481 カワイイ論争
子供たちの年齢が片手て足りる頃のお話。
十一月の平日。
子供たちは今日も元気に保育園。
この日、振替休日をもぎ取った和樹はゆかりとともに恋人繋ぎを満喫しながら喫茶いしかわに出勤した。
ゆかりの仕事を奪う勢いで店員としてキビキビ働きつつ、隙あらばゆかりにちょっかいを出しいちゃつき、やりすぎてはたまに眉をしかめたゆかりに
「和樹さん、めっ」
と叱られては
「せっかくお休みなんですから、わざわざ店員しなくても、お客さまとしてゆっくりしてくれていいんですよ?」
と何度も確認され、そのたびに
「嫌ですよ。せっかくゆかりさんとの愛情たっぷりな共同作業なのに」
と返し、マスターや常連客の皆さんに生暖かい目で見守られていた。
そうこうしてるうちにランチタイムの客が引けたアイドルタイムを迎えた。何度も何度もやりとりを繰り返しているうちに楽しくなってきたゆかり。
「和樹さんかわいいです!」
くすくす笑いながら言うゆかりに驚き、慌てて言い返す和樹。
「いやいや何を言ってるんですか、かわいいのはゆかりさんの方でしょう」
「え、和樹さんの方がかわいいです! これは譲れません!」
「ほらまた、そういうところがかわいいんですよ。分かってませんねぇ」
顔を顰めて首を横に振る和樹。
そこへ在庫整理をしていたマスターが戻ってくる。傍目には睨み合ってるようにしか見えないふたりにマスターは慌てた。
「……え、なになにどうしたの?」
二人は示したようにパッとマスターのほうに振り返る。
「「マスター! 和樹さん/ゆかりさんの方が可愛いですよね!?」」
マスターは一瞬、唖然とする。漫画だったら大きな汗のマークが描かれ、ついでに袖が片方だけずるりと下がるイラストに仕立てられたことだろう。
「いやまあ僕は息ぴったりに低レベルな争いしてるふたりとも可愛いと思うよ」
その後も、ゆかりのシフトが終わるまで、相手のここがカワイイあそこがカワイイと、犬も食わない喧嘩を繰り返していた。
それから二週間ほど経って、本日は十一月二十二日。
予定通りに営業先を回った和樹は、訪問先から直帰することにした。駅に向かいながら問題が起きていないことを会社に確認し、ちょうど着いた電車に乗り込んだ。帰宅ラッシュよりは少し早めでスペースにゆとりがある。
和樹はそそくさとメッセージアプリを立ち上げた。
『二十分くらいで帰れる。一緒に食べたいから待ってて』
とだけゆかりに送る。一分ほど経つとポコンとOKスタンプ。それから、真弓が撮ったらしきゆかりの動画。慌ててイヤホンをつけて音声も確認する。
『おかあさん、きょうのごはんはなぁに?』
『今日は白菜とベーコンときのこのミルフィーユ鍋、ほうれん草のおひたし、五目ひじき、なすの煮びたし。味噌汁はお豆腐とネギ。あ、関サバは今から焼きまーす。待ってますから皆で「いただきます」しましょうね』
ずっとコンロに向かっていたゆかりが最後だけ見返り美人でにこりと笑う。
真弓の目線だからゆかりを見上げるアングルで撮影していて、いつもと違うゆかりにドキッとする。イイ。すごくイイ。
それと同時に、事あるごとに成長を実感するけれどまだまだ小さな真弓と、さらに小さな進への愛おしさが増していく。
和樹は最寄り駅からのダッシュを決意した。
そして夕食の席で、保育園で進が作った両親へのありがとうのお手紙だという画用紙を受け取った。
クレヨンでぐるぐるうずまきで描かれたのは「おとうさんとおかあさん」だそうで、横に書かれたありがとうは“と”が鏡文字になっていた。
真弓は保育園で作らなかったのかと思って訪ねた和樹は、にっこり笑顔の真弓に
「おじいちゃんとおばあちゃんにありがとうしたの」
と言われて少し寂しかったが納得した。
「ふふっ。今日お店で渡してましたよ。すごく喜んでました」
「そっか」
ゆかりにこっそり耳打ちされ、わずかに触れる息に距離の近さを実感して嬉しくなった。
「だからね、あのね、おとうさんにはこれあげる!」
真弓がめいっぱい手を伸ばして差し出してきたのは一枚のルーズリーフ。
「うん、ありがとう」
受け取ってぺらりと裏返す。練習用に渡しているかきかたえんぴつで
『おとうさん、いつもありがとう。おしごとおつかれさま』
と書いてあり、息を呑む。
「おかあさんにも、はい」
「あら、わたしにもいいの?」
「うんっ」
満面の笑みで頷く真弓に、進がちょっぴり拗ねる。
「ぼくもおかあさんにもありがとうしたかったぁ」
「ふふふ。ありがとう。進くんの気持ちは伝わってきてるからね。さ、温かいうちにごはん食べちゃいましょう!」
「はーい」
そこからは保育園で楽しかったことやお友達とどんな遊びをしたかなどを子供たちからたくさん聞き、幸せを噛み締めた。
明くる十一月二十三日。勤労感謝の日。祝日である。
いい夫婦の日を堪能した和樹は、ゆかりと子供たちのためにふわふわパンケーキをメインに朝食を作り、とろける笑顔を手に入れた。
ゆかりが家事を片付ける間に子供たちと一緒にブランの散歩のため河原に行って遊び、その後は愛車を洗う。
昼食は野菜も肉もたっぷりの焼きそばを食べ、子供たちが昼寝してるうちに夫婦で買い出しを済ませる。
洗濯物はふたりで取り込み、畳むだけのものは和樹が引き受けたが、アイロンがけはゆかりが譲らなかった。
和樹は担当分を終わらせたが、ゆかりはまだまだ絶賛アイロンがけ中で、手持ち無沙汰になってしまう。
よくよく見ればシーツやワイシャツ、ハンカチなどがこんもりと。半分以上は和樹のものだ。
そういえば昨日は雨で、まだストックのあるワイシャツより泥だらけの体操着を優先したと言っていたことを思い出す。
「和樹さん、お手伝いありがとうございました。お夕飯作るまでまだ時間ありますし、ゆっくりしててください」
「わかりました。では居間で途中になってた本を読んでしまいますね」
「はい。ごはん、後で一緒に作るの楽しみです」
和樹はリビングのソファーで寝転びながら読みかけだった本の残り約四十ページを読みきり、小さく息を吐く。
窓から入る風でレースのカーテンがふわりふわりとそよぐのをチラリと確認すると、なんてまったりした休日だろうと実感しながら目を閉じ、深呼吸を三度。
小さくカチャリとドアを開いた音がして、トタタ……と足音が響く。ああ、子供たちが起きたのか。
和樹がソファーに寝転んだまま大きく伸びをすると、子供たちがひょこりと顔を出し、ニッと笑う。
「おとうさん、はっけん!」
「はっけん!」
「とつげきー!」
「とつげきー!」
伸びの姿勢から起き上がろうとしていた和樹は、突撃しソファーによじ登ってきた子供たちをそのまま受け止める。
和樹に馬乗りになった真弓は
「だいすきアターック!」
と言いながら和樹にぎゅっと抱きつきつつソファーの背もたれと和樹の間に入り込もうとする。
進も同じく
「だいすきあたーっく!」
と言ってはいるものの、うまくソファーによじ登れず、ソファーからはみ出した和樹の腕にぎゅっとしがみついてきた。和樹はフッと笑うとそのまま進を自分の上に乗せてやる。進も真弓のように和樹に抱きついてきた。
「ふたりともどうしたんだ? 大好きアタック?」
「うんっ! きょうね、いいかぞくのひなの。だからおかあさんのまねっこで、だいすきアタックなの」
「おかあさんだいすきだけど、おとうさんもだいすきなの。だからだいすきあたっく」
アイロンがけを終えたゆかりも顔を出した。
「真弓ちゃんも進くんも起きたのね。それで二人は、お父さんに何してるの?」
「おかあさん、たまにおとうさんにだいすきアタックしてるから、まゆみもだいすきアタックしてみた」
「ぼくもまねっこしてみた」
「大好きアタック?」
「うん。おとうさんにとつげきしてぎゅーってしてるの」
「ふふっ。そっかー。じゃあお母さんは、皆に大好きアターック!」
ゆかりが楽しそうに笑いながら子供たちを和樹とふたりでサンドするようにぎゅっと抱きしめると、子供たちはきゃあっと歓声をあげてけらけらと笑う。
ああ、なんて幸せなひと時だろうと泣きそうになる。
「よし、お父さんも大好きアタックだ!」
両腕で子供たちとゆかりを抱きしめながら、三人のおでこにそっとキスをした。
きゃらきゃらと笑う子供たちをサンドしながら、ゆかりが笑顔で言う。
「和樹さん、いちばんかわいいのは子供たちでした」
「そうですね。一番は子供たちにしましょう」
「ん? なに?」
きょとりと和樹を見つめる真弓と進。
「お父さんもお母さんも、真弓と進がとっても大好きって話だよ」
ふたりは今まで以上に破顔した。
いい夫婦の日はよく聞きますけど、他の関係性についてのあれこれはあまり聞かないなぁと思っていくつか調べてみたんですよ。
お話の中では「いい家族の日」と言ってましたが、正しくは「いいファミリーの日」です。
いい(11)フ(2)ァミ(3)リー。
勤労感謝の日が大きすぎるからか、影うすいなぁ(苦笑)




