434 リクエストききましょう
まだまだ新婚さんの頃。
最近夕食に揚げ物が少ないねと、別段批難するふうでもない、今日は珍しく定時退社した夫の一言により、それは始まった。
「え、えっとそうですか?」
「ひょっとしてゆかりさん、食欲なかったりする? 大丈夫? 調子よくなかったら念のため病院とか──」
言っている最中に気付いた。僕が彼女を気遣っているのではない、僕が彼女に気遣われていることに。
もじもじ、済んだ食卓を片付ける手を止めて、ややうつむきがちに妻は言った。
「だって……和樹さん、本当に帰ってこられるかどうか、ぎりぎりまでわからないから」
顔を背ける。目をそらす。
「でも、冷めて油っぽくなった揚げ物でも、和樹さんは食べてくれるでしょ?」
──だから、唐揚げやてんぷらは作らないことにしたんです。
そんなことを言う彼女が愛らしくも哀しくて、和樹は手を伸ばし、滑らかな頬の線を指でそっとなぞった。
そんなことを言わせてしまったおのれを心中盛大に放送禁止用語レベルで罵りながら。
「ゆかりさん、僕、明日も絶対早いうちに帰ってくるから──かき揚げが食べたい、です」
「……はい」
「かまぼこのせん切り入れたやつ」
と注文まで付ける。
「はい!」
妻はこらえきれないようにふふ、と笑う。
「どしたの」
「いえね、今のもそうだけど、最近の和樹さんは『疲れた』とか『眠い』とか弱音吐いてくれるでしょ? 満身創痍になっても『いやぁちょっと派手に転んでしまって』なんて下手な言い訳しようとする昔の和樹さんよりずっと安心できます」
だからね、とゆかりは言う。
「お仕事の愚痴は機密だから零せないとしても、今の私は私として役に立てるかなって思うんです。ねえ、リクエストあったらなんだって作っちゃいますから! 甘えられる限り甘えて? 石川家の娘はこう見えて頑丈なんですよ!」
ああ、抱きしめる以外の何をすればいい。
翌日、彼女は夕方のまだ明るいうちに、彼の脱いだスーツにファブリーズをかけた。
更に翌日。
「ゆうべ嫁さんがかき揚げ作ってくれたんだよなーかまぼこ入りのやつ」
とか全力で惚気るのを聞いて独身の石川班全員(女性含ム)が嫉妬のあまり仕事を放棄をしかけたとかなんとか。
和樹さんの自慢は今後さらにエスカレートするでしょうね(遠い目)




