406 罰ゲームは甘く甘く
これは新婚さんの頃。
昨日から気温がぐっと下がってきたので身体の芯から温まる料理にしよう。
残ったら次の日にも温めて美味しく食べられる野菜もお肉もたっぷり入れた栄養豊富なシチューはどうだろう。
でもグラタンも捨てがたい。完成直後のグツグツ音を立てているホワイトソースの上には焼き目の付いたとろけたチーズ。海老と玉ねぎ、それからセロリとジャガイモも入れたマカロニグラタンは彼からのリクエストも多いメニューのひとつだ。
それとも〆にうどんを入れるか雑炊にしても美味しく楽しめる海鮮鍋がいいだろうか。
仕事終わりに寄った商店街で購入した野菜等の食材を調理台に並べた彼女は本日の夕飯を決めかねていた。
仕事終わりに寄った八百屋で店主にお薦めされた白いカブを真剣な表情で見つめる。
瑞々しい葉が付きズッシリとした重さのカブは本日の夕飯にと思い付いた料理に使える優れものだ。
ムムと眉を寄せた新妻は身に付けているエプロンの右ポケットを探る。
取り出されたのは交際を始めてすぐ夫からプレゼントされた彼女のスマートフォンだ。
誰かに相談するのかもしくは別の用事か、新婚ほやほやの彼女はスマートフォンを操作しながら口元を緩めていた。
連絡先の一覧から表示したのは夫のそれ。
夫には、特別な用事でもない限り呼び出し音を鳴らす時間はコール十回以内。仕事が忙しそうな夫を思いゆかり自身で決めたルールだ。
しかし当の夫は妻の声が聞きたいという理由だけでちょくちょく電話してくるので、そんなルールはいらないのかもしれない。
「もしもし、和樹さん。今、話しても大丈夫?」
「ああ、平気だよ。ちょうど今、君の声が聞きたいなと思ってたところ」
夫の甘い言葉に頬を色付かせた妻は意味もなく携帯を持っていない方の手でエプロンの紐をほどいてしまう。
「私も和樹さんの声、聞いたら安心するし聞けたらいいなと思ってたの」
素直に告げると指でくるくるとエプロンの紐を回していく。
「あのね。和樹さん」
「うん?」
両者とも最初の通話時よりもとろりと甘い声音に変化している。さすがは新婚さんと言うべきか。
「今夜の夕飯の材料はカブとセロリです。さて夕飯なーんだ?」
「情報が少なすぎるな」
「あらあら推理力抜群の和樹さんにしては珍しいですね」
「はは。推理は本業ではないからね。ふむ……」
しばらく沈黙していた夫だが「カブのシチューかグラタン」と妻の考えていた料理を二つとも見事に言い当ててみせた。
「残念っ! 今日の夕飯はカブとセロリの海鮮鍋でしたー」
フフフっと軽やかな笑い声を立てた妻だが夕飯のメニューを決めたのは夫の言葉を聞いた後だったので、後出しジャンケンもいいところだ。
「夕飯を当てられなかった和樹さんには罰ゲームとして――」
妻ひとりだけがいるキッチン。誰が聞いている訳でもないのに声をひそめた彼女は自分で紡いだ言葉に照れていた。
夫が帰宅する予定時刻まで、およそ一時間。
彼から言われた覚悟しておいて、がまだ耳の奥に残っている。
「和樹さんには罰ゲームとしてチュー電とぎゅー電をリクエストします。お帰りなさいのチュウはいつもよりいっぱいしてもらいますし、それからギューッとハグしてほしいの。ひとりでいたら寂しくなっちゃって、今のわたしには和樹さんがう~~んと不足してるんですよ」
そんな罰ゲームとも呼べない新妻のおねだりは夫に火をつけてしまったらしい。
鍋の材料を用意しながら鼻歌を歌うゆかりの頬は上気したまま、夕飯よりも熱く芯まで燃えていきそうな夫からの抱擁を待ち望んでいた。
でろ甘ぱーとつぅ。ひとまず「リア充爆発しろ」って言っとけばいいかな?




