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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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286 とある応援し隊員の思い出話・Case7

「285 わがままカチューシャ」の続き。これ単品でも読めます。

 Case7 某テーマパークの客・女性


 平日といえど、人気アトラクションはそれなりに待ち時間が出てしまう。わたしは頭上にあるレールを見上げて小さく息をはいた。一緒に来た友人は昔から仲の良い、気心の知れた姉妹のような存在だ。こんな無言の時間が生まれても、気まずくならないのがいいところ。そんな友人は今、スマートフォンを弄ることに夢中になっていて、わたしは手持ち無沙汰である。


 うわっ、何あれすっごいイケメン。


 ぼんやりと視線を向けた斜め前。並んだ列の隣のレーンは奥で折り返しになっているので、わたしが並んでいる列とは向かい合わせになっている。その斜め前に驚くほど顔の整った男性がいたのだ。なぜ今まで気づかなかったのか不思議になるくらい。

 そよ風にさらさらとなびく髪に長いまつげに覆われた瞳。よく日焼けした健康的な肌。ややもすると異国情緒漂いそうな雰囲気を纏っているが、滑らかな日本語で楽し気に話していて。やさしくまなじりを下げて甘く表情を崩す彼の視線の先には、ふんわりした雰囲気の女の子がいた。手をせわしなく動かしながら話すその姿は小動物みたいでかわいい。きっと彼女さんだろう。彼女さん自体は平均的身長の私と同じくらいの背丈なので小柄ではないけれど、彼氏さんがとても背が高くて均整のとれた体つきなので、ちょこんとして見える。かわいいな、おい。


 何を話しているのかは、わからない。頭上を走るコースター、騒がしい若者のグループ、流れる軽快なBGM、クルーの声。それでも二人が楽しそうに話しているのはすごく伝わってくる。いや、彼氏さんは聞き役に徹しているようで穏やかに彼女さんへと視線を落としているのだけど。

 こう、彼氏さんは派手な見た目だから彼女さんも派手な美女タイプかと思えば、なんていうか癒し系だ。かわいらしい顔立ちとやわらかい空気感。にこにこ笑顔を絶やさずに、長い待ち時間の中でもきっと文句とか言わなくて。

 ふと、彼氏さんの顔が彼女さんの顔へと寄る。耳を傾けているようだ。周りの騒音で聞き取りづらかったのかもしれない。あんなイケメンに近付かれたら心臓爆発しそうだな、なんて思っているわたしとはどうやら違う彼女さんはその距離でも楽しそうに笑っていて。


 やだ待って、かわいい。かわいいしか言えないんだけど!

 まったりとかおっとりとか、そんな言葉で表されそうな空気感。見ていてほっこりする光景だ。うらやましいとか、目ざわりとか、そういうのが一切ない、それはそれはやさしい甘さを纏う二人。仲いいな、お互い大好きなんだろうなっていうのが伝わってくる。

 でも無駄に距離が近いとか、見ていて痛いとか、そういうのがない。こう熟練夫婦感さえ漂ってくる安定の空気というか。いや実際はめちゃくちゃ距離近いんだけどね。肩とか腕とかくっついてるもん。でもいやらしさとかないんだよ。いいな、推せる。


 そんな尊いものを拝むように見つめていれば、彼氏さんが手に持っていたスティック状の甘いフードを彼女さんに向けた。お砂糖がかかったそれへと目を向けた彼女さんは迷うことなく口を開けてぱくりと一口。ほっぺに手を当てて、たれ目をさらに垂れさせながらもぐもぐと咀嚼している間に彼氏さんが今度はボディバッグからペットボトルを取り出した。

 キャップを開けて、また彼女さんへと向ければ、手を伸ばして両手でペットボトルを持った彼女さんが喉を潤している。その間に彼氏さんは手の中にある甘いそれを大きな一口で食べていて。ごくりとお水を飲み込んだ彼女さんが今度は彼氏さんにペットボトルを渡している。交換するようにスティック状のフードが彼女さんの手へと渡り、当たり前のように彼氏さんは受け取ったペットボトルに口を付けた。


「ん゛ん゛」

 思わず変な声が出てしまった。いやでも出るだろ、出ないほうがおかしいだろうが。

 そんなキレ気味のわたしを友人がスマホから顔を上げてジト目で見てくる。いやいや説明したらお前も同じ声出るからな。でも今あったことをここで詳しく話すにはカップルとの距離が近すぎる。だめだ、よくない。あとで聞いてくれないか。

 必死に親友へと目で訴えているその視線の隅で、彼氏さんが彼女さんの唇の端に筋張った指を伸ばしている。砂糖でもついていたのだろうか。それをそっと拭ったか思えば、その指に口づけるように唇を寄せた。そこでやっと照れた顔を見せる彼女さんと、色気をほのかに香らせる彼氏さんがいて。


 ぽかぽかと彼氏さんの腕を叩きながら文句を言っているのだろう彼女さんを愛おし気に見つめる彼氏さんのまなざしがなんと甘いことか! かわいいのもいい加減にしろよ、と叫びたくなってしまったのはわたし一人ではなかったと思いたい。


 文字数としてはちょっと短めの一話ですが、糖分は限界までぶち込んだつもりです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「尊い!」か「爆発しろ!」か。 両方だなきっと、うん。
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