464 if~真昼のお惚気相談室~
前話の恋愛相談の、2年から3年後くらいをイメージしています。引き続きユキエさん視点で。
「ユキエさん。私、鍛えようと思うんです!」
「そうなんだ。ゆかりちゃん、頑張ってネ♪」
平日に訪れたカラオケは空いていて、入室した時にも両隣の部屋はドアが開放されたままになっていた。
CMやドラマで流れている流行りの歌を一通り二人で歌うとドリンクバーで喉の乾きを潤し、また歌う。
それでも歌う曲は二人で精々三十曲ぐらいだ。フリータイムで入ったのでどうしても時間は余ってしまう。そこでカフェがわりにしておしゃべりに興じる。
「休日ほとんど寝たままの日とかあってね。このままじゃいけない、体力をつけないといけないなあと」
「ちなみにその前日貴女の愛しの君はご帰宅で?」
「え、あの……はい」
「へえ」
つい平坦な声になってしまったが許してほしい。だってこれから絶対、既婚者である友人による夫へのお惚気タイムが始まることになるに違いないのだから。
「だってあの良い声でいい? って聞かれたらうんって言っちゃうし、それにもっと身体を引き締めて、ぷにぷにじゃなくてキュッ、ボン! としたいんです!」
何かの記憶を回想しているのか自身の桜色の頬を両手で押さえている友人は乙女のように恥じらっている。
普段ユキエは友人の夫について敢えて深くは突っ込まないようにしている。
たしか前々回会ったときの友人の話によれば、夫の腹筋は六つに割れているらしい。
ユキエからするとどうでもいい情報だ。
サラサラヘアーに甘いマスク。高身長で素晴らしくスタイルがいい。そこに加えてとびきりいい声で、間近で聞くゆかりは時々腰が砕けてしまうらしかった。
恥じらってる割に隠す気ないでしょ、と内心思いながら
「肺活量も鍛えたい」
とマイクを握りしめながら言っている彼女を生温い瞳で見つめる。
「一晩中声枯れちゃうようなことしてるからねえ」
「やだぁ、ユキエさんったら」
ゆかりがオフになったままのマイクをテーブルに置くと動揺したのか揺れてカップの中の烏龍茶がちゃぷんと揺れた。
「うーん……エステとかにも通った方がいいのかな。もっと肌を綺麗にしたいしマッサージにも通って足を細くするとか……」
「そのままのゆかりちゃんでいいんじゃないかしら。それに運動だって旦那さんのワンちゃん連れて河川敷でトレーニングするのにお付き合いしてるんでしょ」
初めて話を聞いた頃からずっと思っていたのだが、ゆかりの夫は嫉妬深くて面倒臭いタイプの男性らしい。
きっと自分以外の誰かが彼女に触れると知ればあまりいい顔はしないだろうなと思ったのだ。
同性ならともかく(それでも「まだ我慢できます」とか言いそう)もし異性が施術することも多いマッサージ店に行き、それがもし彼の知ることになったのなら……ゆかりちゃん、喫茶いしかわに何日間か出勤できなくなっちゃうんじゃないかしらって。
「うん。でもお付き合いと言ってもトレーニングのサポートしたり彼の後を追いながら軽くランニングするだけだから」
「それだけでも十分な運動になるし、その後自宅でお風呂に入ってから自分でマッサージしたらどう?」
「そうですね。今は自宅で身体を動かすゲームもあるし、無料動画もあるし、腕立て伏せスクワットとか自宅でできる運動を続けてみることにします」
そう語るゆかりの背後の大画面には大人気女性アイドルの新曲とMVが流れていて『素敵な彼と一緒にいたいから理想の自分にアップデートしていくの』と甘く可愛らしい歌声が響いていた。
『で? あれから鍛えるって話は順調?』
通信アプリで小首を傾げるファンシーキャラのスタンプを送るとすぐに既読が付いた。
『順調だった……けどその分増えて……もうダメ』
同じく可愛らしいファンシーキャラの猫が夕陽をバックに泣いているスタンプが友人の答えである。
『愛されてるのねぇ、ゆかりちゃん』
『愛が供給過多でキャパオーバーなの!』
嫉妬深くて愛が重くて。それに体力オバケ。
更新したい訳ではないのにゆかりの夫の情報はこうして日々増えてユキエの中で更新されていくのだった。
唯一無二最愛の妻をでろでろに甘やかしつくしたい体力オバケな夫はやらかしすぎな模様。
これをウザいとかついて行けないじゃなく供給過多の一言で済ませてるあたり、なんだかんだ妻も甘いしきっちり絆されてるなと思いますです。はい。




