287 とある応援し隊員の思い出話・Case8
前回の続き。
前半は普通にいちゃつかせてます。後半はそれをみているモブさん視点。
鏡の前で髪を手ぐしで整え、薄れたリップを塗り直す。元々メイクは薄めなのであまり直すところはない。こげ茶色の耳が垂れ下がったカチューシャを最後につけ直したゆかりはぱちぱちと瞬きをして、小さなバッグの口を閉じた。
彼がきっと先に出て待っている。同じタイミングで化粧室に入ったけれど、その中での用事や身だしなみも彼のほうが早く済ませてしまうだろう。それに彼は身だしなみを細部まで整えなくたって生まれ持った容姿ですべてが完成してしまうのだ。何とも羨ましい。ゆかりはそっとため息をついて、出口に足を向けた。
「う、わぁ……」
案の定、彼はすでに外で待っていた。背の高いポールに背中を預け手元のスマートフォンに目線を落としている。ダークチョコレート色のテーラードジャケットとグレーのスラックスというシンプルな出で立ちは、端正な顔の作りをより際立たせていた。その風貌と真剣な顔つきの横顔が大人の余裕を感じさせるのに、頭の上にのった犬耳がかわいらしい。そのアンバランスすら格好いいとは何事か。
それは恋人の欲目、ではなく共通認識のようで彼は周りから視線を集めている。それはそうだろう。あれだけの美丈夫がかわいらしい犬耳を付けているのだ。童顔なのに纏う空気は洗練されていて、大学生やなりたての社会人には見えやしない。ジャケットから覗くごつりとした腕時計が仕事のできる人物なのだろうと予想させるには容易くて。
立っているだけでオーラがある。それなのにそこに登場する彼女が平凡すぎる、とゆかりは客観的に考えてしまった。彼のそばに行きづらい。こんなに注目を受けているところで「待った?」なんて言えるわけがない。
どうしようかとおろおろしていれば、彼がふと顔を上げた。無表情だった端正な顔が一瞬で綻び、ゆかりへと小さく手を振る。ざわりと場の空気が揺れた気がした。
「ひえっ……」
思わずこぼれた声は園内に流れているBGMにかき消された。なぜか一歩二歩と後退し始めたゆかりに対し、首を傾げた和樹がポールから身体を離し、ゆかりへと長い足で近付いてくる。途端に逃げ出したくなったゆかりが踵を返そうとしたのと同時に華奢な手首を掴まれてしまった。
「僕を置いてどこに行くんですか」
「い、いやあ……何だか居たたまれなくて……」
「恋人に逃げられる僕の気持ちを考えて」
「だって、すごい注目されてたから……」
だからわたしの気持ちも汲んでほしい、なんて。言外に伝えるべく頬を膨らませれば和樹が目元をふっと緩めた。掴んだままのゆかりの手首を持ち上げてから、その手を自分の手のひらに乗せる。親指で小さな爪を撫でればゆかりは不思議そうに目をまん丸くさせた。
そのあとの行動はゆかりの目にはスローモーションに映った。
流れるように膝を折った和樹は、ゆっくりと、愛しむように、薄い唇をゆかりのなめらかな手の甲に触れさせる。上目遣いに見上げてくる和樹はただ真っ直ぐにゆかりを射抜いていた。
「え……」
「僕の目には君以外映らないのに、何の問題がある?」
「……っ!」
あまりのことに言葉にならなくてゆかりは音なく叫び声をあげる。真っ赤に染まった顔を見ながら満足げに微笑む和樹はくつくつと喉を震わせた。そのサマさえ格好いいなんてずるい、とゆかりは涙目で訴えるのだった。
◇ ◇ ◇
Case8 某テーマパーク客の友人・女性
一部始終を見ていたこちらはどんな反応をすれば良いのだろうか。
すごいイケメンがいる。しかも某キャラクターの耳をつけている、と友人が騒いでいたのでそちらへと目を向ければ、モデルかよと突っ込みたくなるほどのイケメンがいた。手元のスマートフォンに顔を向けているので正面から顔を見ることはできないけれど、無駄な肉を削ぎ落とした輪郭にごつりとした喉仏。すらりとした高身長と甘いマスクのわりに案外しっかりとした身体つき。ため息をつくほどのイケメンだった。
おそらく彼女を待っているのだろう。友人と遊びに来ている雰囲気ではないし、同性同士ならレストルームに入ってからそんなに時間差なく出てくるだろうし。
なんて考えていたその時。そのイケメンが急に顔を上げた。そして今まで無表情だった顔がやわらかく表情を変え、小さく手を振っている。かわいいかよ、と叫ばなかったわたしを褒めてほしい。
あ、れ……?
イケメンが首を傾げて、歩き出してしまった。彼女は? と疑問に思っていれば、彼の向かう先に一人の女の子。可愛らしいけれど、想像とはちょっと違った。正直すんごい美人がくると予想していたのだ。だって彼はイケメンで、ちょっとだけ軽薄そうな容姿に見えたから。てっきり彼女もそういう類なのかな、と。失礼にもそう思ってしまったから。
ほんわか系彼女にちょっと親近感を感じてしまった、のはほんの一瞬のこと。
だって、この後の彼の動きはこっちが照れてしまうような王子様みたいな行動で。なんと跪いて彼女の手の甲にキスを落としたのだ。キザだな、おい。そして真っ赤な顔で照れて、そして立ち上がったイケメンの胸板を怒ったように叩く彼女がいて。
会話は遠くて聞こえなかったけれど楽しそうに笑うイケメンの横顔が、彼女を見つめる眼差しが、あまりに甘くて優しくて微笑ましい。
軽薄そう、だなんて訂正します。
さらりと風に揺れる髪に整いすぎの容姿を持つ彼が選んだのは純情そうな可愛らしい女の子で、きっと宝物と言わんばかりの存在なのだろう。それが伝わってきてわたしはなんだかほっこりしてしまった。
周囲のどよめきがすごそう。
それっぽい衣装着てたら何かのイベントかと思われそうだし、「手の甲にキスなんて王子様行動しといてプロポーズじゃないのかよ!」ってツッコミも入ってそう。




