42-1 RUSHカレーをつくろう(前編)
おそらく皆さまご存知の、あの番組から着想を得て書いてみました。
ちなみにパロディ番組名は『異世界温泉であったかどんぶりごはん』( https://ncode.syosetu.com/n3335ep/ )2巻が昨日発売になった渡里あずまさんからご提案いただきました。
ありがとうございます。
いつもの隣町チームと、草野球の試合が終わってのお弁当タイム。
今日は、おにぎり三昧だ。
中身は、定番から変わり種までいろいろ。
梅干し、おかか、鮭と胡麻、わかめとじゃこ、生姜焼き、ミートボール、アスパラベーコン、なすの味噌煮、椎茸のしぐれ煮、味付け卵、エトセトラ、エトセトラ。
おにぎり以外にも、中華アレンジのトマトと卵の炒め物、チンジャオロースなどもある。
用意するのはちょっと大変だったが、和樹の活躍やみんなの笑顔を見られたことを考えると、十分に報われているとゆかりは思う。
「いや~、今回も大活躍だったね和樹くん」
「ありがとうございます」
上腕をパンパンと叩きながら蕎麦屋のおじさんが言う。
「サラリーマンなのに、いい身体してるよな。もしかしてかなり鍛えてる?」
「ええまあ。それなりには」
「えっ? あんなに腹筋割れてるのに、それなりなんですか?」
ゆかりは、思わず聞いてしまった。
「お、ゆかりちゃん。和樹くんの腹筋、そんなにすごいのかい?」
「ええ。あのー、ほら、あれ……しっくすぱっく、ってやつがくっきりと」
「しっくすぱっく」
「はい。鉛筆とか挟めそうなくらい、キレッキレです」
「そりゃすげえな」
町内会のおじさまたちが感心する。
「和樹さんの腹筋って、ちぎりパンみたいなんですよ」
「ちぎりパン?」
「そう、ちぎりパン。盛り上がってるところと、くっきり線が入ってるところがあるじゃないですか。あ、でも赤ちゃんの腕や足のほうがちぎりパンっぽいなあ。ふわふわしてるから。和樹さん筋肉すごいから、どこもかしこもカチカチに硬いですもんね」
「へー。カチカチに硬いんだ」
うふふと笑いながらそう言えば、おざなりな相槌が返ってくる。
「はい、とっても硬いです。だから和樹さんの腹筋は、ちぎりパンよりもカレールウっぽいかも!」
うんうん、うまい表現が見つかったと満足げに頷くゆかりの言葉が爆笑を誘う。
「カ、カレールウ! うはははっ! そりゃいい!」
「いひひっ、ゆかりちゃんらしい答えじゃねえか!」
ひーひー笑いながら、床屋のおじさんが声をかけてくる。
「で、でも、和樹さん、なんでそんなになるほど鍛えてるんだ?」
「そういえば、私も聞いたことなかったですね」
ゆかりがくるりと和樹に向き合い、わくわくと見つめる。
和樹は破顔して言ってのける。
「大切な家族を自分の手で守りたい……のはもちろんですが、最大の理由は、ゆかりさんの料理を心行くまで味わうためです!」
きっぱりはっきり言ってのけた和樹の言葉に思考停止すること三秒。
「……え?」
「だから、ゆかりさんの料理を味わうためですよ」
「えーと、なんでそうなるの?」
「もし僕が鍛えるのをやめて、例えばビール腹になってしまったら、どうですか?」
「うーん、想像もつきませんけど……家で出すメニューをもっとヘルシーなものにするとか、量を調整するとか考えると思います」
「でしょう? 僕のためを考えて作ってくれるのは嬉しいですけれど、ゆかりさんに我慢を強いるのは嫌です。好きなものを作って、美味しい美味しいって食べてるゆかりさんが大好きなので、その笑顔を僕が曇らせるわけにはいきません」
「そ、そうですか」
「はい、そうなんです。これからも僕の胃袋はゆかりさんのものです」
「えーと、ありがとうございます……?」
もう勝手にしろ。
そんなセリフも言えずにちょっとずれた夫婦ののろけ話を聞いていたチームのおじさんたちは、砂糖を噛む……ではなくバケツに入ったみたらしのタレを一気飲みしている気分だった。
その外側からマダムたちが声をかける。
「カレールウといえば、ゆかりちゃんは『剛腕RUSH』ってテレビ番組見てる?」
「あ、はい。時々ですけれど。無人島でサバイバルして持ち帰った食材でごはんを作ったり、廃村や農家さんがいなくなった農地を開拓したりしてる番組ですよね?」
「そうそう。その番組で、番組オリジナルカレーの開発をしてたんだけど、前回とうとう完成してね、“皆でRUSHカレーを作って番組の次回放送時に一緒に食べよう”って企画になってるのよ」
「へえ。そうなんですね」
のほほんと受け答えするゆかりに、マダムたちの情熱のこもった瞳が注がれる。
「ゆかりちゃん、作ってくれない?」
「え?」
「だからぁ、RUSHカレー。作ってみてくれない? レシピは番組ホームページに公開されてるし、作り方の動画もアップロードされてるのよ」
「それでね、喫茶いしかわで、みんなで剛腕RUSHの放送を見てわいわいしながら、一緒にカレー食べたいなーって。ダメかしら?」
「うーん。ダメってわけじゃないんですけど……」
ゆかりは、顎に手を当ててムムム……と考える。
「それ、材料たくさん必要で、作るのもすごく時間かかりますよね?」
「そ、そうかもしれないわね」
「となると、喫茶いしかわは臨時休業にしないと作れないんじゃないかと」
「えーっ、そうなの?」
「はい、レシピを見てないので推測ですが、おそらく。他のメニューを提供する余裕もなさそうですし」
「あららら」
「それに、うちの店はそこまで広々してるわけじゃないので、一緒に番組を見ながらだと、予約制になっちゃうと思うんです。だから、喫茶店営業としてではなく、地域のイベントとして実施して、参加者で経費を折半してお支払いしてもらって……という形になると思います。いずれにせよお店の営業をどうするか、という話になるので、マスターの許可がおりないと実施できませんけれど」
「呼んだかい?」
マスターがお手洗いから戻ってきた。事の次第を話すとあっさり許可を出す。
「ふうん、いいよ。じゃあ放送日は臨時休業だね。お店で食べる参加者さんのリストを作らないといけないかな。ああ、テレビも店に出さないと。和樹くん、セッティング手伝ってもらってもいいかな?」
「もちろんです、お任せください」
にこやかに請け負う和樹さん。
たまたま今回助っ人として呼ばれた長田さんからも声がかかる。
「あ、あの! 奥様! 私も参加してもよろしいでしょうか? もちろん皆様のお邪魔はしません。テラス席をお借りできれば! ……実はカレーには目がないんです」
「もちろんです!」
気恥ずかしそうにそう告げる長田に、二つ返事で即座に了承すると、和樹から待ったがかかる。
「その前に、まずは奥さんの了承をちゃんといただいてからだろう。どうせ来るならお前ひとりじゃなく、夫婦で来たらいい。……悪阻で食事が作れないからお前だけ外食してきてほしい、とでも言われているなら話は別だが」
「いえ、妊娠はしていないはずなので……お気遣いありがとうございます。妻に相談して、明日お返事します」
「はい、お待ちしています」
はあ……とため息をつく若奥様たち。
「RUSHカレーは食べたいけれど、まだ子供が小さいから、もっと早い時間にお夕飯になっちゃうのよねえ。参加できなくて残念だわ」
「うちもだわ。ゆかりちゃん、テイクアウトをお願いできないかしら。もちろんお代は同じだけ払うから。ねっ」
「わかりました。今ここにいらっしゃる皆さんの分はテイクアウトできるように作りましょう」
「ありがとう!」
「どういう形なら実施できるか、もう少し考えさせてください。二、三日あれば詳細も決まりますし。決まったら、お値段や人数書いた告知ポスターをお店に貼りますね」
「おう!」
「楽しみねぇ。皆でイケメン鑑賞しながらイケメンと同じもの食べられるなんて」
あ、そっちなんだ。ゆかりは顔に出さないようにしながら苦笑する。
「あ、ねえねえ、ゆかりさんはどのメンバーがタイプなの?」
「別に、タイプとかはないですよ。皆さんそれぞれ素敵だとは思いますが」
「えー?」
「それに、ご本人たちがワイルドなので、イケメンというよりは男前とかダンディっていうほうがしっくりきます」
「ああ、それはわかる」
「でしょう?」
くすくす笑いながら答えるゆかりを背後から抱きしめる腕。
「僕も、ワイルドを目指したほうがゆかりさん好みになれますか?」
「もう、またそんなこと言って。拗ねないでください。私の特別な男性は和樹さんだけです。まだ信じてもらえてないんですか?」
くるりと振り向いて、少し困ったように笑ってから和樹の頭を撫でるゆかり。その手を取って自分の頬に当てたかと思うと、流れるように手の甲に口づけをおくり口元に笑みを湛え熱いまなざしでゆかりを見つめる和樹に、周囲のマダムから悲鳴が上がった。




