414-2 昔の魔王様はヤバかった(中編)
「……という話になって」
翌朝。父さんも母さんも外出した土曜日。
昨日の出来事を姉さんに話す。
ちなみに外出理由は父さんの仕事が休みで母さんとデートに出かけているから。昨夜、デートの誘いにOKをもらってから父さんの表情はでろでろに弛みきっていたし、今朝は甲斐甲斐しく母さんの準備の世話をしていた。ほんとに、いくつになっても仲のいい両親だ。
「ふーん」
真弓はというと、無関心そうにスマホをいじっている。
「興味ないのかよ……」
「だって結果なんて分かってたことじゃん。お父さんがお母さんを好きになったのなんて。絶~~っ対、お父さんが最初に決まってんじゃん!」
ふむ……なるほど。確かにそうだ。
父さんは母さんにデレデレで……昨日だって一緒に風呂に入ろうとしてた。父さんと母さん二人きりならともかく母娘水入らずという流れだったから止めたけど。
「お母さんの方が全然気付かなくて、お父さんの猛アタックの末に結婚できたんだよ、きっと。じゃなきゃ鈍感なお母さんがお父さんの好意に気付くハズないもん」
うん……姉さん、なかなか酷いな。
でもそこはなるほどと納得しておく。
「……つーか姉さん。紀香さんと約束してたんじゃないのか?」
だからまた明日って言ったんだろ?
「ん? んー……そうなんだけど……」
途端、真弓は顔を顰める。
「なにかあった?」
心配になって聞くと、姉さんは「実は……」とボソボソと話し始めた。
「喧嘩しちゃって……メールで」
喧嘩? 紀香さんと? 珍しいこともあるもんだ。
「何が原因なんだ?」
気になって聞くと、何故か俺を睨んできた。 え? なぜに?
「進のことで喧嘩になったの!」
「え? 俺?」
俺なにかしましたっけ?
「まったくもーっ! 信じらんない! 紀香も進も…どっちもどっちで……はあっ」
真弓は顔を顰めたまま黙ってしまった。
あぁ……これは喋ってくれないパターンだ。
でも、昨日の時点では普通だったんだよなぁ。昨夜のメールで何があった……何を喋った……しかも俺のことで。
やだ……なんか恐い!
「もーっ! 部屋戻る!」
姉さんは頬をパンパンに膨らませながらリビングを出ていく。
「っちょ、待てよ! せめて理由を教えろ!」
「鈍感すぎる進とグイグイいかない紀香が悪い!」
うん、だからその理由を!
俺は真弓の腕を掴み──勢い余って転んだ。
「うわっ」
「きゃっ」
両者とも転び──床に転倒する──……
──……が、衝撃は来ず。
恐る恐る目を開けると、そこは“外”で。
すぐ横を車が通り、人が歩き、道路があった。
「……え?」
自分から間抜けな声が漏れたが許して欲しい。
だって、この状況……。
「なにこれ……」
真弓も混乱している。
「夢……?」
なんとなく、自分の頬を抓ってみる。……いひゃい。
……と、いうことは?
「……なんか、別世界に来たっぽい?」
「……まだ受け止めらんないけど……そうみたい……だね」
なんで俺たちがトリップした……!?
なぜかトリップしてしまったらしい俺たちはとりあえず街を歩いてみることにした。
そして分かったことがある。
この街は二十年ほど前の世界であるということだ。
つまり、真弓が生まれるよりも前。
まだ母さんと父さんが結婚していなかった時だ。
この時期なら、母さんはまだ喫茶いしかわでガンガン働いていた。父さんも喫茶いしかわで同僚の立場だった頃だろう。
まあ、つまり……だ。
「喫茶いしかわに行ってみよう!」
「ちょっと待ってなんで進はそんな楽観的なの?」
え? なんでって……決まってるだろう?
「トリップなんてもうこの先一生できない経験だし、それも母さんと父さんが出会った時代だろ? なら喫茶いしかわに行くに決まってんだろ!」
俺が高らかに言うと真弓はなぜかしら額に手を当て「やれやれ」と溜息を吐いた。
え?
「……進、お金あるの?」
「後でコンビニ行こうと思ってたからちょっとはある」
「じゃあ進の奢りならいいよ。私もお父さんの和風たまごサンドとかお母さんのナポリタンとか食べたいし」
真弓はニヤリと笑った。
「そんなに食べると太る……」
「は?」
「ナンデモナイデス……」
喫茶いしかわの入口前に着いた。
「おぉ……ここが約二十年前の喫茶いしかわ……」
「外装は今と変わってないね」
「うん。塗装がちょっと新しいくらいかな」
ここに父さんと母さんが……ワクワクドキドキ……ドアを開けるとカラン……とベルが鳴った。
「「いらっしゃいませ」」
二つの声が聞こえた。その声は間違いなく両親の声。目の前には今より少し若い母さんの姿と……
……父さん変わってなくない!?
うそだろ……母さんも童顔だけど父さんヤバいな! え!? 父さんこの頃から変わってないの!?
「あの……お客様?」
母さんに顔を伺われてハッとする。
親にお客様と言われるのはなんかちょっと可笑しいな。
「……なんでもないです」
いかんいかん。自分も客の振りをせねば。
「二名様でよろしいですか?」
「はい」
「ではご案内いたします」
真弓と密やかにアイコンタクトを交わす。
(ちょっと! お母さんにもしバレたらどうすんの!? さっきの態度は明らかにおかしいでしょ!)
(ごめん……いきなりすぎて……でもさすがにバレないでしょ……)
(ったく…しっかりしてよね!)
そんな会話を交わし、席につく。
そのタイミングでコトリと置かれる水。
「ご注文が決まりましたら店員をお呼びください」
父さん……。
なんだろ……「喫茶いしかわの店員」な父さんはいつにも増して物腰柔らかというか……胡散臭いな。
あ……姉さんも同じこと思ってるな。
「あ、えーと……ナポリタンと……和風たまごサンドひとつ……」
「ナポリタン一つと和風たまごサンド一つですね? 以上でよろしいでしょうか?」
「はい……」
頷くと、父さんは笑顔で頭を下げメモも取らずキッチンにいる母さんの元へ歩いていく。
「……なんか、お父さんが全力で胡散臭い」
「俺も同じこと思った……」
ヒソヒソと顔を寄せて話す。
父さんは母さんに注文を伝えて……会話は聞こえないが何かをからかったのか、母さんに怒られていた。それを笑顔で躱す父さん。
父さん……。(二回目)
「……でも仲は良いみたいだね」
「そりゃそうだろ……だって母さんと“そういう関係”になって結婚したんだから」
まあ……紆余曲折あって長田さんの気苦労がすごかったみたいだけど。
「そうか……ここからでろ甘いちゃラブ夫婦ができあがっていったのか……」
「菩薩顔しないでよ……」
母さんたちを見ると、母さんはナポリタン、父さんは和風たまごサンドを作っていた。
客は俺たちだけ。他にはいない。
会話は聞こえないけど……あ、また母さんをからかってる。懲りないな、父さん。
と、父さんがトレイの上に和風たまごサンドを乗せ、こちらに来た。どうやら父さんの方が先にできたらしい。
「お待たせいたしました、和風たまごサンドでございます。ナポリタンは少々お待ちください」
またニコニコと……でも何故か、その笑顔は怖く感じた。
……あ、これ……あれだ。
噴火直前の火山だ……!
でもなんで!?




