285 わがままカチューシャ
初々しかった頃の和樹さんとゆかりさんのベタなデートの一瞬を。
前半は和樹さん視点、後半はゆかりさん視点でお送りしております。
耳やキャラクターのついたカチューシャがずらりと並ぶお店の一角。それを前に、顎に手を添えたポーズで悩む彼女とそんな様子を優しい顔をして見つめる男がひとり。なんとも微笑ましい光景がそこには広がっていた。
「ゆかりさん、これは?」
「うーん、可愛いけど可愛すぎるかな」
和樹が手に取ったのはピンクベースのカチューシャでおめめが二つ、その上にピンクのもふもふがついた、名のわからないキャラクターがモチーフのカチューシャだった。とにかく色が可愛らしく女の子らしいと感じたのと、ゆかりさんがつけていたらカチューシャもゆかりさんも相乗効果でもっと可愛くみえると思ったので手に取った次第である。
ちなみにどれをつけても可愛いと内心では思っているのだけど。
ただゆかりさんが違うというので違うのだろう。ではどれがいいのだろうか。こうやって悩んでいる彼女を見るだけでも楽しいので、どれだけ時間がかかってもいっこうに構わない。けれど本日の予定は乗り物にたくさん乗りたい、食べ歩きもしたい、ショーも見たい、という欲張りセットであること。なかなか遠出することは難しく、今回を逃すと次はいつ来られるかわからないので、できるだけたくさん彼女の要望に応えてあげたいこと。もしかしたら次は友人と来園して、初めてを体験するなんてことがある可能性も考えて。
それはちょっと……いや、かなり許せない。
「あっ、これかわいい」
やわらかな声が上がり、思考の波を漂っていた僕の意識が戻ってくる。
ゆかりが手に取ったのは白のカチューシャにこげ茶色のタレ耳、その上にちょこんと犬のキャラクターが乗っているものだった。耳にはワイヤーが入っていて形を変えられるらしい。
「もっと耳が長いタイプもありますけど、そちらでいいんですか?」
「うん。そっちだと和樹さんつけづらいでしょ?」
「え?」
その発言に驚いてゆかりさんへと振り向けば、不思議そうに首をかしげる彼女の姿。まん丸にしたその目に見つめられれば、いやとは言えなくて。とはいえ、三十路の男が付けてもいいものなのだろうか。
「和樹さんは一緒につけない?」
「いえ、お揃いにしましょう」
きょとんとした顔で、少し寂しげに眉を下げて見上げてくるから。ついつい僕はゆかりさんを甘やかしてあげたくなってしまう。
思わず真顔になって即答してから、棚からひとつ同じカチューシャを手に取った。丸い小さな鏡を覗き込みながら、つけたことのないカチューシャを頭の上に乗っけてみる。
やっぱり、だめな気がする。
けれど、世界一かわいい彼女が一緒につけたいと言うのなら“つける”以外の選択肢など、僕の中に存在するわけがなかった。
◇ ◇ ◇
白とこげ茶色を基調としたカチューシャは、今日の和樹さんの格好によく合うと思ったの。
Vネックの白カットソーにダークチョコレート色のテーラードジャケット。グレーのスラックス。革靴はジャケットと同じ色で揃えていて。シンプルだからこそ端正な顔立ちとよく合っていて思わず見惚れてしまったのは朝のこと。
ふるりと顔を左右に振って、姿見に映る自分の格好を確認する。オフホワイトのニットワンピースはすとんと落ちるシルエット。細いベルトでウエストマークして、カフェオレ色のコートを着て。彼と並んで少しでも恥ずかしくないようカジュアル感より大人っぽさを重視して合わせてみる。足元はスエード調のミルクチョコ色のショートブーツを合わせて、膝下からは足を見せて抜け感を。というのは、雑誌の受け売りなんだけど。
ふと、服の色がなんとなく和樹さんと被っていることに気付いて、何だか気恥ずかしくて着替えようかと思ったけれど、和樹さんが満面の笑みでかわいいと褒めてくれるのでこのままでもいいかと一緒に家を出たのである。
そして、カチューシャがずらりと並ぶ棚の前。お揃いのカチューシャをつけるのはちょっとした憧れだった。でも子供っぽいと思われてしまうだろうか、と彼をちらりと見上げればどこか楽しそうにカチューシャを見ていて。
あ、よかった。和樹さん、笑ってる。
ほっと安心して、ゆかりは棚へとまた向き直る。カラフルでかわいらしいカチューシャの数々。和樹さんがつけるにはちょっと派手かな、と悩みながらも目に付いたのは。わんこがモチーフの白とこげ茶色のカチューシャだった。しかも和樹さんの格好にもわたしの格好にもぴったりで一緒につけたいと思えて。それを手に取って、和樹を見上げた。
「これ、どうですか?」
両手でカチューシャの端を掴んで軽く持ち上げてみる。たぶんだけど、今自分の目がきらきら輝いている気がした。だって、絶対にお揃いでつけたいし、これをつけた和樹さんは間違いなくかっこいいもの。
「もっと耳が長いタイプもありますけど、そちらでいいんですか?」
「うん、そっちだと和樹さんつけづらいでしょ?」
「え?」
和樹が心底驚いた、という声を出してようやく気付く。わたしだけがカチューシャをつけると思っていたのであろう和樹さんの思考に。
まあ、それはそうだろう。和樹さんは見た目だけで判断すると二十代前半に見えてしまいそうだけど、実際は立派なアラサーである。それに和樹さんはこういったテーマパークに来ること自体ほとんどなかったと言っていたし、友人と遊びに来てカチューシャをつける姿は正直想像できないし。絶対に似合うと思うけどね。イケメンだから。でも、似合う似合わないとかではなくつけること自体しなさそうで。
「和樹さんは一緒につけない?」
「いえ、お揃いにしましょう」
ちょっと悲しくなって思わず問いかければ即答で返されて今度はこっちがびっくりしてしまう。あんなに戸惑った声を出していたのに急な心境の変化にゆかりがついていけなくなる。
それでも鏡を見ながらカチューシャをつけてくれた和樹さんは想像したとおり、いや想像以上に似合っていて、わたしはとても嬉しくなった。
きっと大人気ショップの大人気コーナーのはずなのに、他のお客さんとぶつかったりしないなんて。でろ甘な空気をまき散らしまくっているせいで他のお客さんが近付けないに違いない! なんてね(笑……いごとではない)
和樹さんのことだから、この場では「ああ、何つけてもかわいさ倍増するなんてさすがゆかりさん!」しか考えられなくて、でも気付いたら通販でカチューシャ全種類のお届け手配してるに違いありません。届いた時点で呆れまじりのゆかりさんに叱られるけどまったく堪えてなくて「毎回違うカチューシャでお出迎えしてもらえたら、それだけで僕、仕事の疲れが全部吹き飛びます!」なんてゴリ押しを始めそう。そんな気しかしない。




