43-2 RUSHカレーを食べよう(中編)
いよいよ『剛腕RUSH』の放送が始まった。
店内の常連の皆さまは拍手喝采だ。
「きゃーっ! みんなイケメーーンっ!」
「いよっ! 待ってましたぁっ!」
「ステキーーっ! ワイルドーっ!」
はじめて店に来たテラス席の皆は、店内のテンションに驚いている。
「あー……驚きますよね? こういうイベントの時は皆さん毎回こんな感じなんですよ。すごくノリがいいので」
ゆかりが苦笑まじりにテラス席の皆に告げる。
「最初は別のコーナーみたいなので、RUSHカレーを食べるコーナーになったら配膳しますね。あ、先に食べたい方はいらっしゃいますか?」
きょろりと見回すが、誰も手をあげなかった。
「では、カレーは後ほど、ということで。ドリンクのおかわりをする方はいらっしゃいますか?」
「あ、自分はコーヒーが欲しいです」
「私は甘酒をいただきたいわ。周りで飲んでるの見たら、飲みたくなっちゃった」
「かしこまりました!」
次々と注文を承り、店内に戻って準備すると、テラス席に運ぶのは和樹が引き受けた。
和樹は執事のような丁寧なサーブでおもてなしをする。
「こんな素敵な対応されたら、本当に自分がお嬢様やお姫様になった気分になってしまいますね」
照れ混じりに部下の妻に告げられ、にこやかに返す。
「おや、女性は皆、年齢や立場に関わらずお姫様でしょう」
「まあっ!」
「もちろん仕事で同僚として接する時は対等な立場として接するので、お姫様扱いというわけにはいきませんが。少なくともプライベートで女性に接するときは、壊れ物を扱うときのように丁寧に、笑顔をくもらせぬよう穏やかに、と心がけています」
「なんて素敵! それにひきかえ……」
それぞれの妻たちにチロリと視線を向けられた部下たちの居心地の悪そうなことといったら。
「まあ、僕も妻に叱られたから身に付いたんですけどね」
「あら、そうなんですか」
「ええ。妻以外の女性をないがしろにしすぎて、その態度はさすがにあんまりだと。ぷりぷり怒る姿もとてもかわいかったのですが」
そのときのゆかりの様子を思い出し、くつくつと笑いながら語る和樹。
「“もちろん好きな人に大事にされるのは格別の喜びです。でも、相手が好きな人以外でも、嫌われるのが好きな人ってそうはいないでしょう? 少なくとも私は、誰かに邪見にされたらとても悲しいですよ?”って叱られました」
大きく頷く女性陣。
「その後にね、“女の子は心のどこかで、お姫様みたいに大切にされたい、好きな人のそういう存在になりたいって思ってるところがあるんですよ。私は和樹さんにとても大切にしてもらえて、とっても嬉しくて幸せですけれど、お客さまにも少しはそういう気分になってもらえたらなって思うこともあって。もちろん、和樹さんの彼女の座は誰にどんなに頼まれたって渡しませんけど!”って言われました」
結局は盛大なのろけ話になっているが、言っていること自体は間違っていない。たぶん。
妻たちは、まだ彼女という立場でそんな話が当たり前のようにできたゆかりがすごいと思った。
夫たちは、普段の自分の行動を振り返ってそわそわしだした。今日は、もう少し優しくしてみようか、なんて考え始めている。
そうこうしていると、食事を終えた子供たちが両親の元に戻ってきた。
戻ってこなかった子供たちは、ごはんを食べたら眠くなってしまったので、座敷で寝かせているという。
子供たちは、「あのね、けちゃっぷのすぱげてぃーがね」とか「はんばーぐあった!」とか、子供同士で食べた夕飯の美味しさを一生懸命両親に語っている。
ふいに、番組の内容が変わった。
CM明けからRUSHカレーのコーナーが始まるらしい。
さっと店内に戻っていくゆかりと和樹。
ゆかりとマスターと梢、親子3人の連携で次々とカレーが盛り付けられていく。
マスターが中央にごはんを盛り、片方にブルーチーズを混ぜた“俺たちのRUSHカレー”を梢が、もう片方にキムチの汁を混ぜた“ワイルドRUSHカレー”をゆかりが盛る。
そう。公式サイトに載っていたように、あいがけだ。
すると待ちきれない客が、ほぼセルフサービスとバケツリレーの組み合わせでカレーの皿をどんどん各テーブルに運ぶ。
各テーブルに福神漬けを配るのは、和樹と子供たちがしてくれた。
「いや~ん、やっぱり高瀬クンはワイルドダンディーだわぁ」
「あの大っきな手でちっちゃいイチゴを扱ってるところがカワイイわぁ」
「そうそう! 手つきも目つきもとっても優しいの!」
「あら、カレーに合わせるならって福神漬けを作っていくハイチくんだってメンバー思いよぉ!」
「そうそう、そうよね! ねえゆかりさん、この福神漬けも、もしかして……?」
「はい! 八百屋のおかみさんと一緒に作りました。おかみさん、さすがの手際でぐいぐい引っ張ってくれて、とっても助かりました」
「あら、おほほ。ゆかりちゃんがちゃんとレシピ読んで指示してくれたからよ! 実は最近、老眼が始まっちゃってて、ひとりだとレシピ読むの辛かったの」
「あらま。老眼は大変よねぇ」
「そうそう。こうやって、うーんと手を伸ばして文字サイズ最大のスマホを目を細めて見て、『はなせばわかる!』ってやるの」
「あーーっ、それそれ!」
こんな調子で、あっちこっちに話を飛ばしながら盛り上がる店内。
すべての配膳を終えると、マスターに目配せしてからテラス席に戻るゆかりと和樹。
テラス席には、小さ目の画面ふたつ、いずれかに目を向けて番組を見ながら、笑顔で歓談する皆がいた。
ひとつは、環の提案で持ってきたポータブルプレイヤー。
もうひとつは、和樹が使っているカーナビだ。そういえば、あれにもフルセグがついていたなと思い出して持ってきた。
長田と環と子供たちがいる席に戻って席につくゆかりと和樹。
ゆかりの着席時は、当然和樹がエスコートし、椅子を引く。それを微笑ましそうに長田夫妻が見ていた。
「すみません、子供たちの世話をお任せしてしまって」
「いえいえ、真弓ちゃんも進くんも、とてもいい子でしたよ?」
当たり障りなく答える長田に対し、環はにやりとする。
「ふたりからは、お父さんとお母さんがいつもとってもらぶらぶでいちゃいちゃしてるってエピソードをたくさん聞き出しました」
「ふぇっ!?」
「はあ……まあ、間違ってないし訂正する必要もないからいいんじゃないですか。ねっ、ゆかりさん」
にやりとする和樹。
「なんならここで実演……」
「しません!」
真っ赤な顔で即座に言い返すゆかりに、皆がこらえきれずに笑う。
「くっくっくっ。いやー、石川さんがゆかりさんを口説き落とせなくて本気で落ち込んでた時代を知っている自分としては、今も変わらず円満夫婦でいてくれて本当に良かったと思ってますよ」
「ぐっ……長田、お前……!」
「ふふふ、たまには少しくらいいいでしょう?」
「えっ、何それ? 私たち知らない!」
真弓が興味深々で食いつく。
「ふふふ、お話ししてあげたいけれど、また今度にしようか。君のお父さんは、大勢いる所では話されたくなさそうだから」
「本当? 今度お話ししてくれる?」
「ああ」
「じゃあ、はい!」
小指を出してくる真弓と指きりげんまんをする長田。
指きりまでして楽しみにしている娘を前に、長田しゃべるなと圧をかけることは絶対にできない。
和樹は撃沈した。




