379 眠り姫のおめざめに
目が覚めるまで一晩中見つめていた、なんて知ったら驚くだろうか。それとも呆れられるかな。
実年齢より幼く見える妻の寝顔は、起きているときよりも更にあどけない。自分以外は誰も知らない彼女の寝顔だ。
朝まで人に腕枕を提供するなどなかなかできる経験ではない。時折、ベストポジションを探るように頭を動かす彼女の寝相は、結婚前に本人が心配していたほど悪くない。
ぐっと近づいた彼女の顔に自分からも近寄って、額同士をくっつける。
「ぅ……ん……」
むにゃむにゃと小さく呻いた妻の伏せた睫毛が微かに震えた。
ああ、もう目覚めてしまうのか。
まだもう少し、安心しきった君の寝顔を見つめていたいのになぁ。
そんなことを思っているとうるんだ瞳が目蓋の奥から姿を現す。
二回、三回と瞬きを繰り返す少し垂れた目元は、寝起きの混濁した意識のせいか、ひどく眠そうだ。
覗き込むように視線を合わせると、瞬間的に覚醒したらしい妻は目玉がこぼれ落ちるんじゃないかってくらいに目を見開いた後、こちらがビックリするスピードでその顔を覆ってしまった。
もっと見せてほしいんだけどなぁ、その顔。と思う一方で、いつまで経っても初々しい彼女の仕草がやっぱり愛らしい。
「和樹さん……なんで見てるんですか?」
寝起きの妻の第一声がこれである。なんでって、そんなの決まっているだろう。
「ゆかりさんがかわいいから。おはよう、眠り姫」
すっかり両手で覆われた顔のどこにも攻略できそうな場所はなくて、唯一無防備に晒された彼女のチャームポイントであるつるりとしたおでこ、その前髪の生え際に唇を押し当てる。
ちゅ、という大袈裟なリップ音をさせてからもう一度額同士をくっつけた。
恥ずかしがりながらもゆっくりと彼女の手が下へとスライドして、そこでようやく改めて顔を付き合わせた。
少し顔を傾けて今度は唇に目覚まし代わりの口づけをひとつ落とすと、彼女はぎゅっと目を瞑り身を強張らせてしまった。
まるで小動物のように愛らしく、見ていて飽きないな。と、無意識に口許が緩んだ。
ふふっ、とこぼれた笑い声に彼女がゆっくりと目を開ける。
返ってきたのは上目遣いの視線と、恥ずかしげな微笑みと、朝の挨拶。
「……おはようございます、和樹さん」
ああ、なんて愛おしい日常の始まり。
朝の光が一条、カーテンの隙間から二人の寝室に差し込んでいた。
短いですが、これ以上甘ったるく書かなくてもいいかな……と思ってしまったので。
和樹さん、新婚さんの時からしょっちゅうこういうことをやらかしてそうなので、あえてあまり時期が特定できないように書いてみました。
まあ、あまり何度も繰り返すと、目の下の大きな大きな黒クマさんが存在を主張してゆかりさんに叱られますのでね。
そこが多少のブレーキになりつつも、ゆかりさんに泣きながら心配されないように、和樹さんは毎日のクマさんセルフチェックも欠かせなくなっていたりして。ふふふ。




