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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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426 if~プランBを決行せよ!~

 毎度おなじみifシリーズです。

 ゆかりと和樹は仲がいい。

 仲がいいと言ってもいわゆる男女のいい仲ではないのだが、とにかく二人の距離は近かった。

 喫茶いしかわに和樹が客として訪れた時になどゆかりはパアッと輝くような笑顔で出迎えていたし、彼もその顔を見て頬を紅潮させ唇を緩ませている。

 看板娘から向かってカウンターの右角が彼の特等席。

 粋なマスターの計らいで普段からその席には予約席のプレートが置かれていた。

 看板娘がその席の前で立ち止まりプレートを何度も見つめている姿を常連客は微笑ましい顔で見守り「早く待ち人が来るといいねえ」と声を掛けては彼女を慌てさせていた。


 その席の隅に置かれた花瓶を飾るのは白い薔薇。

 閉店間際に飛び込んできた時に看板娘に渡された花束の一部で、残りの花は彼女の自宅に飾られている。

 もちろんその花を贈ったのは和樹でゆかりも礼を言いながら頬を染めて受け取っていた。


 後日、喫茶いしかわに顔を出した聡美と鉄平は二人揃ってカウンター席に座ると薔薇の送り主をゆかりから聞いて、目を丸くして花をまじまじと見つめている。

 聡美は自分のことのように喜び、鉄平はやわらかくもどこか呆れた目付きで白薔薇を見て、やれやれと首を横に振っていた。


「わあっ、綺麗! でも本当にお二人ともお付き合いしていないんですか?」

「意外だな。俺の考えだとゆかりさんもうとっくの昔に左手の薬指に指輪してるはずなんだが」

「付き合ってないよ。鉄平くんたらそんな……この花は偶々花屋さんを通った時に綺麗だったからって理由で贈ってくれただけでそんなんじゃないんだから」

 そう言いながらカウンター内でお冷やを注いでいた看板娘の顔はポッと赤く色づき、自然と視線を予約プレートの方角へと合わせている。


「やだ! お水溢しちゃった!」

「ああ、ゆかりさん。布巾はさっきカウンターに置かれてたからこっちにありますよ」

「あーあ。ゆかりさん。動揺して手を滑らせちゃってるし」

 早く二人とも素直になり腹を割って話せば良いのに。そう思う鉄平だが、あいにく和樹とは最近顔を合わせることもない。

 それに彼に余計な口を叩いてやぶ蛇になるのは御免だ。

 鉄平は、カウンターから立ち上がってゆかりを手伝っている恋人の横顔を目を細めて見つめていた。


 このように、彼らと共通の親しい人物達などから交際してしまえばいいのにお互い他にいい人いたりしないんでしょ、などと進言されたりもしている二人だが、どちらも頑として首を振らないでいる。

 もっとも相手を異性として見れないとか居心地のいい友人関係を壊したくないとかそんなシリアスな理由ではない。

 ただ両者ともお互いに告白されるのを待っているだけだ。

 要するに両片思い状態で相手が一歩自分に踏み込んできてくれないだろうかと淡い期待を抱いて、喫茶いしかわに行ったり待っていたりしていた。


 ◇ ◇ ◇


 花束を贈ってくれた時にどさくさに紛れて「嬉しい。和樹さん大好き!」ぐらい言っても良かった気がする。彼の忙しさの割に自分ひとりが勤務している時間帯の喫茶いしかわへの出没頻度を考えれば、ある程度の好意は寄せられているのではないかと都合よく推測しているのだけれど。


 肌に薄くファンデーションをパタパタ。日焼け止めを重ねて肌に広げて塗り、和樹がもっとも良い評価を口にした淡い桜色のリップを唇に飾り、睫毛をビューラーでくるっとあげて武装を完了する。

 今年の流行色であるレモンイエローのシャツに純白のギャザースカートを履き、スタンドミラーの前でくるりと回ってにっこり笑う。


 デートでもないのに気合い十分で、そんな自分がなんだか気恥ずかしい。

 携帯のコールが一回鳴ってからすぐに消える。

 確認すると和樹の名前で鼓動が跳ねた。

 間髪を入れずにチャイムの音が鳴り、ドアスコープを覗くと待ち焦がれた彼の姿。


「こんにちは。和樹さん」

「こんにちは。ゆかりさん」

 普通に話してても艶のある声で優しく名前を呼ばれて、またドクン、と慌ただしく動き出す心臓の音。

 ふにゃっと笑うゆかりの顔を可愛過ぎるだろと思わず自身の口元を手で押さえた和樹だが鈍いゆかりは気付いていない。

 そんな無防備な笑顔を会うたびに見せられれば、まあ自分に少なからず好意を持っているだろう、と和樹は都合よく解釈していた。


「上がってお茶飲んで行きますか?」

「はい。お邪魔します」

 お互いを愛しく好ましく思っているし距離も一般的な友人らしいものよりかなり近い彼らだが、この日予約していた海沿いの雰囲気と味の良いシーサイドカフェに行っても何ら進展はないままゆかりは自宅に送り届けられている。

 レモンイエローと純白の下に隠れていた桜色のひらひらが彼の目に触れることもなかったし、彼の愛車の後部座席に一月以上前から密かに置かれていたお泊まりセットも紐解かれることはなく眠ったままだった。


 ◇ ◇ ◇


 一週間後の夜、二人は急転直下あまーい声でお互いを「ゆかり♡」「和樹さん♡」と呼び合っていた。

 場所は本日の逸品である新鮮で美味いつまみと日本酒の品揃えが自慢の居酒屋。

 二人でよく利用している居酒屋は客席にタッチパネルが設置してあり、注文しない限り店員が現れることもない。


 恋人のように甘い声で呼び合っているが別に二人は告白をしあって結ばれた訳でもなく、とある事情から芝居を打っているのだった。

「っ!」

「しぃーっ。だって恋人同士なら手ぐらい繋ぐでしょう」

 テーブルの上に置いていたゆかりの小さな手は和樹のがっしりとして骨張った手にすっぽりと包まれて見えなくなっている。


 手を握った方の反対側の指でゆかりの唇にちょこんと触れた和樹の顔はゆかりからは心底楽しんでるように見えていた。

「そう、だけど和樹さんの手、熱くて大きくて男の人の手って感じ、します」

「っ!」

 ぽぉーっと潤んだゆかりの瞳に上目遣いで見られて、心臓が撃ち抜かれた彼は抱きしめたくなる衝動を自身の唇の端を噛むことで耐えている。


 この恋人ごっこのお芝居の始まりは二人が居酒屋の席に着席してから五分も経たないうちからだ。

「和樹さん。あなた狙われてますよ」

 いつになくキリッとしたゆかりの一言が原因だった。


「狙われてるって、ゆかりさん。この居酒屋には盗聴機もありませんし、まさか犯罪組織の息が……うん、そういうことではなくて、隣のテーブルの女性たちが僕をそういう目で見てる、とそういうことですか」

「そう! 女の勘でこうビリビリっと感じるんです!」

 反対側の席から顔を寄せてひそひそと話すゆかりの唇は桜色で艶々している。


 今この場でその可愛らしい唇を自身の口で塞いだら彼女はどんな反応をするだろう、そう思いながら近くのテーブル席に軽く視線を送れば確かに熱視線を感じた。面倒臭い。

 自分は目の前のこの女性にだけそういう目で是非見られたいと思っていたからだ。


「という訳でプランBですよ。B」

「はてプランB。初めて聞いた気がしますが」

「ふふん。さっき考えた作戦です!」

「ほう。ふむ。なるほど。なんちゃって恋人プランですか。ゆかりさんが考えたにしては実にいい作戦です」

 バカにしてます? と頬を膨らませた彼女に和樹は執着心を隠してきれいに笑い、その作戦に乗った。

 そして彼女と思う存分イチャついてるという訳だ。


「か、かずきさん。もう隣のテーブル人いないし、手、離して……」

「イヤだ。ほら、和樹って呼んで」

「うう、……かずき、さん♡」

「はい。ゆかり♡」

 ハートが飛び散るような甘いあまーい声で呼ばれて呼び合っている二人を見せつけられる前から隣の和樹を狙っていた肉食女子たちは見切りをつけてさっさとテーブルを後にしている。


 そんなこんなで食事も飲みもそこそこに、無事にプランBは成功した。

 ついでに後部座席に仕舞われていた物がようやく紐解かれることになり、彼女の隠されていた桜色も陽の目を見ることになるのだが、それはまた別の話だった。


 PCの調子が悪いせいかなかなか更新ができず……遅くなってすみません。


 気付けば「相手に告らせる」という目的がどっかに行ってるんですが……まあ、いいか。


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