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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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413 特別なスタンプカード

 ゆかりさんと和樹さんが気安い同僚だった頃のお話。

 老舗の高級和菓子に購入数に制限がかかるほど人気があるケーキ、値が張る有名ブランドのアイスクリームなど他にも上げていったらキリがないくらいのお詫びの品の数々にゆかりは参ってしまった。


 これらはすべて同僚である和樹から石川ゆかりへの個人的な贈り物であり「ゆかりさんには急な早退のお願いだったり僕のせいでシフト変更していただいたり、大変お世話になっていますから」とすまなさそうな顔で渡された貢ぎ物である。


 最初のうちは

「わあ、これ限定で諦めてたんです。和樹さん、ありがとうございます。皆で休憩の時に食べましょうね」

 と笑顔でお礼を言って、その日のうちに食べきれなさそうな分は、マスターとあるいは常連客の誰かと分け合ったりしていた。


 そんなやりとりが二桁を超えた辺りで、さすがにゆかりも眉をひそめた。

「見返りが大きすぎます! もう結構ですから、無理しないでください」

 と差し出された品物をやんわり押し返すと、返ってきたのは沈黙と悲しげな同僚の顔で――結局、受け取ってしまい、ゆかりの腹の中に消えることとなってしまうのだ。


 お返しをしなければと何度も思っていたけれど、消えものに消えものを返しても意味がない気がする。

 それに今朝、着替えた時に、購入したときは少しゆとりがあったはずのお気に入りのスカートのウエストがきつくなっていたのだ。


 差し入れはとても美味しかった。

 美味しかったけれど、特に砂糖と生クリームをふんだんに使う洋菓子は総じてカロリーが高い。

 油分も糖分もしっかりゆかりの身についてしまい体重計に恐る恐る乗り――ガックリと項垂れる。


 一番はダイエットのこと、その次に和樹に何を返そうかと考え込みながらゆかりは自宅で財布の整理をしていた。

 溜まっていたレシートを取り出し、行かなくなった店のスタンプカードを取捨して、捨てる分の個人情報が書かれている箇所に鋏を入れシュレッダーにかける。


 これまでに何度か休憩時間に問いかけてみたことはあるのだ。

「何か欲しい物はありませんか?」

 けれど返事はいつも

「ゆかりさんへのお礼なんですから、お返しを頂くわけにはいきませんよ」

 とにこやかな笑顔で窘められて強制終了となってしまう。


「……物がダメなら何かしてあげるのはどうかしら」

 整理しながらふと思い付いたことがある。

 スタンプカードを見て、これを作ってみようかと材料を買いに行くことにした。


 台紙は厚紙を使うことにして購入するのは二種類のスタンプだ。

 押すのは猫の可愛い肉球のスタンプと、同じように可愛らしい犬の肉球スタンプ。

 シフト表を見ると明日は和樹も出勤してくる予定だった。

「よし!」

 ゆかりはどこか浮き立つ気持ちで玄関の扉へと手をかけた。




 そして翌日。

 看板娘お手製のスタンプカードを見せられて和樹は目を丸くした。


「今からお詫びの品を渡されるたびにスタンプを押すことにしました! この肉球が十個貯まったら、なんでも言うことを聞きますよ」

「……なんでも、ですか?」

「はい!」

「なんて迂闊な……」

 はああーと目の前の同僚に重い溜め息を吐かれて、首を捻るゆかり。


「本当になんでも、ですか」

「ええ、なんでも……あ、でも、あの、大金とかはさすがに無理ですよ?」

「僕のこといったい何だと思ってるんです?」

「いつでも頼れるけど拒否できない急な呼び出しからの早退やドタキャンが多い人?」

 その節はすみません! と頭を下げられて「やめてください!」と慌てる彼女。


「十個貯まったら……覚悟しといてくださいね」

 今まで聞いたことのない低く艶やかな声に、わたし早まったかも……と冷や汗をかく看板娘だった。


 迂闊全開なゆかりさん。


 でも実際の和樹さんは

「この後のご予定は? ふむ。では、これからごはん食べに行きませんか?」

 カードをひらひらさせながらお誘いするくらいしか使えませんでした。


 はい、ゆかりさんには意図の伝わらない「デートしましょう!」です。


 理由は、ゆかりさんが笑顔全開で

「スタンプカード、何枚か作ってありますからね」

 と和樹さんに言ってあったせい。


「なら積極的に貢いでスタンプをバンバン貯めて、確実にデートを重ねて男女の距離を縮めてから……」

 とか考えちゃったんですねぇ。

 ゆかりさんにそんなの通用するわけないのに。


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