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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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26 とある応援し隊員の思い出話・Case2

Case2 服飾系ショップ店員・女性



 あ、うちの新作。


 空にはまだ青みが残るとはいえ、だいぶ傾いた日差しが影法師を細長く斜めに伸ばし始めた頃。

 カロン、と入り口の鐘を鳴らして入店してきたカップルに視線を走らせた女性店員は、片割れの女性が着ているスカートに気が付いて、そう心の中で呟いていた。

 先日売り出されたばかりの自ブランドの新作だ。カラーも複数展開されているが、彼女が身にまとっているのはほの甘いグレイッシュピンクのそれだった。


 この町に越して三年、この店舗で働くようになって丸二年が経つ。

 毎日多数扱っている品もある程度頭に入るようにもなっていたが、女性店員がその新作に思い至れたのは、着てくれている彼女が絶妙に似合っているのも理由であった。

 軽く波立つセミロングと、やや幼さの残る顔立ち。身長は履いているパンプスのヒールによって少し底上げされていて。すらりと華奢な体形が、ふわりと泳ぐチュールスカートに程よく映えていた。

 かわいいな。


「いらっしゃいませ~」

 すっかり口癖となったお決まりの台詞を口にする裏で、こっそりとそんなことを思う。トップスには白のビショップスリーブを合わせているあたりが特に。

 配色的におそらく気合いの入ったデートなんだろうな、と勝手に想像してみたりする。


 きょろきょろと顔を左右に動かしている彼女は入店早々何かを探しているようだった。さっそく声を掛けようと近づきかけて、女性店員は一瞬息を飲んでしまった。

 うっわぁ、すんごいな。

 チュールスカートの彼女の隣に佇む男性が、超弩級の美青年だったからだ。さすがに接客業に携わるものとしてそのまま驚きを表情に出すのは憚られる。詰まった息をぐっと飲み下して何食わぬ顔をする。

 最近好んで読んでいるライトノベルに、この美青年によく似た容姿のヒロインが登場していたのを思い出す。こんな人実在するんだな、という下手な感想が口から転がり出そうだ。


 人様の彼氏に目くばせするような趣味はないものの、老若男女の視線をぶっちぎる美青年というのは、こういう人を指すのだろう。思わず感心してしまう。

 こちらはこちらで、パリッとした灰色のスーツを見事に着こなしている。そのため青年というよりはもう少し上をいく気がしたが、自分と同じかやや上くらいではないかと推測する。

 大手企業のサラリーマン……にしてはかなり目立つ部類の容姿だが、清潔感があって女好きのするタイプ。

 現に他のお客様も興味深そうに盗み見ているような気配がして、己の審美眼は正しいことを実感する。


「なにかお探しですか?」

 鍛えに鍛えた笑顔を浮かべながら窺えば、チュールスカートの彼女は「あの……」とためらいの声を返した。

「前来た時に見かけたんですけど、猫のモチーフが刺繍されたハンカチを探してて」

「あ、ございますよ! 少し前に置き場が移動になりまして。失礼いたしました、こちらです」

 手で示しながら言えば、彼女はホッと胸を撫で下ろす。お役に立てて何よりだ、とこちらまで安心する。


 けれど、そんな最中(さなか)

 案内しようとしたタイミングで、不意に美形の彼氏が彼女の肩に触れた。

「ゆかりさん、僕少し出てきます。電話が入ってしまって」

「あ、はーい。店内をうろうろしてますね」

「すみません」

 ひどく申し訳なさそうな彼氏は、そう謝ると足早に店の外へと舞い戻っていった。急ぎの用でもあったのだろう。

 ぼんやり見送りながら、敬語同士とは付き合い立てだろうか、などとやや脱線したことを考えていると、チュールスカートの彼女が「失礼しました」と向き返った。

「いえいえ、では改めて」

 目当てのハンカチは自分用にもプレゼント用にも使い勝手の良い品として結構な人気を集めている。さほど高級ではないにしろ、手触りの良さが売りだった。


 お待たせしました、と新しい置き場まで連れていくと、彼女は嬉しそうに微笑んでくれる。

 欲しかった猫柄はまだ残っていたようで、そっと手にしていた。

「あ、グラスのもあるんだ」

 ぽそりと零れた呟きにはかすかな喜色が混じっていた。

「そうなんですよ。そちらは先日再入荷したばかりで。お客様がお見掛けした際はありませんでしたか?」

「はい。このスカートを買ったときにちらっと見ただけなんですが、なかった気がします」

 なるほど、と頷く。

 コミュニケーションありきで成り立っている仕事としては会話を繋げるのも一つのスキルだが、自分はそもそも話好きのきらいがあった。

 何度も来店してくれる事実が嬉しく、つい会話を広げてしまう。


「そのスカート、よくお似合いです。デート用にも普段使いにも便利な色合いですものね」

 お世辞などではない、心からの賛辞を送る。本当によく似合っていると思っていた。

「あ、ほんとですか。良かったぁ。……その、こういう服はあんまり持ってなくて、少し不安だったので」

 頬を紅潮しながら、女性はうなじを掻く。困ったようにへへへ、とはにかむ仕草はもれなく可愛らしくて、同性ながら胸が躍ってしまった。


「ちょっとはデートらしく見えますかね?」

 彼女が、控え目にひらりとスカートをはためかせれば、振りかけたらしいコロンがうっすら香る。

 零す言葉から、デートのために普段はあまり手にしないような甘めのデザインの服を用意したことがなんとはなしに読み取れて、女性店員は目を細めた。

 初々しいといえば正しく当てはまるだろうか。彼女のそんな反応は可愛さを越して、愛らしさすら抱かせるものだった。

「とても。きっと彼氏さんも喜ばれていると思います」

「そうだと嬉しいです」

 くしゃりと歯を見せて破顔する彼女はあどけないけれど、しっかりと妙齢の女性らしく綺麗だった。


「あの、これ。両方にします」

 猫のシルエットと、ワイングラスの刺繍が入ったハンカチを、それぞれ一つずつ丁寧に渡される。悩んでいたようだが、どちらも買うことに決めたらしい。

 店員はそっと受け取りながら快諾した。

「承知しました。……どちらもプレゼント用にされますか?」

 これも確認しなければならないことの一つではある。

 それでも、彼氏の姿が見えない状況下で、種類の異なる商品を二つ購入するのであれば。おのずとそういう風に捉えてしまうのも道理だと思うのだ。

「あっ。そっか、じゃあ……。こっちをお願いします」

 そう言って彼女が指さしたのは、猫のシルエットのものだった。てっきりワイングラスの方かと予想していた店員は口角を緩ませつつ、思考を切り替える。

「承知しました」


 さて、これから腕の見せ所である。そっと背後を確認すると、依然として店の軒先で電話中の彼氏が見つかる。

 背中を壁に預ける光景も、なかなかの男前だった。

 彼が戻ってくる前に包み終わらねばならない。

 さぁ急ぐぞ、と意気込みながら店員は彼女を向く。

「彼氏さん、素敵ですね。すごくお似合いです」

 色気を含まない笑みで伝えれば、一瞬きょとんとした彼女も、すぐにパッと愛嬌良く笑ってくれた。

「はい!」

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