33-3 赤い糸の行方(後編)(飛鳥視点)
『赤い糸』残虐暴行事件。改め、ゆかりお姉ちゃんのフラグクラッシュ事件……でもなくて、ゆかりお姉ちゃんの友人の送別会の顛末は、後日、家族で休日のランチ(父はブランチだったが)に行ったとき判明した。
私たちが喫茶いしかわを訪れたのは、ランチタイム終了間近。両親と三人で仲良く、唯一空いていたカウンター席に座る。
満員御礼だが、先客のオーダーは一応提供が済んでいたらしく、店内は落ち着いた時間が流れ始めていた。
「へぇ…」
母が、聞いたわよ~とそれとなく件の『お友達』の事をたずねれば、ゆかりお姉ちゃんはにこやかに送別会について語ってくれた。
話を初めて聞いた父は、聞き終わって口許をわずかに引き攣らせた。
見ず知らずの男の砕かれたプライドを憐れんだのか、娘のように可愛がっているゆかりお姉ちゃんに言い寄った男が排除されたのを安堵したのか……あるいはその両方か。
ふと、ゆかりお姉ちゃんの隣に視線をずらせば、マスターも父と似たような表情を浮かべている。
もちろん私たちも然り。
「急な呼び掛けにも関わらず、皆集まってくれて……彼も喜んでくれました。ここだけの話、彼も友達もちょっと泣いちゃってたんですよ」
そりゃあ、泣くだろう。男の恋心が、無邪気な笑顔に目の前でバッキバキに折られたのだから。
「友情って、良いですね」
「そうだな」
父が、感情の起伏を忘れた声で返答して、ランチセットのビーフシチューを啜った。母は、パスタセットのミートスパをくるんと巻いて口へ運ぶ。
こちらから聞いておきながら、投げ遣りな態度だと申し訳なかったが、話を聞きかじった母としては、相手の男性が想いを伝えたのではないかと少しばかり期待していたらしい。
母は、ゆかりさんに期待するべきではないと、改めて反省していた。
一方私は……。
「そ、そういえばこの前来店してたあのお兄さん、今日はいないんだね」
ゆかりお姉ちゃんの周囲で揺らめく、『赤い糸』の主の動向が気になっていた。
とある男の好意がゆかりお姉ちゃんに届かなかったのは、ゆかりお姉ちゃんがその恋心に気付かなかったのが最大の要因だ。
だが、彼の『赤い糸』に攻撃した以上、あのイケメンにも原因があった。
「ああ、和樹さんね。いらしてるわよ。でも、ちょっと電話があって席を外すって」
ゆかりお姉ちゃんは、飛鳥たちからふたつ離れた席のコーヒーカップを指す。
「何か用事?」
「ううん」
ぶるぶると勢いよく横に頭を振った。
むしろ、会いたくなかった。
数日前に見かけた時は儚げだった和樹さんの『赤い糸』が、今は水を得た魚のように活きが良いなど、不気味で仕方がない。
糸の太さは、以前の物とさほど変化はない。
問題は『赤い糸』の状態、と言うか形状だ。
以前は、朽ちる寸前のか細い糸だったのに対して、今はピアノ線の様に光沢を帯びている。まるで、生まれ変わったかのような別人ならぬ、別糸だ。
これは一体……?
『赤い糸』が反応するのは、恋愛感情のみ。
たとえ親だろうと兄弟姉妹だろうと友人だろうと恩人だろうと関係ない。そこに恋愛感情がなければ『赤い糸』は一ミリとて動かない……はずなのだ。
「それにしても、随分急な転勤だったんだな」
早々とランチを平らげ、食後のコーヒーに口に付けていた父が、流れかけていたゆかりお姉ちゃんの友人の話にふと思い立つ。
「あー」
「何だ? もしかして、何かヘマやらかして飛ばされたのか?」
だったら、自業自得と云わんばかりに父は鼻を鳴らした。
父の言葉にハッとした私は、思考に沈み止まっていたフォークを、冷めかけたハンバーグに突き立てた。
「違いますよう。むしろその逆」
「逆?」
ゆかりお姉ちゃんは、瞬く母に少し考えてから、ぐっとカウンター内から身を乗り出してくる。
「実は……その人の会社、収賄容疑だか何だかで捜査することになったみたいなの。あっ、彼は関係ないですよ。でも、その皺寄せで……」
「急な転勤になっちゃったのね」
ゆかりお姉ちゃんのひそひそ話に、母も小声で気の毒そうに返す。父がその横で、顎に手を当てている。おそらく最近の新聞やテレビのニュースを手繰っているのだろう。
私は一瞬、彼の残虐な『赤い糸』が関係しているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。口を噤み様子をみる。
本来『赤い糸』は、ゆかりお姉ちゃんがいくらフラグをクラッシュしようと、彼の男が憐れな男を遠くにやったとしても、男の根性が勝れば『赤い糸』がちぎれることはない。
ちぎれなければ、いつかまた必ず会えるのだ。
それをちぎったということは……否、そもそも動いた時点でアウトだった。
えっ? やっぱりあの弁当で餌付けてた?
私は、掻き込むようにハンバーグにサラダにチキンライスを平らげながら、悠然と波打つ『赤い糸』を観察する。
糸は、ゆかりお姉ちゃんの『赤い糸』を遠巻きにしながらも、時折ゆかりお姉ちゃん自身を撫でるように触れている。
今まで、まだ幼いなりに、それなりの『赤い糸』を見てきたが、あの『和樹さん』の『赤い糸』は規格外過ぎる。
ゆかりお姉ちゃんの糸には触れない。でも、興味はありすぎるほどある、といったところか。
まさかの無自覚! とか言わないでよ?
「そう言えば……送別会のとき、たまたま近くにいた和樹さんに送ってもらったんです。車って便利ですよねぇ」
和樹さんの糸の動きは、無自覚か興味本意か。
どちらにしろ手遅れっぽい気がして、私は頭を抱えた。
「あら、飛鳥? どうしたの?」
「ううん、なんでもない!」
深い深~い溜め息を吐く私には、大切な家族に心配をかけないよう、とびきりのスマイルを返すこと以外、今はできなかった。
飛鳥ちゃん目線の、ふたりの馴れ初めプロローグ……で、いいのかな?
フラグクラッシャーの面目躍如。
というか、まさかのどっちも無自覚両片思いですか?(苦笑)
この時点でこの状態ってことは……はは、ははは(渇いた笑いしか出て来ない)




