446 if~紳士だったはずの狼~
今回もifシリーズ。
後半にちょっとはだいろ系艶話が入るので、苦手な方は自衛してね。
赤ワインをコーラで割ったらキティと呼ばれるカクテルになる。
コーラと割る赤ワインが甘口だと、お酒というよりジュースみたいにごくごく飲めてしまう。
「友人と居酒屋に行った時とかにね、飲みやすいんでつい頼んじゃうんですよね」
そうゆかりが言うと元同僚の彼はどこか含みのある笑顔を向けてくる。
「ふむ、なるほど。僕も君の友人ですから信用して甘く飲みやすいそんなカクテルを頼んだという訳ですね」
「信用してますよ。だって和樹さんは同僚さんだった時も紳士だったし、私にそういう気これっぽっちもないって知ってますから」
たとえ私が貴方を好きだとしても。
続きの言葉はなかったことにして、ゆかりはにっこりと和樹に笑い返した。
本日の二人の待ち合わせ場所はゆかりのマンションの駐車場。
待ち合わせの時間より早目に家の点検をした後で、身嗜みを整えていく。
化粧下地にもなる日焼け止めを塗り、ファンデーションは薄めに、自分は童顔なのでバッチリ決めた化粧は似合わないのだ。
秋桜色のリップを塗り、髪を緩く巻く。
セルリアンブルーのワンピース。それに合わせてブルーのカラータイツを履いた。
真ん中のリボンがワンポイントのコバルトブルーのバッグを合わせる。
こんなに着飾って、何を期待しているの?
いいえ、なにも期待なんてしていないわ。
否定しながらも艶めいた唇は淡く綻んでいた。
元先輩同僚だが恋人でもないゆかりを和樹はいつも迎えに来てくれる。
「和樹さんは喫茶いしかわの同僚さんだった時もそうでしたけど私を甘やかし過ぎじゃありません? ――それとも未来の彼女さんに向けた予行練習だったりして」
「まさか。僕がこうやって迎えに来たり車を出したりするのは相手が君だからだよ」
「ふふっ。またまたぁ、和樹さんったら口が上手いんだから」
モテる人の言葉を真に受けたりはしないとゆかりは意味もなく両手で和樹を扇いで、パタパタと風を送る。
彼の車に揺られて一時間。
紅葉に彩られた風景の中に溶け込んだ趣のある日本家屋が本日の目的地だ。
この店の常連であるという和樹と訪れた料亭は、店構え、客層共に落ち着いた雰囲気の店だった。
風に吹かれて紅葉が散りゆく美しい日本庭園を眺めながら、秋の味覚をふんだんに味わえる懐石料理に舌鼓を打つ。
そんな贅沢な時間を昼間から彼と過ごしている。
最初に開いたメニュー表には時価と書かれていて思わず固まったゆかりは
「大丈夫ですよ。ゆかり先輩。ここは元後輩の僕の顔を立てると思って何も考えずにただ美味しいものを好きなだけ召し上がってください」
和樹の瞳に優しく見つめられて、否定する言葉を飲み込んだ。
「次は私に支払わせてくださいね。絶対ですよ」
「はい。楽しみにしていますね」
和樹とは友人、まあ最近は月三回ほどお互いのタイミングが合えば、こうして食事をしたり隣の県までフラッとドライブしながら美味しいもの巡りをしに行くのでもう親友と呼んでいいのかもしれない。
部屋の前に人の気配がした。一声かけられて和樹が返事をしてから襖が開けられ次の料理が運ばれてくる。
秋の味覚を堪能できる時価の懐石料理は旬の松茸がメインで、上品な味の茶碗蒸しの上に乗せられていたり寿司の具材に炊き込みご飯にお吸い物、半身にされてヒレ肉のステーキと共に鉄板で現れたりと実に豪華な内容の料理だった。
「ふわぁん、美味しいぃ! ……でも次に和樹さんに奢る時、こういう豪華でほっぺたが落ちそうなのは私には到底無理なので……その、釣り合いが取れないというか……」
思わず眉を寄せるとまた和樹はゆかりを安心させるような笑みを浮かべながら、自身の顎を指で支えている。
和樹さんがこのポーズする時って大抵何か企みがある時なんだけど……いったい何を考えているんだろう?
「ゆかりさんとこうして一緒に食事をしているだけで充分幸せです……が」
「ですが?」
「どうしてもとおっしゃるのなら後で一つだけ僕のお願い聞いてくれますか」
「はい! 私にできることなら何でも!」
「そう、何でも……そうですか」
ドン、と自分の胸を叩いて元気よく返事をする彼女に彼はまた何か含みを持った妖しい笑みを浮かべた。
もちろん鈍い彼女は気付いていない。
「あれぇ……ここ、どこ?」
目を開けたら知らない天井だった。
身体もあちこち痛くて、それからあらぬところもズキズキしてとっても変な感じ。
そしてとっても怖いことに隣に人の気配がする。
恐る恐る目を向けると見知った顔があり、なーんだ、和樹さん……ってどうして!?
「う……ん……も…いっ……い」
美形は眠っていてうわ言を言っていてもセクシーだった。
色気たっぷりの艶声を至近距離で聞き、心音が煩いぐらいに高鳴っている。
「に、逃げなきゃ」
なかったことにしないと、そう思うけれど身体が思うように動かない。
あろうことか逃げようと決意する前に寝返りをうった和樹の腕にがっちりホールドされてしまったからだ。
「もう……一回」
和樹の閉じられていた目蓋が開けられ、ゆかりを捕えてまっすぐ射抜いていく。
「な、な、何を……む……」
唇にキスどころかガブっと噛み付かれて、目を白黒させたゆかりはされるがまま口内を熱く滾った和樹の舌に弄ばれていった。
「ど……してぇ?」
「ずっと、喫茶いしかわで君の隣に立った時には君にそんな気でいましたけど」
ようやく離れた唇。舌で自身の唇を舐める彼の仕草は壮絶に色っぽく、見ているだけで頭がクラクラしてしまう。
「ゆかりさん、ずっと食べたくて堪らないものがあるって言ったの覚えてる? そう覚えてないんだ。――じゃあ思い出すまでしようね」
「な、何を!?」
戦慄くゆかりの唇は再び塞がれて今度は天井ではなく、美しく危険に笑う友人だと思っていた男を見上げていた。
◇ ◇ ◇
ああ、酒に酔った彼女はなんて可愛くて愚かなんだろう。まだ昼間だからゆっくり休憩してもブランをそんなに待たせることはないはずだ。
「ね~ぇ~。かずきさぁん。いまからどこいくの?」
「うん。いいところだよ。ヒントはずっと食べたかったものが美味しく食べられる場所」
「そっかあ。かずきさんが食べたいものゆっくり食べられるといいねえ」
それは君次第だよ。ゆかりさん。
紳士的な笑顔を作った狼は可愛い羊をエスコートしながら美味しくいただくため、別の意味では城と呼ばれる場所へと向かっていた。
昼食からラストまで、夕方にもなってないはずなのに……ゆかりさん、記憶飛ばしすぎです。
でもこれでもしゆかりさんがボロボロ泣いたりしたら和樹さんはきっと大慌てしながら
「ああっ泣くほどつらかったのゆかりさん! 謝らないけど罪悪感に押しつぶされそう!」
とか騒いでたんだろうなって気もする(苦笑)




