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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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322 だって寒いんだもの

 今夜から明日にかけて、今年いちばんの冷え込みとなるらしい。カレンダーをチラリとみると、明日の欄には大寒の二文字。それは寒いはずだ。


 可愛らしい服装のお天気キャスターが庇護欲をそそりそうなソプラノで

「未明には広い範囲でけっこうな雪が降るおそれがあります。防寒対策をして、お足下にご注意を」

 なんて言っていた。

 お天気は喫茶いしかわの客の入り、ひいては売り上げに直結するから、それはそれで大事なことだ。けれど、そんなことより今は冷えきった手を温める方法でも報道してほしいと冷え性のゆかりは思ってしまう。


 こたつに入りながらゆかりがそんな愚痴をこぼしてみたら、和樹からこんな一言が飛んできた。

「生姜湯でも飲む? 淹れようか?」

「うん。それもいいけど……和樹さんと手を繋いでたら、もっとあったかくなれると思うの。違うかなぁ?」

「ふふ。違わないと思うよ。確かめてみよう。こっちにおいで」


 和樹はゆかりを手招きし、自らの足の間に座らせる。ゆかりはこたつに入りながら、背中をそっと和樹に預ける。

 和樹はゆかりの腹を護るようにそっと抱きしめる。少し経ってからこたつ布団をゆかりの腹にかけ直し。ゆかりの手をそれぞれ自分の手で包む。

「和樹さんの手は大きいですね。手だけじゃないですけど、自分と比べるとやっぱり大きいなって」

「ゆかりさんの手は小さいですね。僕の手で包めてしまう、とても可愛らしい手だ」

「うふふふ」

 軽く握るようにしていたゆかりの手を包みながら、しばらくは親指でさするようにしていた和樹は、ゆかりの手を解かせ、四本の指だけを包み丁寧にマッサージするように動かす。


「うふふん。和樹さん、本当にマッサージ上手ですよね」

「そう? ありがとう。ゆかりさんに満足してもらえるなら本望だよ」

 くすくすと笑いながらぽつぽつと会話を続けていたゆかりは、ほんの少しだけ身体の位置を変えて、和樹の肩にもたれ、頭を摺り寄せてきた。

 和樹はちょっと意外そうな表情だが、嬉しさが隠しきれていない。


「珍しいね。そんなに素直に甘えてくれるの」

「いけませんか? 甘えん坊なわたしは嫌い?」

 ゆかりはわざと、ちょっぴり拗ねてみせる。

「いいや、大歓迎。むしろ全力で甘えてほしいな」

 お互いにくすくすと笑う。和樹はゆかりのおでこに頬をすりよせる。ふたりは身長差があるため、普通に座っていたらお互いの頬同士をくっつけられない。


 ゆかりはさらにもぞりと動いて、和樹の左胸に耳を寄せる。

「はぁ……やっぱりわたし、和樹さんの心臓の音聞いてると安心します。安心しすぎて眠くなっちゃいそう」

「それは困ったな。そろそろ夕飯の時間だろう?」

「そうですね。もうすぐ子供たちも帰ってくるはずです」


 そうこうしていると、玄関に近付く足音がふたつ。

「ゆかりさんはここで待ってて」

「はーい」

 ゆかりの右頬にキスをひとつ落とす。ふにゃりと表情がゆるんだゆかりがこたつの天板と仲良くなるのを確認してから立ち上がった和樹はガチャンと鍵を開ける音がする玄関に向かう。

「お父さんお母さんただいまー!」

「ただいまー! おばあちゃんと一緒にブランのお散歩行ってきたよ」

 りんごほっぺとほんの少し赤くなった鼻の子供たちが興奮したまま帰ってきた。


「お帰り。そっちで手を洗っておいで。すぐ夕飯にしよう」

「うん! 今日のごはん、なぁに?」

「鍋。今日は塩味。シメはもらった素麺の余りがあるから、それでにゅうめんにする予定」

「やった! おなべだいすき!」

「もちきんはどろどろに溶けすぎたら困るから、まだ入れてないんだ。最初に食べる分を取って空いたところに今から入れるから、食べられるまで少し時間かかるよ」

「うん、わかった。ほかの食べてまってる。おててあらってくるね」


 子供たちを洗面所に送り出した和樹がキッチンに向かうと、ゆかりが鍋を取り分けていた。

 くたくたの白菜、鶏もも肉、ぶり、椎茸、にんじん、くずきり。それから余熱で火を通した豆腐。

 できた隙間に春菊を入れさっと火を通して大人用の椀に入れ、それから油揚げにもちを詰めたもちきん、卵を割り入れた巾着など、最初は入れるスペースがなかった具材、火を通しすぎたくない具材を入れていく。


 子供たちが洗面所から戻ってきた。

「お母さんただいま」

「ただいま」

「お帰りなさい。外、寒かったでしょ。ごはん食べてあったまろうね」

「うん。あ、ぼく、ごはんよそうね」

「わたしおはしとかよういするね」

「はい、お願いします」


 ゆかりが隣の鍋で作っていたごぼうとレンコンのきんぴらを取り分けている間に、和樹は鍋の中身を取り分けた椀を運び、鍋をこたつの中央に設置したカセットコンロに移して火をつける。

 進がごはんをよそい、真弓が箸などを準備し、美味しいにおいがこたつの上に充満する。


 先にこたつに入った真弓と進が手まですっぽり入れて「ひゃあぁぬくぬく~」「あったまる~」「こたつ最高!」と溶けた表情を見せている。それはついさっき見たゆかりの表情とそっくりだ。

 パッと見の第一声で「和樹にそっくり」と言われる見た目の子供たちは、間違いなくゆかりとの愛の結晶なのだと改めて実感した和樹は、その幸せを噛みしめる。


 最後に冷蔵庫からキムチとしば漬けを持ってきたゆかりが座ると、全員の目が和樹に向く。

「よし。全員揃ったし、さっそく食べよう。いただきます」

「いただきます!」


 弱火で鍋がぐつぐつと音を立て、湯気がほわりほわりと上がる中、元気よくごはんを食べる子供たちと、それを愛おしそうに見る両親がいて、お互いに笑顔で視線を交わしながら今日あったことを楽しげに語りあっていた。


 みんな、お腹も心も幸せでいっぱいになった、そんな一日。

 えーと、ただただいつものふたりがいちゃついてるだけでしたね。


 大寒がきたということは、あと二週間ほどで節分そして立春。

 まだまだ寒いし、立春すぎても「寒すぎ、全然春じゃない」とか思ってしまいそうな気もしますけど、それはそれとして体調に気を付けつつ、気持ちよく過ごせたらいいなと思います。


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