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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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27 とある応援し隊員の思い出話・Case3

Case3 デパート勤務の美容部員・女性



 閉店時間まで残すところ20分となったデパートは、平日の真ん中ということもあって閑散としていた。

 化粧品フロア内も同じく人が少なくて今日は残業なしで上がれるかも、と私は密かにガッツポーズを決めていた。

 ビューティーアドバイザーの仕事は好きだしやりがいがあるけど、たまには時間通りに終業したい。イケメンがたくさん出てくるドラマや映画を見て目に養分を摂取したい。


 フロア内がにわかに色めき立ったのは、閉店まで15分となった時だった。

 高身長で股下が二度見するほど長く、すらりとした甘やかなマスクの男性が化粧品フロアに現れたのだ。

 ずんずんこちらに近づいてくる。


「閉店間際にすみません。まだ大丈夫ですか?」

「いらっしゃいませ。どうぞご遠慮なさらず。彼女さんへの贈り物ですか?」


 間近で見るとますます匂い立つ美形さんである。眼福の加護でいつもの二割増しになった笑顔で出迎え、カウンターの椅子を引いて男性に座ってもらった。

 『彼女』と限定したのは左手薬指に指輪をしていなかったからだ。『友人以上恋人未満』という線もあったけど、この人のルックスでそれはないだろう。『母親』『姉妹』を除外したのは接客経験による勘だ。

「はい」

 いよっし。ビンゴ!


「どういったお品物を贈られるかお決まりですか?」

 贈り物が決まってなければ30分はかかるかな。

 まあいいさ。感じのいい人だし、楽しい時間になりそうだ。

 イケメンって何でいい匂いがするんだろ。


 それもそのはずだった。よくよく見れば髪の毛少し湿ってるぞこの人。洗い立てのシャンプーの香りじゃん。

 肌の色もやや濃いめでわかりにくかったけど、顔色もあまりよろしくない。肌の調子を整える栄養が明らかに不足している。

 ああ、でも……くたびれた様子だというのにこの色気……重要文化財を通り越して国宝レベルでしょこれ。この人を雇っている会社は彼をちゃんと労ってあげて。


「はい。今月発売した猫ちゃんのリップを……」

「……ッ!」

 クール系イケメンさんの「猫ちゃん」発言に吹き出さなかったのは我ながらグッジョブだった。

 その代わり、噛み締めた私の頬肉は犠牲になり、鉄の味が広がった。

 とにかく! 何なのよそのギャップ!


 「猫ちゃん」はきっと彼女さんの口癖なんだよね。

 それをいつも見守っていたらいつの間にか移っちゃったってやつなんですよね。

 いいぞいいぞもっとやっちゃってください。


「今月発売の猫デザインのリップスティックでございますね」

 鉄壁の笑顔で背中を向け、商品からお客様ご所望の品をトレーに並べていく。

 猫好きの彼女さんならば、リップスティックと同時入荷している猫柄の手鏡も気に入るかもしれない。それもオススメしてみよう。

 私がちらりと背後に視線をやると、男性は照れくさそうに鼻をかいていた。

 たぶん「猫ちゃん」発言に気づいたのね。いや~めんこいわ~。

 めんこい・オブ・ザ・イヤーとギャップ・オブ・ザ・イヤーを進呈させていただきたい。


「お待たせいたしました。こちらのリップスティックでよろしいでしょうか?」

「間違いないです。……あれ? 雑誌で見た時は三種類あったと思ったのですが」

 きゃー、彼女のためにめっちゃリサーチしてるこの人!

 恋人のためなら最新コスメもチェックするとな。彼女愛されてんなー!


「はい。こちらのラインナップは、UVカット重視、潤い重視、きらめき重視の三種です。あいにくUVカットの商品は品切れとなっておりまして。再入荷が来週以降の予定になっております」

「そうですか……」


 お詫びをしながら、リップの猫ちゃん部分を繰り出してトレーに並べていく。

 男性はひとつひとつ持ち上げては繰り出し部分の猫とにらめっこしていた。なんというパラダイス。


「両方買います」

 即決かよ! シンキングタイム正味30秒なかったぞ!

「あと、こちらの手鏡も。彼女が喜びそうなデザインなので」

 私がオススメするまでもなくお買い上げが決定してしまった。

 気持ちいいくらい迷いのない買い物をする人だ。


「かしこまりました。ラッピングは無料の袋と有料の箱がございます。デザインが……」

「有料の方でお願いします」

「箱の方でございますね。少々お時間いただきます」

 こちらも即決。まあ有料の箱にするだろうなとは思ってましたとも。


 こうして男性は閉店時間ちょうどに退店していった。

 最後までスマートな人である。




 私の中で伝説入りしたイケメンさんの来店から早くも一年近くが経過していた。

 店頭に並ぶ猫デザインのリップスティックを見るたびに、彼の彼女さんは喜んでくれたのだろうか……と思い出してしまうくらいにはインパクトがあったひとときだった。


「あの、すみません……」

「はい、いらっしゃいませ!」


 いけないいけない。お客様の来店に気づかなかったなんて。

 すぐさま笑顔で振り向けば、間を空けつつもうちの商品をリピートしてくださっている女性が立っていた。


 前々から可愛らしい人ではあったけど、なんだか今日はまぶしいわ。

 ふと左薬指に目をやれば納得。シンプルで品の良いデザインの指輪が光っている。


「いつもありがとうございます。本日はどちらをお求めでしょうか?」

「下地が切れそうなので買いに来ました。同じものが欲しいんですが……」

「かしこまりました。こちらでお名前の登録はされてますか?」

「はい」

「お客様のカルテを探して参りますので、お名前をフルネームでお聞かせください」

「『石川ゆかり』といいます」

「石川様ですね。少々お待ちください」

 私がカルテを準備していると、石川さんは店先に並んだ商品を眺めて笑っていた。


「ふふっ。いつ見てもかわいいなあ……猫ちゃんリップ」

「お好きなんですね、猫」

「大好きなんです。このリップは夫が贈ってくれたので特に思い入れがあって。あ、当時は恋人だったんですけど。潤いと、きらめきのリップと猫ちゃんの手鏡を贈ってくれたんですよ」


 あまりの不意打ちに()せてしまったのは、どうかお許しいただきたい。

 次回は後日談というか裏話をちょこっと。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カズキさんがどんだけイケメンなのか、これでもかというぐらいはっきりとわかりました!
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