485 if ~ジコチュー~
パラレル&ファンタジーということで。
事故だった。
テーブルの上の水滴にすっ転びそうになった彼女をスッと抱き止める丸い手。
けれど予想よりも彼女の転んでいく速度が速く、目測を誤ったらしい。
お互いの小さく開いた唇がチュッと重なりあう。
「むっ! む!」
彼女は唇を押さえて俯き、動揺した彼はジタバタと腕を動かして、テーブルの上のシュガーポットに当たっていた。
「むむむ、これは事件だわ」
偶々ぬいぐるみたちの事故チュー現場を見てしまった看板娘は眉を寄せて、目線を合わせられず意識しあう二体を見つめる。
「大丈夫でしょうか。あのふたり」
「ふたりって……ああ、ぬいぐるみたちのことですか」
看板息子が客席の方へと目を向ける。
たしかに普段なら仲睦まじくテーブルの上でお客さんからのぬいぐるみたちへの貢ぎ物をキラキラとした瞳で食べていたり、こちらのお手伝いをしている二体は別々のテーブルにいた。
ゆかぬいは大島のおばあちゃまたち、老夫人が集うテーブルで本当にゆかりちゃんに似て可愛らしいわねえ、と可愛がられながらハムサンドやショートケーキをご馳走されている。
もう一方のかずぬいはご贔屓にされているJK二人組のテーブルでパフェやナポリタンでもてなされていた。
「かずぬいクンたら和樹さんに似て可愛いーっ♡」
小さなスプーンで彼女たちから生クリームをはい、あーん、とされてかずぬいは口を開ける。
幸か不幸かそのシーンをシラッとした目で見ているゆかぬいには気付いていない。
「ああ、あれは拗れてますね」
「仲直りできるでしょうか」
心配そうな顔をして、二体がいるテーブルを見るゆかりに和樹は穏やかな顔をして言う。
「大丈夫でしょう。何せぬいぐるみたちは性格も外見も僕らを模しているんですから」
「ええ、そうですね」
その場は納得して頷いた看板娘だが閉店時間が近付き、モップで床清掃をして洗い物をする頃になってじわじわと頬が熱くなっていくことになる。
「ん? 僕らを模してるってことは……」
かずぬいクンはゆかぬいちゃんが好き。
そしてゆかぬいちゃんもかずぬいクンが好き。
つまり相思相愛の関係で……ってことは私と和樹さんも!?
「うぁぁ……深い意味はないのかもしれないけど、どうしよう」
チラッと高い棚に皿を収納している和樹の後ろ姿を見るがますます頬が熱くなるだけだった。
ゆかりの手を借りてシンク付近に上がり、一生懸命小さな布巾で水滴を拭いているゆかぬいを見ればやはりいつものような元気がない。
「ね、ゆかぬいちゃんはかずぬいクンが好き、なんだよね」
「むっ、むむ!」
否定するように唇を一文字にするゆかぬいだが、瞳がうるうるしていてまるで顔に好きだと書いてあるようだ。
「ねぇ、あのね。ゆかぬいちゃんからかずぬいクンに―――」
コソコソと声を潜めてゆかぬいの近くへと顔を寄せる。
かずぬいと本体から視線を感じたがこれは女同士の話でシークレットなの、と知らない振りをした。
次の日の朝、裏口から鍵を開けて入り、ロッカーにバッグや上着を入れた。
彼はまだ来ていないみたい。
そうっと音を極力立てずにバッグヤードへと向かう。
また同じようにそっと扉を開くと、目に飛び込んでくるのはソファーに作られた専用ベットで寄り添い眠っているぬいぐるみたち。
「作戦、上手くいったみたいで良かった」
開店する頃にはきっとまた普段の仲良しな二人組の姿が見れることだろう。
「もしかしてゆかりさん。何かしました?」
「え? ああ、二体のことですね」
閉店後だし誰もいないのだけど用心に用心を重ねて、ゆかりは店の中を見渡した。
うん。ぬいちゃんと私たちしかいない。
「和樹さん。耳貸してください」
「はい」
ゆかりの目線に合わせて屈む体勢になる看板息子だが次の瞬間、その目が大きく見開かれることになる。
彼の頬にはやわらかな感触がひとつ。
それは看板娘がゆかぬいに教えた仲直りの方法だった。
童話祭はぬいぐるみかぁ……と思い、ぱっと思い付いたものをわーっと書いてみたら、こういう内容に落ち着いてしまいました。何故!?
さすがにこの内容では童話祭には出せないので、喫茶いしかわパラレルワールドのお話、として仕上げました。
これ、現代ファンタジー的にお話作るなら、こんな設定になるかしら?
・魔法使いな店長が店員そっくり(かつ素直)なぬいぐるみを魔法で作り出して操り、マスコットにしてる
・客は店を出たらぬいぐるみの記憶が溶けちゃう(けど再来店したら思い出す)
・バイトはぬいぐるみのことは覚えてるけどなぜか他人には話せない&辞めたら記憶から消える




