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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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432 シロップよりもなお甘く

 今度は娘ちゃん視点で。

「ねえ、どうしてお父さんとお母さんは結婚したの?」

「あらそういうことが気になるお年頃になったのかな」

 お母さんはタレ目がちの瞳を夢見るように輝かせてほわりと笑った。


 リビングに甘いホットココアが二つ。

 女ふたりソファーに座って隣同士ふうふうとココアを冷ましながら始めた両親の馴れ初めの話。


「そうねぇ。お母さんはお父さんと約束したの。疲れてホッと息を緩めたいときは会いに来てって。美味しいコーヒーご馳走しますからって」

「今飲んでるのはココアなのに?」

「ふふ。コーヒーだったらタイムリーだったのにね」

 そう語るお母さんの顔は桜色。

 お父さんと話してる時の普段の頬の色だ。


 しかしなあ、と私はつい目を細めた。

 父にこの話を聞いた時は、お母さんと会えない期間も相思相愛で一緒に協力プレイしていたゲームの中でお母さんにプレゼントしたりされてたりしてみたいだけど。

 もっとも鉄平さんや聡美さんや遥さん、飛鳥おねえちゃんに聞いた話はまた別の二人の恋物語。


 どうやらどちらかが嘘をついているのかもしれない。

 特にお母さんが絡むとお父さんは平気な顔で嘘をつくからなぁ。


「それからね……」

 お母さんの話すお父さんとの思い出は飲んでるホットココアより甘い。超激甘。

 それでもそんな両親を尊敬し愛してる娘の私は相槌を打ちながら、夜釣りに行っている父と弟不在の夜を母と過ごすのだった。



 ◇ ◇ ◇



 からっと晴れたとある初夏の日の午後3時。

 私は皿の上に乗せられ、これでもかとメープルシロップがたっぷりかけられたフレンチトーストをナイフとフォークを使って、お上品に食べていた。


 リビングからはキッチンがよく見える。

 キッチンには午後のおやつを作ってくれた人とそれをお手伝いしていた人が立っている。

 二人は至近距離で仲良く話をしながら、一人はおやつ作りに使用したフライパンやボウルを洗っていて、もう一人はそれを拭く係。


 距離近いなあ、と思う。

 もう少し離れていても普通に受け取れる距離なのに、肩と肩がくっつくぐらい近くてやりにくくないのだろうか。

 それにしっかり目撃していたけれど、拭く係は最初の洗い物が渡されるまで、洗っている人の髪に触れたり腰を触ったりやりたい放題だった。


 もっとも、されている方の相手も表情は見えないものの嫌がっていないらしい。

 その証拠に、洗いながら相手の方へ身体を傾けたり、いったん手を止めてから水の音。

 タオルで手を乾かしてから相手の頬に指をつんつん。


 そして皿を洗い拭き終えた後には完全に二人の世界ができあがっている。

「本当にもう、あなたったら」

「だって洗ってる時の顔も可愛いかったからつい」


 紹介しよう。イチャイチャしてる二人はわたしの両親である。

 わたしは生温い眼差しで二人を見ていたが、さすがにもう慣れっこで、この程度ならばどうってことはない。


 ただリビングに娘がいることを完全に忘れて頬にキス。

 された母も背伸びして父の頬にちゅっとお返し。うん、ここまでは許容範囲。


「ゆかりさん」

「和樹さん」

 父にキッチン壁ドン顎クイされた母の瞳は少女漫画のように煌めいていて、頬は林檎のように紅い。

「和樹さん。ここ台所なのに……」

 父を咎めるような母の言葉だけど、両手はもう父の背中に回り始めていたから全く説得力がない。


 ひえっ。いきなり乙女ゲームみたいなイベントが始まって全然許容範囲じゃなくなってきた。

 私は食べかけのフレンチトーストの皿をトレーに乗せて、その場からそそくさと立ち去ることにする。

 向かう先は自室。


 部屋に入ると先客がいた。

 我が家の一員である愛犬のブランがフローリングの床上に丸まって眠っている。

 初夏とはいえ暑いのに、日の当たる場所で大丈夫なのかしら。


 あと一時間いや二時間くらいしたらリビングに戻っても大丈夫かな。

 勉強机に座り、フレンチトーストを食べる。美味しいけれど私には少し甘すぎた。

 かけられたメープルシロップも、キッチンで見つめあう二人の甘い空気も交わす言葉も行動も、何もかも!



 両親は年齢よりも若く見えるしどちらも童顔で、初対面の人は父の年齢を聞くと必ず驚いていた。

 鉄平さんや長田さんによれば、父の外見は目尻の皺が少し増えたくらいであんまり変わってないらしい。

 あと雰囲気が結婚前より随分やわらかくなったとか。


 母のことも聡美さん、遥さん、飛鳥おねえちゃんに聞いたら

「結婚してから幸せオーラが出て、余計に可愛く少し大人っぽくなったかもね、でもあんまり変わってないよ」

 とのこと。


 若く見える両親だけれど母は三十代で父はもう四十代になる。

 どうなんだろう。

 部屋の窓を開けて網戸にすると涼しい風が入ってきて気持ちいい。


 私は風を感じながら、またお姉ちゃんになる覚悟を決めていた方がいいのかなあとぼんやり思っていた。


 そうか。石川家の日常は、スチルの豊富な乙女ゲームなのか……(遠い目)


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― 新着の感想 ―
[一言] ケンカしてるより、はるかにマシですけどね。 仲良し夫婦はいいことですけどね。 思春期乙女の前でそれは、やめてくれ〜、ですよね
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