431 ご機嫌な朝ごはん
息子くん視点のおはなし。
ただし最後にちょろっと書いたおまけはゆかりさん視点です。
今日はお休みの日。
今朝はお母さんはキッチンにいなかった。その代わりにお父さんがコンロの前に立ち朝ごはんを作っている。
口笛を吹いていてお父さんは超ご機嫌みたい。
「お父さん。お母さんは?」
「昨日お父さんと夜遅くまでお話ししてたからまだ眠いみたいなんだ。ゆっくり寝かせてあげようね」
「うん」
お母さんのお茶碗はお膳に乗せてあるから、お父さんがいつものお休みの日にする時みたいに持っていくのかな。
「ねえ、お父さんはぼくの名前好き?」
「どうしてそんなことを聞くんだ。由来? そうか」
宿題でと理由を言うとお父さんは自分の顎に手をかけて頷いた。
「好きか嫌いかで言ったら好きだよ。進には、自分の信じた道を進む強さを持ってほしいと思ってる」
ふーん、と僕はよく分からないまま返事をした。
お父さんはまた口笛を再開して皆の朝食を作っている。
◇ ◇ ◇
ある休日の朝、お父さんはまた口笛を吹いて朝食を作っていた。
お母さんはまたお寝坊さん。大人の話ってそんなに時間がかかるのかな? フライパンがお父さんの手でくるりと踊り、お姉ちゃんが昨日の夜リクエストしていたパンケーキが宙返りしてフライパンに戻っていく。
「ねえ、お父さん」
うん? とお父さんは白い皿に焼きたてのを一枚乗せた後、振り返って僕を見た。
「どうしてお父さんとお母さんは結婚したの?」
「また学校の宿題?」
「ううん。ただ気になっただけ」
ほう、と口元に手を当てたお父さんは僕に背を向けて、フライパンに新しい生地を入れていく。
生地の焼ける匂いがふんわりキッチンに広がって甘くていい匂い。
「会うつもりはなかったんだ」
ひとり言みたいにお父さんが言う。
「だけどお節介な人たちにゆかりさん、お母さんが誰かをずっと待ってますよ、と背中を押されて会いにいった」
「うん」
「僕の、お父さんの顔を見てお母さんが嬉しそうな顔をしてそれから泣くもんだから……手を離せなくなったんだ」
「そうなんだ」
嬉しいのに泣くだなんてお母さんって変なの。
◇ ◇ ◇
曇り空で少しひんやりした空気のとある秋の休日。
ぼくら姉弟はテレビのある部屋でゲームをしていた。
まだ始めたばかりのゲームは主人公の家の近くをぐるぐる回ってて、レベルもゆっくりとしか上がらず、お金もまだあんまり持ってない。
二人でだらだら話してプレイしながらぼくはずっと不思議に思っていたことをお姉ちゃんに質問することにした。
「ねえ、お姉ちゃん」
「何だね、弟よ」
勇者から質問された画面の中の王さまみたいな話し方でお姉ちゃんが横目でぼくを見た。
「大人の話ってそんなに疲れる話なのかな?」
「……またお父さんがそう言ってたの?」
むむむ、と眉を寄せて唇を尖らせたお姉ちゃんはそうしているとお母さんそっくり。
「弟よ」
「うん」
「君は少し前に『ぼく、弟か妹がほしい!』ってお父さんに言ったらしいな」
「うん」
「お母さんには大人の話のこと聞いたら絶対にダメだ。聞いたらお父さんとケンカになるからね」
「どうしても?」
どうしても、とお姉ちゃんが僕の目を見て首を縦に振った。
「それからこの話はあんまりしない方がいい。忘れることだ。でないとこの話は後々君の黒歴史になる」
「くろれきし?」
お姉ちゃんは難しい言葉をよく使うけれど、僕には意味が分からない。
「今日も朝ごはんの時お母さんいなかったでしょう。でお父さんがウキウキで朝ごはん作ってた」
「うん」
お姉ちゃんが今画面の中で戦っている敵はレアキャラで強いやつ。
レア敵のHPは300で勇者はまだ30。
あっという間に負けてしまい画面は真っ黒。
それから次にテレビに映っているのは自宅のベットで眠っている勇者の姿。
「眠ってからしっかり食べて体力回復しないとね。お父さんが作ってたのお母さんが好きなおかずばっかりだったでしょ」
「うん」
休日のお母さんはお寝坊さんだから朝ごはんはいつもお父さんが持っていって奥の部屋で食べてるんだ。
「進。今からお姉ちゃんとお昼ごはん一緒に作ってみようか」
「えっ、いいの?」
「まだ大人がいないところで火を使うのは危ないから、この前お父さんと一緒に作ったハムサンドを作って二人を驚かせようよ。ポテトサラダもたっぷり残ってたはずだから、それを間にはさんだ特製のハムサンドにしよう!」
にっこり笑ったお姉ちゃんがゲームをセーブして片付けていく。
ぼくもジュースが入ってたコップをおぼんに乗せてお手伝いする。
お姉ちゃんに続いてキッチンへ向かうぼくの頭にはもう今から作る特製ハムサンドのことしか浮かんでいなかった。
◇ ◇ ◇
(おまけ)
「大丈夫?」
昔からよく知っている優しい手のひらが私の頬を撫でる。
「うん。だけどまだ眠くて……」
屈んで私を見る人の頬に手を伸ばして私もまたゆっくりと撫でた。
出会った時よりもずっとずっと甘く糖分を増した眼差しに見つめられて、それだけで全身が燃えるように熱を帯びてくる。
初めて会った時、まだただの常連客だった時には、いや仮初めの同僚になってからも、彼をこんなに好きになるなんて、自分の命より大切な子供たちを授かるなんて思いもしなかったのにね。
彼の瞳に頬を赤く染めた女の顔が映っている。
好き。大好き。ずっと和樹さんあなただけ。
だからあなたも、今だけでいいから私のことだけ見ていて。
好きなんかじゃ全然足りない、と思う夫の妻への執着の心を知らず、吐息のような妻の声はやがて近付いた夫の唇へと飲み込まれていった。
なんかもう、遠い目をして「仲が良くてなによりですね」としか言えないシチュエーション(苦笑)
真弓ちゃんは進くんの発言以降、朝ごはんを作るお父さんの姿を見る機会が増えたので、詳細は分からないまでも「(子供が)触れてはいけない何かが起きている」ということくらいは察しております。




