340-1 とある応援し隊員の思い出 Case11(前編)
モブ女子の恋愛話。
一口飲んだ瞬間、笑顔になれる。
そんな魔法の紅茶が淹れられたら。
それが、私の夢だ。
短大を卒業して、就職した先は夢の第一歩を進むための紅茶を主としたカフェ。将来の夢なんて漠然としていた女子高生の時、この店で初めて飲んだ紅茶に恋に落ちたのがきっかけだった。
いつか、私もそんな紅茶が淹れられたら。
それから月日は流れて、就職をしてからあっという間に三年が経過していた。
「ふぁ……」
平日のアイドルタイム。大好きな仕事に就いたとはいえ、この時間は客数が少なくて眠気が襲ってくるのもしばしば。今現在、店内は誰もいない。
オーナーは新作スイーツの試作に、バックにあるキッチンスペースへこもりっぱなしだ。
そこへ、救いの音色とも取れるような来客を告げるドアベルがチリンと鳴った。
「いらっしゃいませ……っ。お好きな席へどうぞ」
紅茶を淹れるのはもちろんのこと、接客業も大好きな私は来店したお客さんへいつものように笑顔を向けた。
向けたのだが、入ってきたお客さんは雑誌やテレビなんかでしか見かけないような物凄いイケメンだった。思わず言葉を失いそうになるも、何とか堪えてきちんと接客できた……と、思う。
「……ダージリンをホットで」
「かしこまりました」
壁際の二人掛けの席に座ったイケメンさんのために、ダージリンの支度をする。
ジロジロと不躾に見るわけにもいかず、チラりと視界に入れたイケメンさんは、どこか空虚な目をしていたように思う。
それから彼は、ゆっくりと紅茶を味わうと(味わってくれたと思いたい)そのまま店を後にした。
飲んだ瞬間の笑顔は、見られなかった。
「はぁ……すっごいイケメンだったなぁ……またお店来てくれたらいいのに」
思わずミーハーな気持ちが口から飛び出してしまうほどにイケメンだった。
スラッとした長身に、ダークグレーのスーツ。あれ絶対どこかの高級ブランドがお抱えしてるモデルさんでしょ。
そんな風に考えたイケメンさんが、たまに来るお客さんになる頃。私が淡い憧れを抱くようになるまで時間はかからなかった。
二度目の来店は思っていたよりも早く、三日後のことだった。その日はアッサムを注文された。
ちなみに、初めて見たときに感じた空虚な瞳は勘違いだったのかもしれない。この日はどちらかといえば、目の下の隈が少し気になった。
三度目の来店はそれからなんと、一ヶ月後。もしかしたら、物凄く忙しい方なのかも?
この日はアールグレイ。相変わらず目の下の隈は凄かったけれど、それよりも少し機嫌が悪そうに見える。どうか、私の淹れた紅茶で少しでも癒されますように。
そんな願いは通じなかったのか、やっぱり彼が紅茶を口にしても笑顔を浮かべることは無かった。気難しい人なのかしら?
彼はいつ来店しても、やっぱりどこか機嫌が悪そうに見えたり疲れているようにも見えた。元気がないようにも感じる。もちろん接客に関する声を掛けた時はそれは隠しているのか常に無表情だ。
「うーん」
首を捻りながら、買い出した荷物をよいしょと持ち直す。今日はオーナーの新作ケーキが店頭に並んているのだけれど、売れ行きが好調なので来客が落ち着いた今の時間に果物を買い足したのだ。
横断歩道を渡ろうとして足を踏み出すその前に、今の今まで私の頭の中にいた人が向こうから歩いてきた。
「あっ」
思わず、声に出してしまった。
私の声に反応したその人が、チラリとこちらに視線を向ける。例のイケメンさんだ。
「あっ、不躾にすいません。いつもお店をご贔屓にしてくださるお客様でしたので、つい……」
「……ああ、カフェの店員さんですね」
「はい。いつもご来店ありがとうございます」
「いえ。……買い出し、ですか?」
「はい!」
「そうでしたか。失礼、先を急ぎますので」
「あっ、はい! すいません呼び止めてしまって。またいつでもいらしてくださいね」
私の言葉に、少しだけ口角を上げて会釈してくれた顔に心臓がドクンと音を立てた。
それから、暫くしてイケメンさんが来店をした。
先日はどうもだなんて、軽口を交わして席に案内をした。
彼の定位置は変わらず壁際の二人掛けだったし、飲み終えたらすぐに店を後にしてしまうけれど。おすすめのフレーバーを少しの薀蓄付きで伝えられたから、いつもより確実に話せるようになったと思う。なにより、店に来てくれることが嬉しかった。
好きだと思う。でも、それは付き合いたいのではなくてアイドルを見ているような感覚。
あんなイケメンに彼女がいない方が不思議だもの。
今日は来るかな? 明日はどうかな? 次はいつかな? まだかな? まだ来ないのかな?
気付けば、彼の来店を心待ちにしている自分がいて。そんな頃には、彼が最後に来店をした日から三ヶ月経過していた。




