445 if~もしもブランが人懐こくなかったら~
ご無沙汰しておりました。通信障害や体調不良などが重なりまして、失礼いたしました。
改めまして、投稿再開です。
今回はifシリーズ。
ブランくんが和樹さんとゆかりさん以外に懐かないコだったら……?
4千字オーバーでいつもよりちょっとだけ長めです。途中で和樹さん視点とゆかりさん視点で切り替わります。
和樹の会社には、ある程度以上に出世すると全国各地の支社に挨拶回りに行く習慣がある。
今までは海外出張多めの大型案件を複数抱え続けていたからその仕事から見逃してもらっていたのだが、どうやらそろそろさらに階級が上がる日が近いようで今年は数ヶ所行くように命じられた。
近くなら弾丸日帰り、場所によっては泊まりがけ数ヶ所を回って話をして帰宅することもある。その泊まりになった場合が、最近発生した「とある事情」で厄介なのである。
原因は最近飼い出したブラン。ちょっと落ち着きがなくやんちゃな愛犬だ。さすがに泊まりの出張の時に家に留守番と言うのはかわいそうなのでまずは長田に預けた。帰宅と同時に泣きつかれた。一晩中、僕を探し鳴いて寝かせてもらえず、実家暮らしの長田は家族に迷惑をかけるから預かるのは今後はできれば……と断られてしまった。
そうなると頼るのはペットホテルになるわけだが、そこでは狭いケージの隅っこで小さく丸くなり、預けたペットホテルの人がたいそう慌てたのだがケージに慣れておらずストレスを抱えてるのだと思うので『お預かりするのはかわいそうです。うちではケージに慣れてる子しか……』とやんわり断られた。
別のペットホテルでも同じように断られ、仕方がないので今日は別のペットホテルに預けようとキャリーに入れペットホテルに向かっていたら偶然喫茶いしかわの前を通りかかった。そうか、近くだったのか。
「和樹さん。何してるんですか?」
仕事上がりのゆかりさんに後ろから声をかけられた。
キャリーの中でブランがしっぽを振ってゆかりさんに興味を持っているのが分かる。今までは長田にも、ペットホテルの人にもしっぽなど振ったことはない。不安そうに僕から離れようしなかったブランが……しっぽを振っている!
「あの、ゆかりさん! 折り入ってお願いが……!」
近くの公園で事情を説明するとゆかりさんは快くブランを預かることを引き受けてくれた。
「じゃ、餌はこれをあげればいいんですね。私のごはんが終わってからでいいんですか?」
「僕がごはんを終えたら餌をあげてるんです。僕が食べ終えるまではもらえないと思っているのでそれを崩さないでください」
犬と言うのは先にごはんをもらえると自分のほうが飼い主より順番が上にいると思い込むので絶対にしないでほしいと説明をする。
「で、出掛けたくなったらお散歩に連れて行く。時間はバラバラ……」
「そうです。時間は決めないでください。時間を決めて散歩をすると犬はその時間になると散歩に連れて行ってもらえると覚えてしまうので、バラバラの時間に連れて行くのがベストなんです。コースも作ると覚えてしまうので……毎回違うと助かります」
「犬って賢いですもんね」
賢いのはいいことなのだが、それが厄介なところで犬は自分の中で順番をつける。犬が主導に立つと人間に散歩に連れて行けと鳴いたり餌をくれと鳴くのでそれだけはさせてはいけない。
「実は今夜から外せない仕事がありまして……明後日までお願いできますか?」
「いいですよ。人懐こいみたいだからきっとうまくやっていけると思います」
本当はこれから空港に向かい、四国に行かないといけない。今夜はあちらに泊まり、明日のうちに三県。明後日は一県。大きな支社や重要拠点にあたる場所を訪れて帰って来る予定なのだ。
「じゃ、ブラン。ゆかりさんの言うことをちゃんと聞くんだよ。いいね。それじゃ、ご自宅まで送ります」
「わぁ、ありがとうございます」
ゆかりさんを自宅に送り届けてブランを預けたら僕は仕事に向かった。
◇ ◇ ◇
喫茶いしかわからの帰り道に和樹さんに会った。
最近、犬を拾い飼い始めたらしい。だけど、忙しい仕事が入って仕方なくペットホテルに預けようとしているところに遭遇した。
普段は和樹さん以外の人にしっぽを振らないらしいのだがなぜか私にはしっぽを振るので預かってほしいと言われたので預かることにした。
頼まれたとおりにごはんを食べてからブランくんにごはんをあげる。
私がご飯を食べてても鳴くこともなく、おとなしく待っていた。さすがは和樹さんがしつけているだけある。
聞き分けの良いブランくん、特に問題はなさそうだ。
と、バッグの中身を出して明日の準備をしていたら喫茶いしかわに忘れ物をしていることに気が付いた。ケータイがない。時間は夜九時。
取りにいくついでに散歩に連れて行こうかしら。
今日は涼しかったし……とりあえず、外に出てアスファルトを触ってから考えよう。
犬も猫も裸足で外を歩くのだ。熱かったらやけどをするようなものである。この時期は少しでも気を付けてあげないと、とアスファルトに手を当てる。大丈夫かな。
部屋に戻り預かった荷物の中からリードを取り出すと散歩に連れて行ってもらえると分かったのだろう。ブランくんが近付いてきた。
「はいはい。お散歩に行きましょうね。えーっと、これか」
お散歩セットです、と言ってたバッグの中には数回分のトイレセットやウェットティッシュ。水が入ってる。
ちいさいほうをしたら水で流して、おっきいほうをしたらトイレットペーパーでとって黒いごみ袋に入れればいいらしい。
ブランくんとお散歩に出かける。せっかくだから少し遠回りしよう。
なんか随分しつけられてる。犬のお散歩っていうと犬が先に歩いて飼い主を引っ張るイメージがあるのに、このブランくんは隣を歩いて先に歩くことはしない。
何度か立ち止まって用を足したところでお店に連れて入れないことを思い出した。
自分のペットならまだしも、預かっているペットだ。目を離して外につないでおくなんてできない。
ここはご近所さんに頼ろう。後藤さんのお宅に行きピンポーンとインターホンを押すとさやかちゃんが出て来てくれた。
「はーい。あれ? ゆかりさん、と……。犬? どうしたんですか?」
「それがその……預かっているワンちゃんなんだけど五分だけ面倒見てもらえないかしら……」
「いいですよ。でも、大丈夫ですか?」
ブランくんは私の後ろに隠れてさやかちゃんを警戒している様子だ。何でだろう。あんなに人懐こい子なのに。
「どうしたの? わぁ、犬だ」
パジャマ姿の友喜くんも出てきたけど、ブランくんは警戒したままだ。
「ブランくん、大丈夫だよ。ごめんなさい。お店にケータイ忘れてしまって、それを取ってくる間だけ見ててください。友喜くん、これ持っててくれる?」
「うん」
私がその場を離れると、キャンキャンとブランくんの寂しげな鳴き声がする。
急いでお店の中からケータイを取って戻ると安心してくれた様子でホッとする。
「ゆかりさんには懐いていますね」
足にすりつくブランくん。かわいい。
「大人のほうが好きなのかな? 子どもが苦手とか。でも、ゆかりお姉ちゃん。いつから犬を飼い始めたの?」
「違う違う。和樹さんの犬なの。ちょっと預かってるだけなの」
「和樹さん、犬飼ってたんですか?」
さやかちゃんの驚いた声。そうだよねぇ。あれだけ忙しい人だもん。ペットを飼えるとは思わないよね。
「拾ったって。和樹さん、ほっとけなかったみたい」
言いながら、わたしも昔、それで子猫を拾ったことあったなぁと思い出す。
「ふぅん。そうなんだ。それじゃ、ボク寝るね。おやすみなさい」
「おやすみなさい。時間が遅いのにごめんね。さやかちゃん。助かりました。ありがとう」
私と和樹さんって気持ちが似ているのかな、なんて思いながらいつの帰り道を歩いた。あの時、わたしは子猫を放っておくことができなかった。和樹さんもブランくんを放っておけないから拾ったのかと思うと共通点が見つかったみたいで嬉しかった。
和樹さんが迎えに来たのは翌々日の夜のことだった。
チャイムが鳴り、和樹さんが顔を出したらブランくんは喜ぶと思っていたのに部屋の中で震えている。
和樹さんはブランくんが反応してくれないことがよほどショックだったのか、チラチラとブランくんの様子を伺っている。
「え、えっと……ブランくん、和樹さんがお迎えにきたよ?」
そっと抱き上げてみると「クゥーン」と鳴いている。ジーッと和樹さんを見て、しばらくするとパタパタと尻尾を振りだした。だ、大丈夫かな? 自分の飼い主が迎えにきたと思ってくれたのかもしれない。
「ブラン、おいで」
和樹さんが声をかけると「ワンワン」と元気に和樹さんに移動しようとしている。そっと床に放すと和樹さんに駆け寄って行く姿は少し寂しいものもあるけど、これが正しい。
「お迎えに来たのが分かったみたいですね。和樹さんを見たときに反応しないからちょっと焦っちゃいました」
「僕もですよ。ブランに忘れられたかと思いました。今回は今までより一泊長い日数ブランを預かってもらったので……あ、もしかしたら捨てられたことがあったのかもしれません。それを思い出したのかもしれませんね」
「ワンちゃんは賢いですからね。あっ、ちゃんとごはんは私が食べてからあげましたし、お散歩も毎日コースと時間を変えましたよ。ただ……小さい子が苦手みたいで。私、お店に忘れ物をしたことがあって、さやかちゃんと友喜くんに数分面倒を見てもらったんですけど、悲し気に鳴かれちゃいました」
まるで喜ぶかのように和樹さんがブランくんをなでなでするからブランくんの尻尾がちぎれそうなほど揺れている。
「そう言えば子どもと触れ合わせたことがないかもしれません。預けるのはいつも大人の方ばかりになりますし。しかし、今回は本当に助かりました。ブランがなかなか懐いてくれる人がいなくて……」
「うちでよければ、またいつでも預かりますよ。ブランくん、かわいいですし」
「ありがとうございます。それじゃ何か今度お礼しますね」
和樹さんのことだから少し豪華な賄いでも作ってくれるのだろう。
「楽しみにしてます」
この日以降、和樹さんは何かあるたびにブランくんを私に預けるようになり……。
それが縁で一緒に暮らすことになるのだから、世の中とは分からないものだと思う。
「ゆかりさん、行きますよー」
段ボールを持った和樹さんと部屋を出る。新しい家はもちろんペット可のマンションだ。
今回のタイトル、当初は「和樹さんのワンちゃんを預かることになりました」とかにしようかなと思ったのですがifテーマのわかりやすさを採用することにしました。
これ、ブランくんが実は飼い主の好き好きオーラが見えて恋路を応援してくれるコだったらブランくん視点も面白いかなと思いつつ、うまい着地点が思いつかなくて普通に和樹さんとゆかりさんのお話になりました。
誰か書いてくれないかしら(笑)




