483 続・一点物の特別価格
ゆかり的結婚前夜……かもしれない。
いよいよ、あとは婚姻届さえ出せば正式に家族になるふたりは、春先とはいえまだまだ寒いからと、湯呑みでひと息つきながらこたつでぬくぬくしていた。
「ゆかりさん。僕は君にたくさん我慢させることがあると思う。でも、それでも君を世界一幸せにしたい。少なくとも僕は、君が一緒にいてくれれば世界一幸せでいられる」
和樹は愛おしさを隠さずゆるりと笑う。
「だから、ゆかりさんが僕と結婚するのを了承してくれて、すごく嬉しいんだ」
ゆかりは湯呑みを置くと和樹に向き直る。
「和樹さん、あのね……」
「はい」
ゆかりの真剣な表情に、思わず居住まいを正す。
「まず、わたくし石川ゆかりと結婚すると、石川家一子相伝の唐揚げや肉じゃがやいなり寿司、余った時の各種のアレンジレシピが食べられます」
「それは……一子相伝と言われると、とても由緒正しい気がしますね」
突然始まったゆかりのセールストークについ目を丸くしつつ答えると、ゆかりはふふんと得意げに続ける。
「一子相伝レシピは他にもたくさんありますし、どれも何度でも食べたくなる自慢の味なので期待してください。和樹さんの胃袋をガッツリ掴みます」
右手をグッと握り込むゆかり。すごく気合いが入っている。
ゆかりのプレゼンは続く。
「次に、お疲れの和樹さんにマッサージしてあげられます。家族にはむくみや筋肉痛がよくとれるって評判いいんですよ」
おそらく肩揉みだろう仕草を跳ねるようにリズミカルに。お客さん凝ってますねぇと言いながら表情もくるくる変わる。
表情を見ているだけでも楽しく愛おしく、ゆるゆると頬がゆるむ。
パンッとひとつ、手を叩くゆかり。
「さらにさらに!」
「まだあるんですか!?」
「和樹さん御用達だけど忙しすぎてなかなか行けない喫茶いしかわの味は、コーヒーでもスイーツでもごはんでも、いつでもわたしがご自宅で完全再現してみてます!」
ぐっと腕まくりして力こぶを作っているが、全然力こぶになっていない。可愛い。
「クックックッ。それにしても、だんだん通販番組みたいになってきましたねぇ」
ゆかりはニヤリと笑う。
「そして今なら!」
「今なら?」
「和樹さん、わたしをぎゅっとしてる日は熟睡でしょう? ということは、わたしは和樹さんに一生モノの安眠をお届けできるのです!」
胸を張ってドヤァするゆかりさんを抱きしめたくてたまらないが、まだお約束が完結していない。
和樹は定番の、あの言葉を口にする。
「でも、お高いんでしょう?」
「なんと今なら送料無料です!」
「送料無料!?」
「だって、もう一緒に住んでるもの」
「ふはっ、確かに。それはそうだ。くくくっ。あはははは」
ついに腹を抱えて笑い出し、こたつの天板に崩れ落ちた頭をのせてもまだひくひくしながら笑っている和樹を目を細めて見ていたゆかりはすましてさらに続ける。
「こちら一点物の貴重なお品です。ただし返品不可となっておりますのでご注意くださいませ」
笑いを収めた和樹はゆかりの両手を包むように握る。
「こんなお買い得品、誰にどう頼まれても絶対に返品しません。ああ、定期的なメンテナンスはこちらで請け負いますよ」
「ふふっ。これからもよろしくお願いしますね。和樹さん」
「はい。こちらこそ。やはり僕は世界一幸せですね」
ちょっと短めですが、『229 一点物の特別価格』のアンサーのつもりで書いてみました。




