42-2 RUSHカレーをつくろう(中編)
帰宅後、和樹は洗濯機を回して風呂に入り、ゆかりは弁当箱などの洗い物を片付けながら夕ごはんの仕上げをする。
今日はキャベツをたっぷり添えたアジのフライと南蛮漬けだ。
汁物は、少し迷ったがトマトとキノコがたっぷり入った酸辣湯を用意した。
ほどよい酸味が食欲を後押しする。
とはいえ子供たちのことも考えて、酸辣湯の唐辛子は控えめに、ラー油は各自でというスタイルにしている。
魚屋さんイチオシのアジは身がふっくらしてて大ぶりだった。特にアジフライはいつもよりボリューミーなのが見た目でわかり、子供たちのテンションも上がっていた。
食器の後片付けは名乗りでてくれた子供たちに任せ、ゆかりは例のサイトを検索する。
「えーっと、RUSHカレーのレシピは……っと」
番組公式サイトを開いて和樹とふたりで覗き込む。
「ふむふむ。“カレールーレシピ!”と“カレーライスレシピ!”に分かれてるみたいですね。あ、“福神漬けレシピ!”もあるみたいですよ?」
「そうですね。カレールーが6~8人前、カレーライスが3~4人前かぁ。ということは、単純計算で、カレールーは10倍、カレーライスは20倍にしたらいいのかしら。うう、量、多いなぁ」
「学校給食みたいな大鍋で作ることになりそうですね」
「ええ、本当に。大鍋は……昔マスターが買ってきたものの大鍋を使うメニューがなくて、バックヤードの奥にしまいこんでいたような気が……明日確認しますね」
改めて、ざっと材料と手順を確認する。
カレールーの前段階であるカレー粉の材料として、ターメリック、クミン、コリアンダー、トウガラシ、カルダモン、クローブ、シナモン、ブラックペッパー、ナツメグ、陳皮、フェンネル、フェネグリーク、ディル、ガーリック、ジンジャー。
ずらりと書かれたスパイスの種類の多さに思わずうっ……という反応をしてしまう。
「これ、スーパーのスパイス棚で全部揃うのかしら?」
「それもですが、これ全部、粉になったものを売ってましたっけ? もしかしてスパイスミルが必要になるのでは?」
「そうですね。あ、最後は冷蔵庫で冷やすって書いてある。やっぱりこれ、少なく見積っても福神漬け作りの日、カレールー作りの日、カレー作って食べる日の3日間は必要ですよ」
「そのようですね。スパイスは明日まとめて買いに行くんですか?」
「そのつもりです。近くのスーパーで全部揃うかわかりませんから」
「では、もし揃わなかったらご連絡を。職場近くのデパートか郊外のスーパーを回って揃えてきますから」
「はいっ、了解しました!」
ビシッと敬礼でにこやかに答えるゆかりに、思わず表情がゆるむ和樹。
「カレーのお値段は、スパイスが揃ってからじゃないと決められませんね。後は明日、お店でマスターと相談します」
「はい。手伝えることは手伝いますから、遠慮なくおねだりしてくださいね」
「ふふふ、はい。準備はちょっと大変そうですけど、楽しみです」
ひょこりと廊下からのぞく小さな頭がふたつ。いとおしい子供たちだ。
「私たち、そろそろ寝るね。お父さん、お母さん、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい。お手伝いありがとね。とっても助かったわ」
家族みんなで、笑顔で挨拶を交わす。
それから、ふたりでソファーに座って、たっぷりミルクを入れたカフェオレを飲みながらぽつりぽつりと言葉を交わす。
今日のこと、子供たちのこと、いろいろなことを。
時折ゆかりがもたれかかって甘えてくれるのが、和樹はたまらなく嬉しく、幸せな時間だった。
小一時間もすると、和樹から情感たっぷりに声をかける。
「僕らもそろそろ寝ましょう。ね、ゆかり」
「は、はい……あの、お手柔らかにお願いしますね」
いまだに呼び捨てにされると変な反応を返してしまう。
和樹がゆかりを呼び捨てにするのは、夜伽の時だけ。
肌を合わせ、少し息を乱しながら、何かを堪えつつも我慢しきれなくなったように、余裕がなくなったように、色気と艶をたっぷりと含ませて、たった一言。
「……っ……ゆかりっ……」
以前、それとなく聞いてみたら、ダイレクトな答えが返ってきた。
呼び捨てにしたら、ゆかりさんが欲しくてたまらないのが我慢できなくなるから、と。言葉をあまり崩さないのもそのせいだという。
恥ずかしくも嬉しく、きゅんときてしまったのは和樹には秘密にしている。
そしてそのときから、呼び捨ての「ゆかり」は夜のお誘いに使われるようになったのだ。
◇ ◇ ◇
翌日、じゅうぶんなパワーチャージでご機嫌な和樹のお誘いで、子供たちを連れて和樹の職場近くのデパートへ行き、足りなかったスパイスを買い揃え、そのまま外食で一家団欒した。
さらに次の日。原価計算その他を終え、カレーの値段や詳細を記したイベント告知ポスターを店に貼り出した。
当日は、店内とテラス席を合わせて30名、カレーのテイクアウトが30名分を想定している。
カレールウだけならもう少し作れるので、そちらはそちらで当日注文できなかった人から別途オーダーを受ける予定だ。
そうして予約を受け付け始めたところ、予想を覆して真っ先にテラス席が埋まった。
長田から話を聞き付けた和樹の会社の面々が、我先にと参加を希望したためだ。テラス席は和樹の職場懇親会の様相を見せ始めた。テラス席用に、もう少し注文できるカレーの数を増やしたほうが良さそうだ。
和樹は、家族の許可をもらっていることを確認し、また家族を連れてくる場合は子供の年齢を伝えるように言い含めた。
子供にはカレーが辛すぎるかもしれない。赤ちゃんもいるかもしれない。
その場合は、それに合わせたメニューを用意するから、と。
妻や子供へのケアのあまりのきめ細かさに、「石川さんを見事にコントロールし、嫁や子供のことまでしっかり考えて対応してくれる奥様、もしやとんでもない菩薩様なのでは?」という説が流れたという。
◇ ◇ ◇
イベント開催三日前。
閉店後、ゆかりは八百屋の奥様と共同で、辛味大根を使った福神漬けを作った。
カレーは10倍を想定しているからと量を増やしたが、気付けばラーメン用のどんぶりに、こんもり三杯分くらいできあがってしまった。ちょっと作りすぎたかもしれませんねと苦笑いしながら、複数のタッパーに詰め込んで、イベントまで店内でお預りする。
半日寝かせて出来上がりということで、翌日の昼食を喫茶いしかわでとりつつ福神漬けを試食した八百屋の奥様は、そのお味にご満悦だった。
「この福神漬け、たまに作って売ってみようかしら。おほほほ」
と、ご機嫌で帰宅していった。
なか一日あけて、いよいよカレールウ作りだ!




