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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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417 おそろい一等賞

 真弓ちゃん三歳くらいのお話。

 三日間ろくに寝ずにやった仕事が今日の朝ようやく終わって、家に帰ったのは昼の十一時前だった。


『お鍋に胃に優しいたまご粥があります。

 今日喫茶いしかわは早番なので14時までです。

 そのあと子供たちとお買い物してから帰ります。

 ゆっくり寝ていてください!』


 という置手紙が見つかったので、お言葉に甘えてそうすることにした。


 ようやく休みだ。間に合った。

 明日の土曜日。子供たちの運動会。


 ちなみに去年は仕事で行けなかった。


 そして……やっと寝れる……。




「どーーーーーーーん!」

「ぐぇっ!?」

 寝ている上に誰かが飛び乗った。


 かわいいかわいい娘が僕のお腹の上にいた。

 時計を見たらもう十七時で、約六時間弱も寝れたみたいだ。


「おとーさん! おきてー!」

「真弓ちゃーん? お父さん起こしちゃだめよ? あ! もう! お父さんとっても疲れてるから起こしちゃダメ!」

「いいよ、そろそろ起きなくちゃいけないなって思ってたし。そうだ真弓、いっしにお風呂入ろうか」

「うん!」

 僕は娘との二人きりのお風呂を楽しみ、その後は息子とのお風呂を楽しんだ。


 大好きな奥さんがいて、可愛い可愛い子供たちがいて、子供と一緒にお風呂に入る……数年前には考えられなかった状況だ。



「おとうさん、あしたのうんどうかい、くる?」

「行くよ。お父さんたちが出るかけっこにも出るよ」

「おべんと、いっしょにたべようね!」

 そう言うとにっこり笑う。この子たちのために命をかけて働いているのだ。

 とても誇らしく思える。



 お風呂を出て、ご飯を食べてのんびり過ごしていた。


 ピリリリピリリリピリリリ


 表示を見ると『長田』とあった。

 洗い物をしていたゆかりにアイコンタクトをしてベランダに出て通話ボタンを押した。



「長田か。なんだ」

『石川さん……申し訳ないんですが、例の取引先から明日の面会と石川さんの出席を指定されてしまいまして……』

「明日!? 来週にしない? 明日土曜だし」

 曜日なんか関係ないが一応言ってみる。


『すみません……上からの指示です……』

「明日仏滅だし僕は縁起悪い気がするぞ?」

『上からの指示です……』

 上からの指示=何があっても逆らうな、っていう意味だ。思わず小さく溜め息を吐いてしまう。


「なぁ長田。午後は帰れるか?」

『いや、後処理含めると三日ほどかかる泊まり仕事になる可能性は高いかと……』

「だよなぁぁ……僕さ、明日運動会なんだよ……」

『知ってますよ……自分も今度の日曜日は甥っ子を夢の国に連れて行く約束を……』


 はぁぁ……

 二人して大きな大きな溜め息を吐く。


「わかった。場所は前回と同じだよな? 了解」

『自分たちは泊まってそのまま行くので、直接来ていただければ……』

「了解」


 家の中に入る。

「和樹さん? どうしました?」

 ゆかりが心配している様子で聞いてくる。


「明日仕事になった……ごめん……また何日か帰ってこれなくなりそう」

「残念ですね……じゃあスーツ用意しますね」


 テレビに夢中になっている愛娘に抱きつく。

「真弓……明日仕事になっちゃった。ごめん……」

「いや!」

「ごめんね」

「いや! うそつき!」

 こら! なんてこと言うの! とゆかりが軽く叱る。


 それでひとしきり泣いた後、どうしても行かなければいけないことを悟ったのか、しゃくりあげながら、

「おべんとはいっしょにたべられる?」

 とか

「おべんとおわってからみにくる?」

 とか、母親に似た大きい目に涙をいっっぱい溜めながら聞いてきた。

 けれど「ごめんね」と言うしかなかった。


「お母さんは行くよ? ばあばもじいじも来るよ? お弁当一緒に食べるんでしょ?」

「おとーさんともたべるんだもん……」

 たくさん泣いて、まだ十九時だというのに泣き疲れて僕の腕の中で寝てしまった。




 和樹は真弓をベッドにそっと寝かせ、少し頭を撫でて部屋を出る。

 ゆかりは明日のお弁当の下準備に取り掛かっていた。

 思わずダイニングテーブルに突っ伏す和樹。


「はぁぁぁ……ごめんね、ゆかりさん」

「謝らないで。お仕事なんだから仕方ないでしょ? 動画撮って送るからね」

「でも、真弓泣くぞ。駄々こねるよ」

「大丈夫。ちゃんと言って聞かせるから」

 ほらほら明日早いなら歯磨きして寝てくださ〜いと背中を押される。




 現在土曜の午前四時半。

 これからお弁当を作る。


 もともとは五時半に起きて作る予定だったが、和樹さんは六時半に家を出るらしいので早めにお弁当と朝ごはんを作るのだ。


 ぺたっ、ぺたっ。

「おかぁさ〜ん」

「どうしたの? 起きちゃった?」

「のどかわいたの……」

 お水を渡すとコクッコクッと飲んだ。

 お弁当を作っている様子を興味深そうに見ている。


「真弓ちゃんもお手伝いする?」

「するー!」

「じゃあエプロンつけて、手を洗って」

「はーい!」



「おはようゆかりさん」

「あ、和樹さんおはよう。ご飯できてるよ」

「ありがとう。いただきます」


 ふとソファを見ると毛布を掛けられ、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている娘の姿。

「喉が渇いて起きちゃったんだって」

「なるほど」


 音を立てないように気をつけながら食べて準備をする。


 笑顔のゆかりが

「はい、お弁当」といつもの包みを渡してくれた。


 結婚する前は朝や昼は栄養ゼリーか栄養ドリンク、もしくは食べないのがほとんどで、同棲を始めてすぐの頃も作ってもらう時間がもったいないと言って遠慮していた。

 それでもゆかりは朝ごはんの大切さを説き、どんなに朝が早くても栄養満点の朝ごはんを作ってくれて、お弁当を持たせてくれる。

 まったく、できた妻で僕には過ぎた妻だ。


 いつも通り、元気で帰宅できるおまじないと称する妻の唇に僕の唇を合わせてから行ってきます。と家を出た。

 さあ、娘の笑顔のために頑張りますか。




 取引先との面会を終えて社に戻ったらお昼を回っていた。

 もらったお弁当を開く。

 小さい手紙が入っていた。


『和樹さん、お疲れさまです。いつもはボリューム重視で作っていましたが、運動会気分を少しでも味わってもらえるように、おかずの種類を一緒にしました。足りなかったら何か買ってください。真弓は卵焼きの卵を混ぜてくれて、おにぎりを作ってくれました』


 お弁当を開けると、おにぎり、卵焼き、たこさんウインナー、ミートボール、ゆで卵などが入っていて、可愛く配置されていた。

 おにぎりは二つ。一つはいつも通り綺麗に形を整えられていて、もう一つは不恰好なおにぎり。一口食べるごとにポロポロとご飯粒が落ちる。


 送ってくれた娘の動画を見ながら、不恰好だけどとても美味しいおにぎりを頬張る。

 あんな小さい手だけどおにぎりが作れるのか。

 卵も混ぜられるのか。

 少し涙が出た。




 夕陽が少し色づいてきた頃。


「石川さん! 受付に奥様とお子様たちがいらしてます」

 内線を取った長田が伝えてくれたので急いでロビーに向かう。


「おとーさーん!」

 体操服姿の娘が走って突進してくる。

 あとから進を抱いたゆかりも小走りでくる。

「ごめんなさい、迷惑だと思ったんですけど、言っても聞かなくて……」

「大丈夫だよ。そろそろ休憩しようと思ってたところだったし」


「おとうさん! 見て! 一等賞!」

 抱き上げた娘の首に下げられていたのは折り紙で作られた金メダル。

「すごいな〜〜今もすごい速かったもんな〜」

「はい。あげる」

 娘の手によって、その金メダルが僕の首にかけられる。


「いいの? くれるの?」

「うん! おとうさんお仕事頑張ってるから、おとうさんも一等賞なの!」

 なんだこれは。かわいすぎてどうしよう。

「ありがとう。元気でたよ。がんばるね」


「おとーさん! バイバーイ!」

「和樹さん無理せず頑張ってくださいね」

 二人は仲良く手を繋ぎながら帰っていった。



 石川さんが満面の笑みで帰ってきた。

 何かいいことがあったのか、嬉しさが顔ににじみ出ている…


「さあ、仕事するぞー!」

「石川さん、首にかかってるの何ですか?」

「フッ。金メダルだ。娘曰く、僕は一等賞らしい」

「へぇ」

 あ、どうりで嬉しそうなわけだ。


 その日ミスしても和樹に怒られる部下は誰もいなかった。

 真弓ちゃんが混ぜるお手伝いした卵はゆかりさんが仕上げてます。

 おにぎりは、お椀にラップしてごはんをよそって真ん中に種を取った梅干しを埋めて、ラップを茶巾絞りでくるくるするやり方で形にしてます。

 そうでもしないとサイズがピンポン玉になってしまいますから。


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