267-1 僕らは まだ(前編)
進くん目線のお話です。
「なあ進、明日なんだけど早起きできるかな?」
お父さんにそう聞かれた。理由がわからなくて首を傾げる。
「なんで?」
「進も小学生になったから、家族皆で選挙に行こうと思って」
「ぼくも? いいの?」
「うん、いいよ。投票はできないけど、お父さんたちと一緒に行って投票の様子を見ているのはダメじゃないからね」
「そうなんだ。じゃあ行く!」
「よし、明日は早いから、今日は早く寝るぞ」
「はいっ!」
翌朝、お母さんに優しくゆすって起こされた。
「んん~、むぅ~、ねぇむいぃ~」
「そう? じゃあ選挙行くの、やめる? お留守番でもいいよ?」
「ん~? せん……きょ……あっ!」
ばちっと目を開いてがばりと起きる。
「行く! いっしょに行く!」
「じゃあ、身支度してね。朝ごはんは投票の後、喫茶いしかわに行って食べるからね」
お母さんはにっこり笑ってぼくの頭を撫でると、部屋を出ていった。
「せんきょ♪ せんきょ♪ ぼーくもせんきょ♪」
浮かれてでたらめな歌を歌い、スキップしながら歩く僕。お姉ちゃんはぴょんぴょん飛び跳ねるように進んでいる。お父さんとお母さんはその後ろで手を繋いでゆっくりついてくる。
「ふたりとも、朝早くて車が少ないからって、危ないわよー」
「はぁい。きをつけるー」
ちょっとだけ道路の端に移動して、やっぱりスキップを続ける。お父さんとお母さんの投票所は、僕らの小学校なんだって。
僕は初めてついていくけど、お姉ちゃんは去年の選挙に連れて行ってもらったんだって。しかたないけど、ちょっとくやしい。でも今日は一緒に連れてってもらえるのが嬉しくて楽しくて、やっぱりはしゃいでしまう。
小学校に付くと、いつもはない看板があって、漢字で何か書いてある。
「それ、投票所って書いてあるんだよ」
「ふうん」
お姉ちゃんが自慢げに教えてくれた。きっとお姉ちゃんも去年連れてきてもらったときに教えてもらったんだ。
ところどころに矢印があったり係の人がいたりして、投票所に案内してくれた。
投票所の入口の三メートル手前で振り返ってお父さんとお母さんを待つ。
「進くん、お父さんとお母さん、どっちと一緒に中に入りたい?」
「え? うーんと……じゃあ、お父さん」
「わかった。一緒に行こうな」
「じゃあ、真弓ちゃんはお母さんと一緒にね。お父さんたちが入ってから行こうか」
「はーい!」
お父さんと手を繋いで入口をくぐると受付の人がいて、お父さんの持ってる券の確認をして、それからお父さんに色のついた紙を渡していた。
「進。これが投票用紙だ。この欄に議員になってほしい人の名前を書くんだよ。あそこの、ひとりずつに区切られたブースに行って他の人に見えないように書くんだ」
「へえ。あ、あそこにお名前貼ってあるね」
「そう。そこで名前を確認しながら書けばいいんだ」
お父さんはいちばん端のブースでお名前を書いて、中身が見えないように、紙を縦二つに折っていた。
「進。お父さんが書いたの見えたかもしれないけど、誰にも内緒だから。しー! だよ」
用紙を右手に持って、左手の人差し指で僕にしー! のポーズをした。僕は両手で口をふさいでこくこくと頷いた。
「次はこれを箱に入れる。同じ色で投票箱の案内が書いてある、この箱に入れるんだ」
そう言うとお父さんは、右手の人差し指と中指の間にはさんでいた紙を箱の中にすっと入れた。
「これで一つめの投票は終わり。一回だけの時が多いけど、今回は比例選挙と裁判官の信任投票があるから、あと二回同じように投票するんだ。何を書いたらいいのか、詳しいことは後で、朝ごはんを食べながら教えてあげるからね」
お父さんは僕の肩をぽんぽんと軽く叩くと、二枚の色違いの紙を係の人にもらって、ささっと投票をすませた。それから、手を繋いで出口に行った。その途中で投票証明書というのを取っていた。
外に出てお母さんたちを待っていると、お母さんたちもすぐに出てきた。お母さんが明るい声で言う。
「それじゃ、喫茶いしかわに行って朝ごはん食べましょう! レッツゴー!」
皆で拳を突き上げる。
「おーっ!」
皆で笑顔で投票とお散歩して、喫茶いしかわに行くんだ。今日の朝ごはんも、きっと美味しい。
喫茶いしかわの扉を開けるとカランカランとベルが鳴る。
「いらっしゃい」
「投票行ってきました。今回は進くんも一緒に行ったんですよ!」
「おおそうか。もう小学生だもんな。朝ごはん食べながらお話聞かせてくれるかい?」
「うん!」
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