465-3 和樹さんは貢ぎたい(後編)
結果として、和樹は見事にゆかりを丸め込んだ。
「ゆかりさん」
「はい、何ですか? とりあえず晩ごはんにしてから……」
「あのワンピース、確かに新作です」
「っ! ……ほらやっぱり!」
「ただし、招待セールのサービス品の目玉です」
「……目玉?」
「ワゴンの中に三枚だけそれが混じっていて」
「え!」
「前にスーツ新調した時に、それだけコネで担当に取り置きをお願いしました」
「あ!」
「すみません。一応不正なので黙っていました」
そうしょんぼり告げれば、慌てたようにゆかりが頭を下げてきた。
「えっ! あ、ははっ……そ、そうですよね、和樹さんの立場で不正は駄目ですもんね……」
ゆかりさん、すみません! あなたは全く悪くない!
だが畳み掛けるなら、揺らいでる今がチャンス!
「あと、確かに三千五百円ではないです」
「……っ!」
和樹は苦笑いを浮かべて、ゆかりの顔を覗き込んだ。
「すみません。五千円でした。とても素敵だったけど、五千円だと先月の予算を千五百円オーバーしちゃうから誤魔化しました。レシートは三千五百円ワゴンから僕のシャツを一枚買いました」
……レシートが『衣料品 セール品1点』表記で助かった!
得てして、女性はこれらの言葉に弱い。
・限定品
・先着順
・目玉商品
・特別に、お取り置き
・予算より高いけど、超お買い得
「まあ、そうだったんですね。私ったらちゃんと聞きもせず……和樹さん、ごめんなさい。これ、大事に着ますね?」
「僕こそ、誤魔化しちゃったのは本当だから……ごめんね?」
「和樹さん……はい。さぁ! 晩ごはんにしましょう! お腹空きましたよね?」
「うん。ありがとう。ねぇゆかりさん」
「ん?」
「今は良いけど、結婚したら服は僕と一緒に買いに行こう」
「あっ、えーっと……」
「ごめんね? 僕も立場があるから奥さんにあまり安い服は……なるべく今から徐々に慣れてほしいな。もちろん、ゆかりさんの好きな服を一緒に選ぼうね?」
「あ、そうか! うん、そうだよね……うん、はい……はい、努力します」
真っ赤に照れながら、あたふたと手を動かした後、ちょっと悩んでから落ち着いた声で応えてくれた。
「別にね? ブランドが嫌なわけじゃないの。むしろ、私がまだ着慣れないと言うか……ほら、ブランドって人を選ぶでしょ? 私がまだ人として追いつけないの。チグハグになっちゃったらそのブランドに申し訳ないもの。でも、うん、うん。そっか、和樹さんにみっともない思いさせられないよね……頑張るね」
小さなガッツポーズとほんわり笑顔を向けてくれる。
「大丈夫! 僕がちゃんと見立てるよ。ちゃんと、ゆっくり上げていこう」
「はい。お願いします」
ああああああ! ゆかりさん可愛い! ごめんね! ほとんど嘘です! 今の服も可愛いですけど、僕が選んだ服を着せたいだけです! 信頼してくれてありがとう! ありがとう! でも、持っていて損はないから、大丈夫だから! 世界一似合ってるから!
嗜好品と米はランクを上げると、下げることができなくなるという。
ブランド品は縫製や生地にまでこだわりをもつ。
和樹の選ぶ服や靴はゆかりの好みだけでなく、過ごしやすさや着やすさも視野に入れている。実際、普段から着る服や靴は彼が贈った物を、大事にヘビロテしてくれている傾向が既に見受けられている。
流行り物をワンシーズン着るだけではなく、自分の好きな物を大事にする彼女は、きっと長く使ってくれるだろう。
「ところでさ、あれが新作って良く気が付いたね?」
「あぁ、それは前に里帰りしてきたお兄ちゃんが……」
リョウさん! 逃げて! 超逃げて!
◇ ◇ ◇
《おまけ》
和樹行きつけの某ブランド店にて。
「いらっしゃいませ」
「ああ、実はちょっとお願いが」
かくかくしかじか。
「畏まりました。オーダーを受け付ける際に、数点毎にお連れ様の服もポイントが溜まったことにしてお作りすると。または、店頭商品をお選びいただく形を取らせていただきます」
「そう。控えめな人でね、なかなか受け取ってくれないんだ」
「奥ゆかしい方ですね」
「そう。値段のついた物に遠慮するなら、値段を外せば良い。……サービス品ならタダも同然だからね」
「お支払いは、お連れ様の目につかないようにオーダー品に上乗せいたしますので、ご安心ください」
「助かる」
「いえ、いつもありがとうございます」
『なぁ、おもろいもんやろ。こんな紙切れがな? 札束に化けよるんや』
まったくです。(ドラマの)組長。
原価なんて、分からないものですから、ね。
結局お前もポイントカードかよ! ってツッコミは入れとくべきかしら。
ハンクラ得意な人に『時間が空いたらで良いからチャチャっとやっといて』って言う人良くない。
製作者の搾取って言われるヤツだぞそれ。




