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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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494 焦がれたのは

 長田さん目線で仲の良い店員だった頃のお話を。

 私、長田悟史は焦がれている。


 それは今、喫茶いしかわという喫茶店で働くこの女性、石川ゆかりという女性店員のせいである。


「それでですね、和樹さんったらまた女子高生たちにウインクしてこう言ったんですよ。『ゆかりさんと僕には何もないですよ、そのコーヒーの上手さに誓ってね』って! ああいうことするから炎上するのに、もう全然わかってないんですよ!」

「……そうですか」

「あ、すみませんついつい話し込んじゃいました。これコーヒーです」

「ありがとうございます」

 ゆかりさんの淹れてくれるコーヒーは私の口にはそこまで合うわけではない。

 が、その笑顔を見ながら飲むコーヒーは悪くない。


「でも和樹さんと仲の良いお友達にはあまり見えないですよね、長田さんって」

「よく、言われます」

「ですよねですよねっ。和樹さんはちょっと軽いところがあるけど長田さんはクールでかっこいいですもん。少しは見習ってほしいもんですよ!」

 私は眉根をぴくりと動かした。

 どうやらまた始まるようだ、彼女お得意の和樹さんの話が。


「昨日だって急に用事が入ったからって言って来なかったんですよ? もうぷんぷんでしたね!」

 実際は和樹さんが来ないと知って店の裏側でしょぼくれていたのを知っている。

「その日お店にいーっぱい人が人手が足りなくてもう足も腕もぱんぱん。おまけに女子高生たちにまーた『カズキさんは渡さないからね!』とか言われちゃいますし」

 そう言われながらちょっと嬉しそうに顔を赤らめていたように見えたが、まさか自分で気付いていないのだろうか?


「極めつけはこれ! あーんなに頑張ったのにメールで一言『ありがとうございました』ってちょっと簡素すぎませんかー!?」

 そのメールを見た直後には破顔と言っていいほどの笑顔になっていたとユキエさんからさっき聞いたな。


「あ、またまたすみません……長田さん何でも聞いてくれるから、つい話しちゃって」

「構いませんよ、それが任……いえ、それも楽しいですから。ですが本日はこれくらいで失礼します。お代を」

「今日のコーヒーはサービス、しちゃいますっ。いっぱいお話聞いてくれたので」

「それは……いえ、ありがたく。では」

「また来てくださいね~!」


 カラン、カララン。


 外に出た長田は溜め息になりそうだったそれを、意識してゆっくり長く吐く。そしてポツリと呟く。

「今日も随分と照らされたものだ」


 ゆかりという子は、太陽のような子だ。

 たしかにあの光は心地が良い。私の上司が気にかけるのも無理は……。


 ピリリリリ……。

 噂をすれば電話、間違いなく上司だろう。

「はい、長田です」

『任務ご苦労だったな。問題はなかったか』

「異常ありません。彼女はずっと世間話と和樹さんの話をしていましたよ」

『そうか、わかった』


 電話の主は先ほど話題に上がっていた和樹。私の上司であり、社内随一の腕を持つ営業マンだ。

 和樹さんにゆかりさんのガス抜きと虫除けを頼まれたのはごく最近。

 理由は『可愛過ぎるうえ気立てが良くて妻にしたいタイプNo.1間違いなしのゆかりさんに悪い虫が寄ってこないわけがない! なのに本人の危機管理意識は限りなく低い。身動きできない僕の代わりにしっかり虫除けしろ。ついでに最近ドタキャンせざるを得なかったあれこれの怒りを霧散させるべく愚痴や怒りの内容を聞いてこい』ということだった。

 危機管理意識の低さや俺の嫁と言われそうなタイプであることはとてもよくわかる。だがさすがにそのような理由で相手をさせられることになるとは思わなかった。

 恐らく和樹の代わり、というのも本音ではあるだろう。

 が、実際一番大きいのはそうではない。


「では、失礼します」

「待て。今日話した内容を教えてくれないか? 変わったことがないか、確かめておきたい」

「……わかりました」


 少し間を置いた後、報告を行う。

 話の内容は、おおよそ和樹には困ったものだ、という話だ。

 その報告を受けた上司は……。

「…………そうか」

 隠してはいるもののやや調子が下がった口調で答える。


「……ですが、楽しそうでしたよ。和樹さんの話をしている時は」

「……なるほど」

 今度はやや上がる。声の調子にやや元気が戻った。

 最近、電話する回数も多くなり、多少慣れてきたのか、私にも電話越しの和樹さんの人間らしい癖がわかるようになってきた。


「わかった、今後配慮する。助かった」

「報告は以上です、では」

「待て……長田」

「はい?」

「今度、僕がシフトの時にこい。特別うまいコーヒーを飲ませてやる」

「それは楽しみです」

「ああ、じゃあな」


 和樹さんとの連絡はそれで終わった。

 彼は、月のような男だ。ひっそり人知れず大切にしたいものを静かに守り続けている。

「その月が、太陽の光を浴びて、まるで二個目の太陽のようだ」

 だからそう、私・長田悟史は余計に焦がれているのだ。

 今度コーヒーを飲むときは必ずブラックでお願いしよう。


「……うむ。今度和樹さんに入れてもらうコーヒーはブラックにしてもらおう」

 でなければ、特別甘いコーヒーになる、そんな気がするから。


 この頃のゆかりさん、長田さんに対して「仲良くしてるイトコのお兄ちゃん」くらいの接し方をしてる疑惑。

 ついでに和樹さんが連れ立って店に来るときよく連れてくるのは長田さん=和樹さんと長田さんはとっても仲良しのお友達、くらいの感覚でいるかもしれません。


 そりゃ危機管理意識云々って言われるよね。

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