414-3 昔の魔王様はヤバかった(後編)
父さんは貼り付けた笑顔に静かなひやりとする声を発する。
「お客様がた……は、学生でしょうか?」
「え? まあ……一応」
「……そうですか。でも、それっておかしいですよね?」
え?
「今日は平日ですよ。それなのになぜ学生さんが昼間から喫茶店に?」
え……元の世界で休日だったらこっちでも休日じゃないの!?
盲点だった! 完全にやらかした!
やばい! 俺言い訳なんて考えてない! つーか父さん(仮)に対して嘘なんてつけない!
「え、えーと……」
父さんは笑顔で俺の返事を待っている。
顔…こええぇぇえっ!
「開校記念日で休みなんですよ~!」
突如聞こえた明るい声。
真弓がこちらも笑顔(ただしやや引き攣っている)で父さんに言う。
父さんはまだ納得していないようだったが、これ以上の反論材料もないようなので
「そうでしたか。それは失礼しました」
と頭を下げ身を翻した。
「……姉さ~~~んっ!」
「私に感謝してよ?」
「うん! なんでも奢ったげる!」
「……言ったわね?」
……あ、言うんじゃなかった。
女はこういう約束は恐いくらいに忘れないからな……。
「でもこれで完全に警戒されたねパパに」
「えー……でも俺ら学生じゃん」
「パパが油断すると思う?」
「ごめん、俺が間違ってた」
父さんが相手が学生だからといって警戒を緩めるとは思えない。
長田さんや乾のおじさん、鉄平おじさんから聞いた、過去の「それはそれは凄かった和樹伝説」のあれこれを思い出す。思わず「それ話盛ってない?」と聞きたくなるような数々のエピソードを。
特に鉄平おじさんは自分が痛い目にあった覚えもあるらしく、苦い顔をしていた。
改めて……やべぇな、父さん……。
「そんなことより和風たまごサンド食べよーよ」
「お、おう……そうだな」
和風たまごサンドを一口食べる。
「「……っ!」」
っうん…父さんが仕事が休みの日に作ってくれる和風たまごサンドの味だ。
時代が変わっても和風たまごサンドの味は変わらないな。
「美味しい……」
「そだな……」
真弓も美味しい美味しいと微笑む。
そういえば……最近は和風たまごサンド食べてなかったな。父さんの仕事が忙しかったのもあるけど、俺たちが昔より家にいる時間が少なくなったからだろう。家族の時間はやっぱり大切なのだ。
「お待たせいたしました」
母さんが持ってきたナポリタン。こちらも家でよく見るのとそっくり。つーかまんまだ。
「ナポリタンでございます」
「……ありがとうございます」
微笑んだら、母さんが頬をポッと染めた。
え?
「……あの?」
「……あっ……すみません……なんでもないんですけど……あのっ」
母さんがチラチラと俺を見る。
俺というか……俺たち?
どうしたのだろうと思ったが、母さんが急に顔を寄せてきた。
「……あの」
「は、はい?」
すぐ近くから香ってくる母さんの匂い。
今の母さんにもそっくりな匂いだけど……昔の母さんの匂いは少し違う。
なんか……甘い匂い?
「えと……答えたくなければ、言わなくても全然いいんですけど……」
「はあ……」
言っている意味が分からずとりあえず返事をすると、母さんが更に顔を寄せてきた。
「ちょ」
「もしかして……和樹さんのご親戚のかたたちですか?」
「え」
母さんって……天然なのにたまに鋭い。
まさかバレてしまうとは……いやでも、顔の造形は俺も真弓も父さん寄りなんだし、注視してれば分かるか……?
「顔が凄く似てらしたので……もしやと」
ん~……でもこれ……言わない方がいいよな?
父さんに更に疑われたくないし。
「……いえ、違いますけど」
「そうですか……」
母さんはシュン……と眉を八の字に下げて背中を小さくした。なんか……子犬をいじめてるみたいな罪悪感が……。
「和樹さんは私が一緒に働いてる同僚さんなんですけど……今まで一度もご家族の話を聞いたことがなかったので……もしかして独りなんじゃないかと心配で……って、すみません! お客様にこんな話……っ」
「いえ……大丈夫です」
そう俺は言うものの、実際は全然大丈夫じゃない。
父さんがコッチ睨んでる! すっげー睨んでるうううううううう!
俺が微笑んで母さんが頬を染めたから!?
それとも、顔を寄せてきたから!?
母さんの匂いを嗅いでしまったから!?
母さんが俺たちとコソコソ話したから!?
あ! それよりももっと前か!? 母さんがナポリタン持ってきたからか!? 本当は自分が持っていきたかったのか!? 男のいる席に母さんを行かせたくなかったからか! めんどくせえええええよ父さん!
ちょっかい出すなってか!? 母さんに喋りかけるのすらダメなのか!? 母さんのボディーガード気取りで客にプレッシャーかけるより仕事しろよ父さん!
「……ゆかりさん」
あああああ! 父さんがこっち来たあああああああああ!
「なんですか和樹さん?」
「……あんまり心配させないでください」
「へ?」
分かってなくて首傾げる母さん。
俺を睨む父さん。
母さん……! 分かったげて! お願い! 父さん今好意を口にした! 俺でも分かる!
「いえ……あ、そうだゆかりさん。帰りは送りますよ」
「え! ええぇぇ炎上!」
「いいじゃないですか。ついでにドライブでもしませんか? 明日お休みでしょう?」
「和樹さんは休みじゃないでしょ! それに炎上案件です! ダメったらダメー!」
母さんが両手を交差してバツを作る。
母さん……!(二回目)
父さん今デートに誘ってる! ドライブデート! 父さんは割と勇気振り絞ったと思う! それを簡単に振らないで!
「……じゃあ、どうやったらゆかりさんは僕とデートしてくれるんです?」
「もうっ和樹さん! そのセリフは炎上します! それにデートとは好き同士の男女がすることです! 和樹さんと私は好き同士じゃないからデートはしません!」
あ゛……っ。
今……この空間の空気がピシッと固まった。
それに気付かない母さんはもはや奇跡。でも気付いたげて母さん!
父さんさらっと「デート」強調してたし! つーかどんな誘い文句でも母さんが靡かないから強行してきたし! それを母さんサラッと振るし! それも父さんのハートに刃をぶっ刺してぐりぐりしたし!
とりあえず父さんがこえええええええ!
姉さんもダラダラと冷や汗を流していた。思わず視線で会話する。
(これ……ヤバいんじゃない?)
(うん……間違いなくヤバい)
「………ゆかりさん」
「なんです──」
するり、と母さんの顎に指をかける。
そのまま母さんの耳元で呟く父さん。
「次に断ったら、今この場で熱いキスをします」
「「んぐっ」」
おっといけない……危うくナポリタンを吹いてしまうところだった。
てか公共の場で何言ってんだ父さん!?
「ゆかりさん」
「ひゃい!」
「僕との“デート”、行ってくれますよね?」
「ひゃひ……」
母さんは涙目でガタブルと震えている。
父さんは天使の笑顔で母さんの肩を抱く。まるで抱き締めているみたいだ。
天使の笑顔……でも実際は悪魔の微笑み。
「良かった。これからもたくさんお出掛けしましょうね? もちろん二人だけで……ね♡」
……今分かった気がする。
父さんが母さんを仕留められた理由が……。
父さん……超こえええぇっ!
カラン。
代金を支払い、喫茶いしかわを出るともう夕日が沈もうとしていた。
喫茶いしかわを出る前、父さんに「次ゆかりさんに微笑んでみろ。俺が〇ス!」という気迫だか覇気だか魔王オーラだかを当てられた。
いや、別にいいじゃん、微笑むくらい。というか母さんを護り隊やべぇな……今でもヤバいけど。
「お母さんがお父さんと結婚した理由、ものすごく納得できたわ」
真弓が頭を抱えながら呟く。
うん、俺もそー思う。
「すべては仕組まれていた……と誰かが言っても納得できる……」
「……そうね、さすがはお父さん。全力で引くけど」
あぁ……俺も姉さんの顔もなんだかやつれたな。
「「とりあえず(お)父さんはヤバい…」」
その後、無事元の世界に戻れた俺たち。
デートから帰ってきた両親を見て、自然と溜息が零れた。二人は
「ん? なに?」
「どーした?」
と首を傾げていたけれど……。
二人は結ばれるべくして結ばれたのだろうか。それとも……母さんには他の相手がいて……父さんがそれを無理やり引きちぎったのだろうか。
うわ…なんかそっちの方がしっくりくるな。
「今日の夕飯は和樹さん特製の和風たまごサンドと私特製のナポリタンよー!」
「久々だなぁ和風たまごサンド作るの」
「美味しいの期待してますね、旦那サマ♡」
「任せてよ、奥さん♡」
とりあえず……今日の両親もとても仲が良い。うん。
タイトル、「昔の魔王様は“今よりもずっと”ヤバかった」が正しいかもしれない(苦笑)
フリガナ振ったカズソック、実は最初セ○ムを思い付いたのですが、発音的にア○ソックを採用してもじりました。ゆかりさん限定のガーディアンだし。
それにしても、和樹伝説ってなんだろね。カズソックの容赦のなさとかもちょっとくらい伝説の仲間入りしてそうな気がします。
この、ある意味「距離の詰め方を間違えた」和樹さん、ここから苦労しそうですよね。
絶対ゆかりさんに距離取られるし。怯えたり構えたりする態度を見せたらマスター&喫茶いしかわ常連軍という鉄壁ガードが発動するし。
店員として行けば必ずマスターが割り込むし、客として行けばゆかりさんは「そろそろ休憩入りますねー」ってさっさと引っ込むし。
きっとダメージ受けまくってげっそりして、「ごめんなさい。避けるのだけは勘弁してください……」みたいな展開になるんじゃないかと。
で、「実は仕事にも悪影響が出始めておりまして……何卒ご容赦願えないでしょうか」って深々と頭を下げるのは長田さん、というオチがつく(苦笑)
さてこのお話、パラレルなのか夢オチなのか、この世界ならではのSFなのか……。
どれを採用していただいても結構ですよ(笑)
仮に本当に過去に飛んでたとしても、未来の子供たちの記憶は二人からは消えてるみたいですしね。ふふふ。




