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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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43-3 RUSHカレーを食べよう(後編)

 番組は、ようやくRUSHカレーを作るコーナーになり、前回までのおさらいを含めてカレー作りの足跡が放送される。


 まず目指すカレーの姿を決めるため、たくさんの有名なカレーの食べ比べを行なった。

 肉だけでも、牛、豚、合挽き、鶏、羊、馬、猪、鴨などたくさんある。ジビエも入れたらもっと増えるが、今回は除外したらしい。それと、エビやイカなど定番のシーフードも検討する。

 彼らにとっての“ザ・カレーライス”に必要なのは豚肉だった。

 それが決まると、豚肉のブランドごとの特徴や部位別の旨味の差などを確認し、産地を決めていく。


 野菜も同様にこだわり抜いて品種を決めていった。

 そんな野菜や米を栽培し、現地に行ってブランド豚を捌き、必要になりそうなスパイスの苗を片っ端から入手する。

 苗を手に入れても、RUSH村がその栽培に適しているとは限らない。スパイスに合う気候の土地を探し、栽培に工夫を重ねる。

 たったひとつのカレーライスにそこまで? というほどの年月をかけて材料がひとつひとつ揃っていく。

 カレー作りそのものの進捗(しんちょく)とは別に、こだわりの器などもメンバーによって手作りされていく。


 カレー総監督に任命された高瀬くんは、予想外に鋭敏な味覚を開花させ、回を重ねるごとに問題をクリアしていくが、それでも俺たちらしいカレーのための隠し味選びに苦戦していた。

 何十種類もの試作品を前に「違うな」「これじゃない」と首を傾げたり横に振ったりしている。


 番組を観ているこちらは当然、完成したのを知っている。

 が、それでも喫茶いしかわでは、常連客が手に汗握って「ああー」「違ったかぁ」「高瀬クンしっかり!」「頑張れー!」などと声援を送っている。

 隠し味がひとつ決まるごとに大はしゃぎだ。


 いよいよ、メンバー全員が揃い、手作りの器にこだわりのカレーが盛り付けられる。

「おおっ、うまそっ」

「うはは、いいねぇ。スパイスの香りがすごいわ」

「うん。見た目段階の評価は最高!」

 テレビの中でも皆、食べる前からテンションが上がっている。


「これ食べて皆が、“うまっ! やるな高瀬!”って思うのか、“なんだよ高瀬バカ舌じゃねえか”って思うのか。どっちかわかんないけど、全力で作りました!」

 高瀬くんは、にいっと自信満々の笑顔を見せる。


「さ、召し上がれ!」



 ◇ ◇ ◇



「いただきます!」

 喫茶いしかわの店内でも皆が手を合わせてから食べ始める。


「おいしいっ!」

「なんか複雑な味……」

「最初は野菜の甘さとかがくるけど、後からスパイスが追いかけてきて……あ~これ、けっこう辛い!」

「キムチのほうはよりピリッとしてる。チーズのほうがまろやかで辛味が抑えられてるね」

「なにはともあれ、とにかくうまい!」

「ん~っ! これが高瀬クンの味! すごい! まさか食べられるなんて」

「全然平坦じゃなくて、バカ舌どころか……なあ!」

「いや~、こんな複雑な味のメニュー作るの、絶対大変だぞ。マスターたちも大変だったろ」


「そうだねぇ」

「レギュラーメニューにはできないです。とっても手間がかかるから」

「でもこの1回だけなら、家族全員で作れて、楽しいイベントでしたね」


「うっ……!」

 テラス席でうめき声が聞こえる。そちらを見ると、小学校高学年くらいの子が涙目でお水を一気飲みしていた。

 どうやらキムチ入りのほうが辛すぎたようだ。

「ふう……あ、あれ? 全然辛くなくなった……いつもはお水飲んでもべろがずっとビリビリしてるのに」


「お水、おかわりいる?」

 ゆかりが笑顔で近づいた。

「あ、はい。いただきます」

 おずおずとコップを差し出してくる。

「あ、あの! このお水何か入ってるんですか?」

「ん~? 入ってるよ。はい、どうぞ」


「これにはね、レモン汁を入れてあるの。レモン汁のクエン酸が、唐辛子の辛味をやわらげてくれるのよ」

 穏やかな表情で説明するゆかり。

「もちろん、クエン酸が入っていればレモンじゃなくてもいいんだけど、これがいちばん手早く皆にいきわたるものだったから。効いたみたいで良かったわ。それじゃ、ごゆっくり」

 ゆかりはそのままゆっくりとテーブルの間を移動し、他の人たちのお水のおかわりもチェックしていく。



 食べ終わってからは、まったりと番組を楽しんだりカレーの感想を話したり。

 常連の皆さんは、カレーと一緒には食べ終わらなかった福神漬けを、煎茶とともに楽しんでいた。


 テラス席の皆さんは、和樹さんがこしあんをお茶請けにコーヒーを飲むという話をしたら試したがったので、希望者に提供していく。

 おおむね好評のようでなによりだ。


 ゆかりたちのテーブルには、少量のブルーチーズが並んでいた。

「ふふっ。環さんのお持たせですけど。一緒に食べましょ」

 そのまま食べたり、ハチミツをつけて食べたり。


「うわぁ。本当に美味しいですね、これ。ブルーチーズ特有の味と香りがしっかりしてるけど、変なえぐみがなくてとっても食べやすくて」

「ええ。とても美味しいブルーチーズです。最初に長田から奥様のお申し出を聞いたときは正直どうしようかと思いましたが、お願いして良かったです」

「そう言っていただけて、ほっとしました。商品に自信はありましたけど」

「うふふ。きっと今日のカレーは環さんのおかげで美味しさがワンランクアップしてましたよ」

「そうかしら? そうなら嬉しいわ。ありがとうございます、ゆかりさん」


 そのまま、まったりとした時間が過ぎていく。



 番組が終了し、ふうっと余韻を楽しんだところでお開きとすることにした。

 常連さんたちは自分の皿やカップを下げると、そのままご機嫌で帰宅していく。

 テラス席の面々は、食器を店内に戻すと、イベントのために増設したテーブルや椅子の片付けを手伝うこととなった。

 といっても人数が多いので、ぱぱっと十分もかからない程度だ。


 ホスト役であるゆかりと和樹はそれぞれの家族とご挨拶を交わし、見送っていく。

 皆どこか心身が充足しているのがわかる。足取りも軽い。

 普段はどうだか知らないが、今日は手を繋いで帰る家族が多いようだ。


 帰宅が最後になったのは長田と環だ。

「それじゃ環さん、今度ショッピングですよ?」

「ええ。詳しい日程や場所はまた改めて決めましょう。ゆかりさん、今日はお疲れさまでした」

「はい、環さんもいろいろとお手伝いありがとうございました。気を付けてお帰りくださいね」


 和樹と長田も、ぼそぼそと何かを話している。

「では、私たちはこれで」

 軽く会釈をして長田が環を連れて去ろうとすると、真弓が飛んできた。

「おじちゃん! お話、約束だからね!」

「ああ。指切りしたからな。いつがいいか、奥様とうちの環が連絡を取り合って決めるから、それまで待っててくれるかい?」

 しゃがんでぽんぽんと真弓の頭を撫でながらゆるりとした顔で語りかける長田。真弓は大きく頷く。

「うんっ」


 大きく手を振って長田夫妻を見送った。



「さて、私たちも食器の片付けに参加しましょうか」

「ですね」

「真弓もお皿拭く! エプロン取ってくる!」

「僕も!」

 子供たちが奥に駆けていく。


 喫茶いしかわの店内だけは、もう少しイベントが続くようだ。

 ということで、ようやく終わりました。


 いや~、まさかカレーを食べるだけで一週間かかるとは。

 それもこれも途中でたくさん出てきた和樹さん劇場が……おかげで本来の番組とはまったくの別物になってしまった気がします。


 リスペクトはしてたしオマージュのつもりだったんですよ。

 なんでこうなった……!(頭を抱える)


 あのグループ、デビュー日が9月21日だそうなので、前祝いに……なんて言えるかー! というくらい痕跡が粉微塵。なんかごめんなさい。

 一緒に食べようというコンセプトが喫茶いしかわに似合うなと思ったところから始まったのですが、こんな仕上がりに……番組へのリスペクトと26周年のお祝いの気持ちだけは込めました。




 そうそう。


 昨日の割烹にはちらっと書いたのですが、今日の夜、ハロウィンネタの恋愛短編を一本投稿します。

 時期は一ヶ月ほど早いですが、4連休で時間の取りやすい人が多いかなと思ったので。

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― 新着の感想 ―
[良い点] みんなでワイワイ、楽しイベント、て感じで面白かったです。 途中から食レポになってますが、それもまたよし! [一言] カレーが食べたくなったじゃないですか、どうしてくれるんですか!(笑)
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