30 好みのタイプ
カウンターに座る女子高生たちが、恋愛トークの流れで質問する。
「ゆかりさんが好きなタイプって、どんな人ですか?」
それは聞き捨てならない。というか僕こそそれを聞きたい。
カウンターの反対側の席に座る僕は、コーヒーを飲みながらも聴覚が研ぎ澄まされていく気がする。
「えー? もう結婚してる私のなんか聞いても仕方ないでしょう?」
「あら? てっきり旦那様がタイプ~って返ってくるかと思ってたのに……違うの?」
その質問を笑顔でするするとかわしているゆかりさんがいた。
コーヒーカップを握る手に力が入る。元から俯いていたので周りから表情は見えないだろうが、眉間にしわがより険しい目付きになったのを自覚する。
ゆかりさんの食べ物の好みならいくらでも思いつくけれど、異性の好みはまったく予想がつかない。
少なくとも自分は彼女のタイプからは外れているのだろう。きっと。今の関係を構築するにあたって、無理矢理とまでは言わないが、ゴリ押ししまくって承諾させた自覚はある。
看板娘ぶりは健在、結婚しても、いやむしろ結婚してからのほうが告白やら行動に移す客が増えていたのを思い出す。
いまだ告白されることもあるらしい彼女に、ざわりと黒いものがわき上がる。
他の客がいなくなってから、ゆかりさんに話しかける。
「僕も気になりますねえ。ゆかりさんのタイプ」
やはり聞かれていたかと渋い顔をする彼女に、にっこり笑って告げる。
「ちなみに僕のタイプは、笑顔が素敵で思いやりがあって、和食が得意な女性です。つまりゆかりさんがドストライクです!」
「そ……それはどうも。和樹さん、もう結婚してるのに、なんで私のタイプなんか知りたいんですか?」
「好きな人のことはなんだって知りたいんですよ」
「私のタイプなんか知ってどうするんですか? 和樹さん、もし私のタイプに似た人が近づいてきたら、私に気付かれないように排除しようとしそうで怖いんですけど」
………………あり得るな。
むしろ排除しない自信がない。ゆかりさんを奪われるのは耐えられない。
真顔になった僕を見て何かを察したらしいゆかりさんは、きっぱりと告げる。
「和樹さんには絶対に教えません!」
それから、ため息をひとつ。
「だいたい、もう和樹さんと結婚してるじゃないですか。私はタイプの男性が近付いてきたら浮気する女だって思われてるみたいで悲しいです」
「あ……いえ、決してそんなつもりは!」
「ほんとですかぁ?」
「本当です! 信じてください!」
必死に言い募る僕に、彼女は看板娘の笑顔を向ける。
「わかりました。信じます。では、この話は終わりということで」
なんだか煙に巻かれた気がするが、彼女が僕だけのものなら、それでいい……のか?
「それはそうと、さっきあさひ堂さんからこしあんが届いたんですけど、コーヒーと一緒にどうですか?」
「いただきます!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
にっこりと笑って、妻は看板娘に戻った。
和樹には聞こえないところで、ゆかりは小さなため息をひとつ。
「今の私は和樹さん大好きなんだから、タイプとか関係ないのになぁ」
ぽつりと呟いたその言葉は、誰にも聞かれず溶けていった。
ブラックコーヒーのおともにこしあん。
これ、私がたまにやる組み合わせです。意外と合うんですよ。




