496 if~ゆかりと和樹が同じ高校の先輩後輩だったら~
毎度おなじみifシリーズ。
和樹さん高校三年生、ゆかりさん高校一年生を想定してます。
小さい頃はシンデレラや白雪姫に憧れていた。
どんな困難や辛いことがあっても、最後は王子様が現れ愛し合い、幸せの物語を紡ぐのだ。
多くの女の子なら、いつか自分の元にも素敵でカッコいい王子様が現れると憧れて、夢を抱いただろう。
ゆかりもその一人だ。
でも成長するにしたがって、夢物語だと気付く。
自分はプリンセスになんてなれない。
平凡な容姿だし、これといって特技があるわけでもない。
他の人と比べて突出したスキルや才能もない。
いわゆる、モブとして存在する「その他大勢」な一人の人間だ。
私を好きになってくれる人なんてそうそういないと思っていた。
だから自分の前で起こっている出来事に、ゆかりは身体が固まった。
「俺、前から石川さんのこといいなーって思ってたんだよね。よかったら友達からでいいから付き合ってみない?」
放課後の料理研究同好会で、道具や材料を抱えながら調理室に向かう途中、同じ学年の同級生に呼び止められた。
「荷物、重そうだし運ぶの手伝おうか?」
突然の申し出だが、ゆかりはそこまで重くないので大丈夫だと断りをいれた。
でも、ご好意の申し出はありがたいし好意に対する礼儀と思ってお辞儀をした時、抱えていた材料を床に落としてしまった。
自分の鈍臭さに恥ずかしくなり、すぐさま拾い集めようとしたら、同級生の男子生徒は、笑いながら無理しなくてもと呟き、ゆかりよりも先に材料を拾い集め、持っていた調理器具さえも奪いとり「手伝うよ」と微笑んだ。
彼の名前は海野学。
二人並びながら自己紹介をし、今から何を作るのかや、少し珍しい調理器具の用途を尋ねてきたりと、会話が弾んでいるといつのまにか調理室に着いてしまった。
顔も名前も覚えてなかったほぼ初対面の相手で、同級生といえども、一年のクラスは八クラスある。
その中でもゆかりは商業科であり、特学や普通科と校舎の棟も違うため、目の前のこの愛想がいい海野を知らなくても当然である。
そして話は冒頭に戻る。
あれ、さっきまで今から作るチョコパイの話をしてなかったけ?
荷物持ちのお礼に、お裾分けしますねって別れる瞬間に突然の告白。
てか、これって告白だよね?
いやでも、告白された経験が無いから勘違いに聞こえただけかも。
友達からでいいからって言ってたし。
「えっと、友達として付き合うってことだよね? それならもちろん――」
「あ、じゃなくて。今は友達としてだけどレベルアップした関係になりたいかな」
海野君は顔を赤らめながら真っ直ぐゆかりの目を見て伝えてくれた。
そこでゆかりも勘違いではないと確信し、海野君と同様に顔を赤らめる。
どど、どうすればっ。
初対面とはいえ、自分に好意を向けてくれるのはとても嬉しい。
ゆかり自身も、恋愛に興味がないわけでもないし。
ただ今まで好きになった人がおらず、十六歳にもなって初恋がまだな自分は、どこかおかしいのではないかと悩んでもいた。
でも友達からなら。
仲良くなったら、おのずと好意を抱くかもしれない。
うん、いい人そうだし見た目だって清潔感があって生理的に無理なタイプじゃない。
ここで縁を切ったら、私に好意をもってくれる人がもう現れないかもしれない。
意を決してゆかりは口を開いた。
「友達からなら――」
「ゆかりさん」
その意は、簡単に崩された。
ニッコリと笑う学校一の美男子こと和樹によって。
「ゆかりさん、お待たせしてすみません」
和樹の登場にゆかりだけでなく、海野もぽかーんとした顔で和樹を見つめていた。
和樹は学校一の有名人だ。
眉目秀麗。才色兼備。文武両道。思い付くありとあらゆる褒め言葉の体現者がごとき彼は我が校の生徒会長であり王子ともいわれている存在。
そんな彼がこちらに近づいてきた。
お待たせって別に彼とは約束なんてしてなかったけど……?
「え、和樹先輩。どうしてこ――」
「いやー、思いのほか生徒会に時間がかかってしまって」
またもやゆかりの発言を遮り、和樹は海野が持っていた荷物をスマートに奪った。
「君も手伝ってくれて悪いね。僕からも礼を言うよ」
荷物を持っていない手でゆかりの肩を抱き、そのまま調理室に押し込まれる。
未だに何が起こったのか状況を把握してないであろう海野に向かって和樹は冷たく一言放った。
「ありがとう。でも僕がいるから、君は大丈夫」
ピシャリと扉を閉め、和樹はため息を一つ零した。
ため息を吐きたいのはこちらの方だ。
肩を抱かれ距離が近い。
こんなところを女子生徒に見られたら、炎上案件だ。
みんなの王子に手を出すなと誹謗中傷されてしまう。
最悪の事態を想像しすぐに「近いです」と抗議して和樹の手から逃れると、和樹は「僕には手厳しい」と呟いた。
「それよりも、なんですかさっきのは。海野くん、驚いて固まってましたよ。それにお礼もきちんと言えなかったし」
「海野君というんですか、彼。驚いたのは僕の方ですよ。それと、お礼なら僕が先ほど申し上げました」
和樹先輩は荷物を調理台の上に置き、淡々と仕分ける。
答えになってない答えを聞きながら、和樹と同様にゆかりも仕分けをする。
明日は料理研究同好会の日で、今日のうち(つまり放課後)に買い出しと下準備をしなければならない。
まあ同好会といってもただのお菓子作りが趣味みたいな活動で、半月に一度程度しか活動していないのだが。
ゆかりはその同好会の発案者であり、主な準備等は一人でやっていた。
人数も少ないし、調理室にない器具だって家から持ったきた私物。
準備といっても大変な作業ではない。
それなのに、和樹先輩は何かと理由をつけて手伝ってくれる。
それなら、同好会に入って一緒にお菓子作りしませんかと誘ったが――
「お菓子に興味ない人が増えるの嫌でしょ? それに僕自身もあまり、今の時間を奪われたくありませんし」
と断られた。
確かに、和樹先輩が入ったら女子生徒のほとんどが入部してしまうだろう。
決して自意識過剰な言葉ではないところがとても怖い。
「それよりも彼と何を話していたんですか?」
「何って……別に大したことでは」
和樹の問いに先ほど告白されたことを思い出して再び顔が熱くなった。
そういえば海野くんに返事してない。
和樹の登場で有耶無耶になってしまったことに今更気付く。
「嘘が下手くそですね、ゆかりさんは。告白されてたじゃないですか」
あははと笑っているのに和樹先輩の目が笑ってない。
「知っているならなんで聞くんですか? ……ん? ちょっと待って、なんで知っているんですか!?」
「ゆかりさんを手伝いに行こうとしたら、偶然あなた達の会話が聞こえて」
会話が聞こえていて、あのタイミングで遮ってきたのか。
「タチが悪いですよ、先輩」
「それは海野君の方でしょう」
いまいち会話が噛み合わず、なぜそこで海野くんの名前が出てくるのか分からない。
和樹はチョコやパイシートなどを小型冷蔵庫に収納するとゆかりとの会話をやめ、スマホを取り出して操作する。
んー、と唸りながらスマホの画面に夢中だ。
ゆかりは和樹の姿を見て「この人は何しに来たんだろう」とぼんやり考えながら器具を洗う。
和樹先輩よりも今は海野くんのことを考えよう!
なんせ、初彼氏になるかもしれぬ相手だ。
ようやくゆかりにも春がくるかもしれない。
まずは友達から仲良くなってお互いを知り、そして休日とかはベタに映画とか?
いやいや、公園にピクニックとか?
経験がない自分のデートコース案の少なさに、妄想が膨らまない。
みんな、友達からって何をするんだろう。
ま、明日チョコパイを作って海野くんに渡したら流れに身を任せればいいや。
そう考えたゆかりは、自分の明るい未来を考えていたせいか、いつのまにか鼻歌を歌っていたらしい。
和樹の低く不機嫌な声でそれに気付いた。
「ゆかりさん。機嫌いいところ水を差しますが海野くんはやめといた方がいいですよ」
「はい?」
「彼、他校に彼女いますね。しかも二年と三年、二人も」
いきなりなんなんだ。戸惑うゆかりにさらに畳み掛けるように和樹はスマホをスライドさせながら口を開く。
「海野学。一年二組特学クラス。成績上位者で人当たりが良く、教師からの信頼も厚いみたいですが、女癖は悪いようですね。つい先日、他校の同級生に三股がバレて振られたそうです。彼女たちのタイプはバラバラですし、他校のせいか学園では浮気野郎とバレてませんがどうせすぐ、本性をあらわすでしょう。まさかと思いますが、こんなクソ野郎の告白を受ける気じゃないですよね」
なんで、そんなことを和樹先輩が知っているのか。
もしかしたら、その持っているスマホか? スマホに情報が載っているのか?
さっきから黙ってスマホをポチポチしてて珍しいと思ったんだ。
いやいや、それが本当だったら怖すぎるでしょう。
個人情報ですよ、それ。どこから入手したんだその情報。
でも、和樹先輩なら簡単かもしれない……だって彼は和樹先輩だもの。
個人情報をいとも簡単に入手し、スラスラと喋る和樹に圧倒され固まるゆかりに再度、和樹は確認した。
「受けませんよね、告白?」
綺麗な顔なのに悪魔に見えてしまう。
いや、悪魔を通り越して大魔王だ。
「もちろんです、和樹先輩」
こうして石川ゆかりの春は遠のいてしまった。
◇ ◇ ◇
「ふーん。それで海野学のデータが欲しいって頼んできたのか」
二人の男は生徒会室にいた。
あぁ、と呟いた和樹に弘樹はニマニマと笑顔を向ける。
気色悪いと和樹に引かれても、弘樹の顔はなおらなかった。
昨日、生徒会の会議が終わり、すぐに教室から出たと思えば和樹から連絡がきた。
校内にいるのに珍しいなと思いながらメッセージを開くとシンプルな一文。
〔至急、一年の海野という人物の情報求む〕
何かあったのか?
すぐさま生徒会のPCを開き、和樹と自分しか知らない生徒データベースを開き検索する。
すぐに海野の情報はヒットし、コピーして和樹に送った。
その後、何の音沙汰もなかったため翌日の今、和樹に尋ねたのだ。
「至急ってあったからてっきり、事件か何かだと思ったぜ」
「何言ってる。大事件だろ」
PCで部費予算仕分け書を作成している和樹は、眉間に皺を寄せながら呟く。
「でも、送ったデータは名前とクラスに成績や教育態度、出身しか載っていないのによく女関係が分かったな」
その問いかけに和樹は鼻で笑った
「簡単なことだ。出身がわかれば、本人の周辺人物はSNSで大抵わかる。本人名義のアカウントは無かったが、裏垢ならすぐに見つけられた。それと掛け合わせてピックアップしたらクソ野郎だって判明しただけだ」
「簡単なこと、ねぇ……十分足らずでそこまで特定する奴と親友だということに恐怖を感じるよ」
やや呆れたように小さく息を吐く弘樹。
それに、その恐怖な男からそこまで執着されている石川ゆかりが不憫でならない。
それにしても。
「そこまでして、告白できないなんてな」
弘樹の言葉にタイピングする和樹の手が止まり、こちらを睨みつけた。
「うるさい、仕方ないだろう。そんな雰囲気にならないんだから」
変なとことで臆病な男は再びキーボードを鳴らす。
お前がそこまで手こずる相手はそうそういないなと考えながら、弘樹は愉快で堪らない。
「でもまぁ、逃がすつもりはないよ」
和樹は書類作成が終わったのか、一息つき立ち上がった。
「ん? どこか行くのか?」
弘樹が尋ねると和樹は口端を上げて、俺の肩を叩く。
「事務作業で糖分が足りないんだ」
和樹の足取りは軽やかで、一気に機嫌が良くなっていることに疑問を抱きながら立ち去る背を見送った。
だが、その疑問は二十分後にはあっさりと解けた。
誰から貰ったのか聞かなくても分かる表情の和樹の手にはチョコパイがあったからだ。
実際のふたりは中高が重ならない程度には年齢が離れてる想定なので、過去話としてもありえません。
幼稚舎から大学まで一貫で同じ敷地にある学校の生徒なら、ニアミスから始まる……的展開もありうるかな。
ネームドモブ海野くん。
今後登場する予定はないです。
実は一瞬だけ、小物ネームドモブにちょうどいい武内くんを使おうかなと思ったんですけど、なんとなくやめときました(笑)
ちなみに武内くんは、結婚直後の同窓会でゆかりさんにちょっかいかけてきて、颯爽と登場した和樹さんに格の違いを見せつけられてあっさりひねられた悪酔い同級生です。
……あれ? 颯爽とはしてなかったかも。




