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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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405 どっちもどっち

 娘ちゃん視点です。

 トントンと軽快な音が台所に響いている。

 まな板の上で刻まれているのは新玉ねぎだろうか。誰かさんの大好物のひとつ。

 息を殺して忍び足。本当は背後から「だーれだ?」と目隠しをしたいところだったけれど、夕食の準備中なので我慢我慢。包丁が滑ったら大変、少し間違えば大惨事になってしまう。


「ん? もうちょっとしたらできるからお皿用意してくれる? 今日は真弓ちゃんの好きな新玉ねぎがたっぷり入った海鮮サラダもあるよ」

 手を止めた母が振り返り、私に片目を瞑って合図してくる。

「私じゃなくてお父さんの好きな新玉ねぎの間違いでしょ」

「そう、だったかな?」

 頬をかいてはにかむ母は私の目から見ても可愛らしい。

 くりんと大きな目は垂れ気味で、笑うと雰囲気が余計にやわらかく優しく年齢より若く映る。

 まあ、今ここに不在のあの人もうんと若く見えて母と外見上釣り合っているんだけれど。


「ねえ、お父さんのどこを好きになって付き合ったの?」

「どこって急に何でそんなこと?」

 仕度を再開させて背を向けた母に前から気になっていた質問を投げかけてみたら、動揺したのか声が上擦っていた。


「あのね、誰かさんは自分のことをずっと待っていてくれて、笑い泣きしながらお帰りなさい、って言ってくれた時には“この人だ! この人しかいない! って決めていた”って言ってたよ」

「えっ? えっ? かっ和樹さんったら、子供に何を暴露してるの!?」

 ひえっ、と情けない声を出した母が再び振り返ると茹でダコみたいに真っ赤っか、私の面白そうな顔を見てエプロンの裾をぎゅっと握り締めた。


「私は……いつも見返りなんか関係なしに誰かのために頑張ってるあの人をいいな、守りたいな、支えたいなって思った時、かな」

「そっか。ご馳走さまで~す」

「もう、そんな所も和樹さんに似てきて」

 ニヤっと笑うと、ぷくっと膨れた母が私に一歩近付き抱き寄せてくる。

「真弓ちゃんが生まれた時にあの人泣いちゃってね、『嫁にやりたくないな』って言ってたのよ」

 今度は私の頬が熱くなり「何それ」と恥ずかしくなり、母の顔が見られない。


 何とはなしに母と抱き合っているとエプロンの中からいつもの父専用のメロディが聞こえてくる。

 母の顔がぱあっと華やぎ、それはまるで恋する乙女のよう。

「もしもし、和樹さん。あのね、今真弓ちゃんと二人であなたの噂をしてたのよ」

 やってられない、と私は皿を並べながら、母と一緒にもうすぐ帰宅するであろう父の姿を待ち侘びていた。



 ◇ ◇ ◇



「お父さんって見てるこっちが恥ずかしくなるくらいお母さんにべた惚れだよね」

 半笑いと呆れが混ざったような複雑な顔をした進に廊下で声を掛けられて足を止めた。

 なるほど、キッチンの方角から来たってことはアレを見たわけだな。


 いつものごとく、息を殺して抜き足差し足。キッチンへと向かう。

 むむ、進よ。何故(なにゆえ)お主まで着いてくるのか。バレたら気まずくなるのはわたし一人でいいのにもう。


「ふふ、それでね。遥ちゃんから久しぶりに和樹さんの和風たまごサンドをリクエストされたから、それなら私も作れますよ~って作ったの」

「へえ、遥さんが」

「うん。でもね、私が作るとやっぱり完璧には和樹さんの味にならない気がして……だから久しぶりに和樹さんが作った和風たまごサンドが食べたいな。ダメ?」

「……そんな可愛い顔でおねだりされたらダメなんていうわけないだろ」

「じゃあ作ってくれるの? 嬉しい。和樹さんだーい好き♡」


 母が皿洗いしていて、隣に立つ父は洗った皿を受け取って拭く係。

 水音が邪魔して会話が所々聞こえないのだけど、ところどころ聞こえる声がすんごくやわらかくてあまいので、きっと二人の世界に入っているに違いない。

 皿洗いが終わったのだろう。水音が消える。


 それからチュッとリップ音が聞こえてきて、ヒッとなった私たち姉弟はその場で三歩後退りした。

 父の「僕の方が君をもっと好きに決まってるだろう」とか母の「やだぁ、私だって毎日和樹さんへの好きをもっともっと大きく更新していってるんだから」なんて聞こえないし知りたくないんだからねっ!

 若干胸焼けがしてきた私は隣でうわあとドン引きしている弟の腕を掴み、回れ右をして退避。


「でも妬けるな。君は僕の奥さんなのに」

「ん? 妬けるって誰に? まさか昔の和樹さんに? おかしな和樹さん。だって二人は同じ人でしょう」

 頬を薄桃色に染めた妻の白い手が浅黒い夫の手を握り、彼だけを見つめてにっこりと笑う。

「君への愛が足りなかった頃の僕と比較されるのが悔しいんだよ」

 夫は愛してやまない妻をぐっと抱き寄せ、おでこと鼻先をくっつけて視線をとろりと甘くする。


 愛娘が思っていた通りに二人だけの世界に入り込んでいた夫婦はそれからたっぷり一時間はキッチンで愛を囁きあい、子供たちを落ち着かない気分にさせるのだった。


 ちょっと短めだけど、これ以上のでろ甘はたぶん子供たちが胃もたれしちゃいますから(苦笑)


 ゆかりさんは子供たちに見られてるの気付いてないけど、たぶん和樹さんは気付いててもやってる。というか見せつけてる。ほんとーにいい趣味してますね(棒読み)


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