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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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266-3 いつも通りケータリングを届けにきただけのはずなのに(後編)

「しつれいしまーす!」

「あら真弓ちゃん、どうしたの?」

「あのね、わたしもお母さんといっしょにCM出ることになったの!」

「えっ」

 にこにこと嬉しそうにしている真弓と、それを仕方ないなぁという表情で見ている和樹さんを交互に見る。

「あ、和樹くんちょうど良かった。ゆかりの髪型決めて!」

「ん? 髪型はポニーテールって言ってませんでした?」

「おろしたほうが顔バレしにくいから、どっちがいいかなと思って。監督はどんな髪型でも大丈夫って言ってたよ」

「そうですか」

 和樹さんは顎に手を当てながらヘアアクセサリーがたくさん入っている箱をじっと眺めてから、頷きをひとつ。そっとイミテーションパールをあしらったバレッタを一つと、モチーフの似たヘアゴムをふたつ取り出す。

「では、これを使いましょう。真弓にはこれを使ってお揃い感を出すのはどうでしょう。衣装ともケンカしないと思うのですが」

「うん、いいね。そうしよう。真弓ちゃん、おじさんがヘアメイクしてもいいかな」

「いいよ。いっぱいかわいくしてね」

「もちろん。今もかわいいから、もっと可愛くするのは大変だなぁ」

 目を細めて真弓の頭を撫でる伯父のリョウに、真弓はにっこりほほ笑むと、隣のスツールによじ登って座った。ヘアメイクを始めた隣の席を眺めてから和樹さんが告げる。

「ゆかりさんは僕が天女もかくやな美しさに仕上げますよ。さ、始めましょう」

「お、お願いしまーす……」


 可愛らしいツインテールになってご機嫌な真弓は、わくわくと隣に座るゆかりの仕上がり具合を見つめている。

 髪型は結局、上のほうを複雑な編み込みにしてバレッタで留め、後ろ髪をふんわりと仕上げていた。今はこの上なく真剣な表情で和樹さんが絶賛メイク中だ。アイメイクやチークなどが終わって、これから仕上げのルージュ。

「ゆかりさん、唇少しだけ開けて」

 薄く開くとブラシで丁寧に口紅を塗られる。

「塗り終わったよ。んまってして」

 唇を合わせて口紅を馴染ませ、んぱっと薄く開く。

「うん、いいね。じゃグロス塗って仕上げね」

 そのままグロスを塗られる。

「はい完成。ゆかりさんが可愛すぎる。とても綺麗だ。他の男に見せるのやだな……」

「ふふっ。和樹さんったら」

「お母さん、こっちむいて! うわぁかわいい! キレイ! ステキ!」

「ありがと。真弓ちゃんも最っ高に可愛いよ~。あとで一緒に写真撮ろっか」

「えっへへへ。うん!」


 皆で撮影スタジオに戻る。和樹さんはそのまま撮影分のチェックをしに行ってしまった。

 わたしは真弓やお兄ちゃんと、マスターと進のいる場所に戻る。食べ終わった分の箱などはすっかり片付けが済んでいた。

「わあ、お片付けお任せしちゃってすみませんでした!」

「はは。いいんだよ。そんなに大変じゃないし」

「ねえおじいちゃん、見て見て! お母さんもわたしも可愛くしてもらったの!」

 ぱっと両手を広げてくるりと回る。

「ほんとだね。とっても可愛いよ。写真撮っておくかい?」

「うん、お母さんもいっしょにね」

「進くんもおいで。一緒に写ろう」

「いいの?」

「もちろん」

 前に子供たちふたりを並べ、私はその後ろから顔を出すようにして撮ってもらう。

「うん。どうだろう、これ。三人とも、とても幸せそうに写ってると思うよ」

「……ほんとだ。ありがとう、お父さん」

 皆で微笑みあう。


 改めてCM撮影に加わる。暁弥さんは私と色違いのアーガイルセーターに白いパンツを合わせていた。ラフな格好なのに男の色気がたっぷりというかダンディズムむんむんというか。和樹さんが本気のときもすごいけど、暁弥さんも全然負けてない。さすがは長年第一線で活躍してる大人気イケメン俳優様。

 今度は、システムキッチンのセットで私がクラムチャウダー(ケータリングとして持ってきたものを利用することになったらしい)を温めているところに真弓がやってきて後ろからぎゅっと抱き着くところと、それをリビングのソファーで新聞を広げながら眺めている暁弥さんを。それからダイニングで三人揃ってクラムチャウダーやお夕飯を食べているところを撮るらしい。

 さっき聞いた説明とちょっと違うなぁと不思議に思っていると、暁弥さんが追加で説明してくれた。

「さっき真弓ちゃんが出てくれることになったから、プランを変えたんだ。僕らがいちゃつきながら夕飯を食べる様子を撮るよりも、仲良し家族の一家団欒イメージで撮るほうがいいんじゃないかってね」

「ああ、それはたしかにそうかもしれませんね。わかりました」


 キッチンでは、何も言わずに真弓がぎゅっとしがみついてくるところと、「お母さん!」と言いながらしがみついてくるところと、「ママ!」と言いながら抱き着いてくるところの三パターンを撮影した。どれを使うかはこれから検討するらしい。

 それから次は、真弓が「パパ!」と言いながらソファーにいる暁弥さんの腕の中に飛び込んでいくところを撮っていた。和樹さんの表情をちらりと伺うと、不機嫌というほどではないけれど、ちょっと複雑そう。あとでお父さんに甘えるように言っておこうかな。

 最後は三人で食卓を囲むシーンだ。

 シーザーサラダなど元々用意されていたメニューと、喫茶いしかわのケータリングから追加したメニューが並んでいる。

 いただきますしたら普通に会話しながら食べてくれればいいよ、と監督さんに言われた。


「いただきます」

 ぱくり。もぐもぐ。

「あ、サラダ美味しい。野菜のしゃっきりにクルトンの食感がまた……」

「クラムチャウダーも美味しいよ、お母さん」

「ふふ、ありがとう」

「本当に美味しいね。ゆかりちゃんが作るごはんって、なんか優しいっていうかまろやかな気持ちになるんだよね」

「そうですか? ありがとうございます。私は美味しく楽しく食べてくれるのが一番嬉しいです」

 三人でにっこり笑顔を交わす。

「あっそうだ。パパ、あのね、真弓、かきプリン作ってきたの。あとで食べてくれる?」

「おお、そりゃ嬉しいな。そうか、真弓ちゃんはお菓子を手作りできる歳になってるんだな……子供の成長って本当に早いな」

「ふふ、びっくりですよね。この前までハイハイしてたと思ったら、あっという間に公園を駆け回るようになって、今ではランドセル背負って毎日元気に学校に行ってるんですから」

「うん! 学校楽しいよ。おともだちもいっぱいいる!」

「ははっ、そうか。元気に楽しく過ごせてるみたいで、パパも嬉しいよ」

「うふふふん。真弓も、パパ元気でうれしいよ。あ、これもおいしい。パパも食べる? はい、あーん」

 真弓がフォークを差し出すと、ほんの一瞬驚いた暁弥さんはためらうこともなくパクリと咥えて食べてしまった。

「うん、うん。美味しいね。ありがとう真弓ちゃん」

 ふたりがにっこりしていると、監督から「はいカット!」と声がかかった。


「いや~石川さん、ご協力ありがとうございました」

「いえ、私はほとんど座ってただけみたいなもので……大丈夫でしたか?」

「ええバッチリです。最高傑作に仕上げますよ! 真弓ちゃんも、最後のアドリブ最高だった」

「あど……? パパにあーんしたこと?」

「そう、それ!」

「いつもお父さんとお母さんがやってることのマネしたの」

「おお、そうか。仲良しなんだな」

「うん! すっごく仲良し。毎日ちゅうしてるしすぐぎゅーってするの」

「おほほほほほっ」

 笑ってごまかそうとしていると、後ろからぎゅっとハグされた。

「監督どうです? 僕の妻は最高でしょう」

 どや顔の和樹さんが現れた。

「ちょっ、和樹さん、人前! ここ人前!」

 拘束を外すようにぺしぺしと叩くが一向に効果がない。どころか、ますます拘束が厳しくなった。

「ええ、最高の奥様ですね。お嬢さんもです。いいCMができそうです。期待しててください」

 監督はスルーすることに決めたらしい。私の恥ずかしさは一緒だけど、いたたまれなさはちょっぴり軽減されたかもしれない。

「楽しみにしていますよ」

 そう言うと、こめかみあたりにキスを落とし始める和樹さん。さすがにこれはちょっと……。


 ほとほと困り果てていると、真弓が和樹さんの腕をつんつんとつついた。

「お父さん、お母さん離してあげて。まっかっかでなきそうだよ。そろそろ“恥ずか死ぬ”ってやつになっちゃいそうだよ?」

 こてりと首を傾げておねだりポーズまでつけている。いつの間にそんな技術を。

「くっ……仕方ありませんね」

 ようやく拘束がゆるんでほっと息を吐く。

「真弓ちゃんありがとう。助かったわ」

「うん。わたし、パパにかきプリンわたしてくるね」

「いってらっしゃい。あ、いなり寿司も一緒に渡しておいてくれる?」

「はぁい」


 スタッフの皆さんにお疲れさまでしたとご挨拶して、空の容器などを回収してワゴン車に詰め込む。

 少し残っていたケータリングはそのまま置いてきた。今から食べるらしい。容器は後でまとめてお兄ちゃんと和樹さんが車に積んで持ち帰ってくれることになった。

 車に乗り込むと、ようやく気が弛んでふーっと大きく息を吐いた。

「はは、だいぶ疲れてそうだね」

「はい。慣れないことしたから……帰ったらすぐ寝ちゃいそうです」

「そうかい。着くまで寝ててもいいよ」

「ただでさえケータリングの片付けも運転も任せきりなのに、それは悪いです」

「いいよ、店に戻ってから動けないほうが大変だろう」

「うーん、それも……そう……ですねぇ」

「真弓と進も、眠かったら寝てていいよ」

「うん、そうするね」

 そんな会話も夢心地の中で聞いていた。


「ゆかり、ゆかり。着いたよ。真弓と進も起きられるかい?」

 ゆさゆさと揺り起こされた。目を開くと、喫茶いしかわ……ではなかった。

「えっ!?」

 一瞬、状況が判断できずパニックになる。よく見れば、いつもと車高は違うが自宅の駐車場だった。

「子供たちも眠そうだし、このまま帰りなさい。これの片付けは僕と梢さんでやるから」

「え、でも……」

「いいから。そのかわり、明日の早番は頼んだよ。僕らはしっかり寝坊する予定だから」

 ぱちりとウィンクするマスター。自分の親ながらお茶目だなと思う。

「わ……かり、ました」

 子供たちを起こして車から降りると。

「じゃあ明日のモーニングよろしくねー」

 と言いながらマスターは去っていった。

 お、おかしいなぁ。前後編でまとめるつもりだったのに、なぜこんなに長くなった!?

 これで10月終わっちゃうよ。ハロウィン話どうしようかな。



 ん? ということは、明日はいよいよ自己出版する『徒然とはいかない喫茶いしかわの日常 1』『カウンターごしの恋』の発売日ですね!

 オンデマンドで自己出版した人のSNSとか見てると、発売日=発送日みたいなので、手元に届くまでにタイムラグありそうなんですけど(苦笑)

 ちなみに電子書籍はKindleで午前零時配信開始です。


 今のところ実感なさすぎてどうしようですけど。手元に届いたら少しは実感わくのかな。

 ただただご購入いただいた方にお楽しみいただけることを祈るばかりです。

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