胸に手を当てて小さく深呼吸をする。意を決して一人で深く頷き、そのまま勢いよく和樹さんの方へと振り向いた。

 ──今の喫茶いしかわの大部分を支えている和樹さんを失うわけにはいかないのよ、ゆかり。喫茶いしかわの未来はあなたにかかってるのよ、ゆかり。

 そう自分に言い聞かせ、「和樹さん!」とテーブルを拭く彼の名前を呼んだ。突然の大声に驚いたのか、動きを止め「どうかしました?」と不安げな表情で和樹さんがこちらを見る。

 私も、神妙な顔つきで見つめ返した。


「和樹さん」

「はい」

 和樹さんの後ろには大きな窓がある。そこから入る夕焼けのオレンジ色の光が彼の髪を光らせていた。


「──あなたは、かっこいいですよ」

「……はい?」

 数秒間があり、少し首を傾げて和樹さんが聞き返すように返事をした。状況についていけてない様子である。


 ──無理もないです和樹さん……私もついていけていません。でも和樹さんのプライドを傷つけるわけには行きませんから!

 かっこいいだなんて言葉、異性に向けて言ったことはほとんどない。しかも、本人の前で、こんな真面目な顔をして。少し恥ずかしくなって、和樹さんから目線を外した。平気平気。イケメンにイケメンと言っているだけ。大尉に可愛い可愛い言うのと同じ。


「……大丈夫です、和樹さん。和樹さんのお顔は本当に整っています、かっこいいです! かわいいって言っていたのは、その……かっこいい顔なのに笑うときはタレ目の目尻をもっと垂らして幼く見えたり、クールそうに見えて子供達と戯れてたり、さっきも飛鳥ちゃんに手を振ってたりして……えっと、そう! ギャップ萌えです! “かっこいい”が前提の、“かわいい”! ギャップ! ですから本当にかっこいいって思っていますよ。あ、もちろん、顔だけじゃなくて性格も! 私の方が先輩なのに、年下で女性だからか本当に優しくしてくれますよね。休憩入り気にして、勧めてくれて。いつもニコニコしているのに、私が大きな欠伸してたのを弄ってくる時は意地悪そうな顔してますけど……でもしっかり優しいし。困っていればすぐ助けてくれたり、重いものは率先して持ってくれたり。紳士、っていうんですかねぇ。顔と同じで性格も行動もかっこいいといいますか──」


「ゆかりさん……」

 和樹さんに名前を呼ばれ、ハッと我にかえる。カーッと顔が赤くなっていくのを感じた。


 恥ずかしい、私ってば! 和樹さんのプライドを保って喫茶いしかわにいてもらおう作戦だったのに──いわば和樹さんのご機嫌取りのための“かっこいい”だったのに、まさかこんなに熱を持って語ってしまうなんて……。普段炎上を避けるために和樹さんへの“かっこいい”と思う気持ちをセーブしているからか、いざ褒めようとすると無意識に本音がポンポン飛び出してしまう。


 自分でも軽く引くくらいだ。和樹さんはもっとかもしれない。「変な思いを寄せてくる石川ゆかりが働いている喫茶いしかわなんてやめてやる!」ってことになったりしたら……この作戦は大失敗に終わってしまう。

 即座に謝ろうと、見るのを避けていた和樹さんに視線を向けた。


 ──あれ?


 和樹さんは肌の色が濃いめで、その上夕焼けの後光のせいで分かりづらいが、ほんのりと頰が赤くなっていることに気づいた。


 ──和樹さん、もしかして……


「照れてます?」

 私の言葉に反応して、バレたというかのように少し瞳孔が開いた。和樹さんは目を合わせようとせずに、口元を手で隠す。まだ頰の赤さは引いていない。


「照れてないです」

 少しムキになっている言い方に、表情を表に出さないいつもの和樹さんからは少し離れた、どこか少年ぽさを感じる。


「普段から言われ慣れてるじゃないですか。女子高生とかお客様とか……そういうとき赤くなってるとこ見たことないのに」

「赤くないですよ、きっと夕焼けのせいでしょう」

 またもムキになった声で返事をした。こんな和樹さんは初めてでなんだか微笑ましくなってしまう。


 毎回からかわれるのは私だが、今回は彼よりも私の方が優位に立っている気がする!

 ”後輩“なのに”年上“の和樹さん。普段の和樹さんには“年上”相手として接してるけど、今日はなんだかちゃんと“後輩”な彼を相手にしている気分だ。


 先輩風を吹かせられたのは彼のバイト初日だけで、その次の日からは和樹さんの方が仕事を上手にこなすようになっており、『後輩を可愛がる』と言う夢は絶たれてしまっていたのだった。

 だけど今のこの状況。チャンスなのでは!? 私は今、先輩的な立ち位置。弱っている”後輩“、和樹がいつもより可愛く見えてくる。


「も〜和樹さんってば! 照れてるのは分かってますよ! ムキになっちゃって……本当に可愛いですねえ!」

 気分が良くなった私は、”後輩に突っかかる先輩“らしく和樹さんに声をかけた。

 だが、和樹さんは”先輩に突っかかれる後輩“にはならなかった。先ほどまでそらしていた目を少し睨むようにこちらに向け、テーブルを離れて私に近づいてくる。普段のニコニコとした感じとも、先ほどの照れてムキになっていた感じとも違う、どの和樹でもないかのような雰囲気だ。

 一瞬で私の先輩キャラは幕を閉じた。今は”年上にビビる後輩“である。


「あ、和樹さん? どうしたんですか」

 と聞こうとした声を

「ゆかりさん」

 と名前を呼ばれて遮られてしまう。


「──かっこいい、っていうのは結局嘘ですか? 俺はかわいい止まりですか?」

 真剣な顔でそう聞かれ、意表を突かれる。まさかの質問に頭が追いつかず、「……え?」としか答えることができなかった。

 いつもよりも近い距離、いつもと違う真面目な顔、意味深な問いかけに、戸惑いと少し高鳴る鼓動を隠しきれない。


「……や、やだ、和樹さんってばそんなことないですよ。ちゃんとかっこいいって思ってます」

「本当ですか? ……もし、それが本当なら、僕は自分でもあり得ないほどに照れますし、さっきの照れてないと言ったことも撤回します。照れてましたよ、かっこいいなんてあなたに言われると思っていませんでしたから」


 またも突然の言葉に返す言葉も見つからない。さきほどまで照れている和樹さんにかわいいかわいいとばかり思っていたのに、今は違う。

 しっかりと目を見て言われているから? 距離が近いから? 真剣な眼差しだから?

 ──かわいいよりも、かっこいい、と思ってしまっているから?


「結構言われるって言いましたよね、かっこいいって。お客様にも、お店の外でも、喫茶いしかわの店員ではないときでも、言われることはあっても照れることはないんですよ。でもゆかりさんに言われると照れてしまうんです。かわいいって言われることに抵抗なんてなかったはずなのに、あなたの口からかわいいと言われると、少しムカつくといいますか、複雑な気分になるといいますか。なんでだと思います?」

「な、なんでって……なんででしょう」


「はは、ゆかりさんらしい答えですね。正解っていうには大げさですけど……正解はゆかりさんの方が可愛いのに、と思ってしまうからなんですよ」

 そう言って少し笑う和樹さん。


 私はさっきからもうずっと、和樹さんの口から出る言葉の意味をうまく理解できていない。

 かわいい? 私が? そりゃあ人生の中で何度か言われてはきたけれど、まさか和樹さんに、しかもこのタイミングで言われるなんて誰が想像できただろうか。少なくとも私はできない。


「かわ、かわいいなんて! 和樹さんから言われたらもう、炎上案件ですよぅ……」

「ほら、ゆかりさん、そういうところです。かわいいって言われて嬉しいでも恥ずかしいでもなく、炎上することを考えるなんてゆかりさんくらいですよ。気を抜いて大きなあくびをするのも、小学生たちと腕相撲して大敗してしまうのも、かわいいと思います。だからそれをいじってもみたくなりますし、気を遣いたくもなるんです。いつも笑顔で人一倍努力して頑張るところを見てると、女性としての魅力みたいなかわいらしさみたいなものに惹かれて、休憩入ったらどうですってすぐ勧めたくもなるんです。僕がこれだけ可愛がっているというのに、ゆかりさんは僕のことをかわいいって言いますよね。僕はかわいいより、かっこいいと想ってもらいたいと、思ってしまいますよ」


 ──ひどい。和樹さんはずるい。

 そんな優しそうな顔で言わないでくださいよ。かわいいって言わないでください。意地悪な人ですね。


「かっこいいって、想わないはずがないでしょう」

 あとひと押しのはずが……ここからくっつくまてが長かったですねぇ(遠い目)

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