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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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377-1 if~エイプリルフールのおわびごはん(前編)~

 毎度おなじみifシリーズ。こんなルートも考えてはいたのです。

 朝日の差し込む早朝の喫茶いしかわ。

 いつものようにゆかりと和樹はモーニングの準備をしていた。作業もほぼ終わり、もうすぐ開店時間だ。あとは扉に掛かってるプレートをOPENに反すだけ。キッチンを出ようとすると不意に名前を呼ばれ、ゆかりは振り返った。


「どうかしましたか和樹さん?」

 だがいつもはきはきと喋る彼にしては珍しく、言葉に詰まった様子で視線を彷徨わせたあとゆかりをじっと見つめた。

「和樹さん……?」

「ゆかりさん。僕と、付き合ってくれませんか。恋人になってください」

「え……っ!? な、きゅ、急になに言って……」

「僕は本気です」

 和樹は驚くゆかりの手を取るときゅっと柔く握りしめた。


 本気? 本気って!? 今までそんな素振りもなかったのになんで急に? しかも開店前なんですけど!? こんなところ誰かに見られたりしたら……。

 脳裏に炎上の二文字が浮かび段々と血の気が失せていくのを感じた。だが青褪めるゆかりを見て和樹はふっと笑みを漏らした。その表情には照れもなければ恋心が溢れたような熱っぽさもない。それよりもいたずらが成功した子供のような笑い方で。

 そこまで考えてはたと気づいた。今日の日付を。


「あっ……エ、エイプリルフール……!」

「ははっ、騙されましたか?」

「もおおおお! 嘘つくならもっと別の嘘にしてくださいよ!」

「いやいや、おかげでかわいいゆかりさんが見られました。キョトンとしたあと赤くなったり青くなったり」

「わ~す~れ~て~っ! 大体、嘘にしても誰かに見られたら大炎上必至ですよ! まったく何考えてるんですか!」

 騙されてしまった照れ隠しと自ら炎上させようとしたことへの怒りからポカポカと和樹と殴った。だがまったく痛くも痒くもない様子で和樹はにこにこと笑った。


「あはは、すみませんゆかりさん。お詫びに今日の賄い僕が作りますから許してくれませんか?」

 怒髪天を衝く勢いだったのが和樹の賄いと聞いて思わず身の内の炎が小さくなる。賄いじゃんけんに勝つことなく和樹の賄いが食べられるなんてちょっといやかなり垂涎ものだ。でもあっさり許してしまうのも腹が立つ。なんと言っても乙女の純情を弄んだのだから。


「……和樹さん特製スペシャルランチプレートデザートつきで許してあげます。賄い代も和樹さん持ちで! でもスペシャルなクオリティじゃなかったらまた怒っちゃいますからね」

 ゆかりは腕を組んでじろりと睨んだがそれすら受け流して和樹は微笑んだ。

「スペシャルランチプレートデザートつきですね。喜んでゆかりさんのために心をこめて作りますよ」

「~~もうっ、一言余計なんですよ和樹さんはぁっ! もう和樹さんなんてキライ!」

 炎上の火種を作るなと言ってるのに! ぷりぷり怒りながら扉のプレートを反しに行くと後ろから声が追いかけてくる。

「あああ、ごめんなさいゆかりさん、嫌いにはならないでください」

「ふーんだ! 和樹さんは老若男女問わずモッテモテなんですから私一人くらいから嫌われるくらいがちょうどいいんですー!」

「ゆかりさぁ~ん……」


 口を尖らせてそっぽ向いていたのだが、そのなんともいえないしょぼくれた声音に思わず笑ってしまった。

「ふふっ、和樹さんてばなんて声出してるんですか」

「キライなんて言われたら僕だって焦りますよ……」

 さっきまで余裕綽々の笑顔だったのに今度は眉を寄せて拗ねている。こんなに感情を出す人だったかなとふと思ったけど、まずかわいいと思ってしまった。それにアラサーイケメンの拗ね顔なんてSSRくらいレアなんじゃなかろうか。


「和樹さんを焦らせたなんてすごい優越感です。でもキライなんて言ってごめんなさい。私からのエイプリルフールってことで許してください」

「……僕のこと嫌いじゃないですよね」

「もちろんです」

「じゃあすき?」

 和樹の問いに思わずあんぐりと口を開けてしまった。今日の彼は一体どうしたというのか。私が炎上が嫌だと承知でこんなこと言ってくるなんて、頭のネジでも数本取れてしまったのだろうか。


「それはアウトですよ和樹さん! いくら和樹さんに対して同僚としての好意を持っていたとしてもその言葉選びはだめです。そんなこと言っちゃったら炎上どころが大爆発起こして喫茶いしかわはこの建物ごと消し飛びます!」

「そんなにですか」

「そうです! そして私は喫茶いしかわに爆弾が仕掛けられるよりも前にグサグサ刺されて爆心地に置き去りにされるんです」

「ははっ! ゆかりさんて妄想力逞しいですね」

 片眉だけ下げて笑う和樹はまるで少年ようだ、と言ったらまたさっきのように拗ねた顔をするだろうか。なんにせよ今日はいつになく楽しそうだ。でも釘は刺さねばなるまい。


「和樹さん、女の子の怨みを甘くみちゃいけません。今だって和樹さんに弄ばれた女性が包丁を構えて喫茶いしかわの外に!」

 ゆかりは恐怖を顔に張り付けて外を指差したが和樹は一瞬目を丸くしただけで外を振り返ることもなく吹き出した。

「あははは! ふ……っふふ…………、ゆかりさんて演技力もありますね」

「んもー、騙されてくれなかった人がなに言ってるんですか……」

「いいえ、鬼気迫る迫真の演技でしたよ。でも僕は女性に刺されるような真似はしてませんので」

「本当ですか~? 和樹さんがそう思ってるだけなんじゃ……」

「本当にそんなことしてないですよ。……いや、僕を刺す人がいるとしたらゆかりさんかも」

 笑っていた和樹は急に真顔になった。


 腕を組むと片手を頤に当て真剣な様子でゆかりを見遣る。

「ゆかりさんにはあれこれと随分ご迷惑をかけていますし、周囲に僕との関係を誤解されて怒り心頭のようだし、僕を消せば元凶はなくなりますよね」

「な、なに言ってるんですか……! たとえそうだとしても和樹さんを刺したりするわけないですよ! 絶対しません! そんなふうに言うなんてひどいです」

 顔を顰めて上目遣いに睨むと和樹は目元を和ませて笑った。


「ゆかりさんが僕を刺さないのであれば、僕は女性に刺される心配はありませんよ」

「んー、いや和樹さんを刺すのは男の人かも。どこかに和樹さんのことを好きでアプローチしてるのに気付いてもらえない男性がいて、愛情がある日憎しみに変わって……」

「いい加減僕が刺されることから離れませんか……」

 真剣に考えるゆかりに和樹は苦笑した。


「和樹さんがいけないんです。私が和樹さんを刺すとかひどいこと言うから」

 つっけんどんに言い返すと和樹は頬を掻きながらすみません、と謝った。

「そういう意図はなかったんですが、女性に恨まれるようなことをしている男だとゆかりさんに思われたくなくてつい……」

「……和樹さんが女遊びの激しいちゃらんぽらん男だとは思ってないです。和樹さんは優しい人だってちゃんと知ってますもん」


 そう言って笑いかけると喫茶いしかわのドアベルがカランと鳴って本日一人目の来店を告げた。

「いらっしゃいませ!」

 すかさず接客モードになりお冷やとおしぼりを運ぶ。

 ゆかりの笑顔に和樹が目を瞠ったことには気付かなかった。




 ランチ終わりの休憩時間、今朝のことは喧嘩(?)両成敗かと思っていたのだが、和樹は約束通りの賄いを作ってくれた。

 大人版お子様ランチと言えそうなおかずが少しずつ盛られた特製プレートにゆかりは舌鼓を打ち、落ちそうな頬を押さえながら「とっても美味しいです!」と感想を述べると和樹も嬉しそうに微笑んでいた。


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