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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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264-3 オレンジ色の(後編)

 話自体は前回で完結しているのですが、余談的ななにかを。

 衝撃が治まったとき、ゆかりは、自分の状況がまったく分からなかった。

 その、ほんの一瞬前は、小さな男の子がスケボーに乗って、自分に突っ込んできたのだ。

 避けようとして、バランスを崩し、このまま転んだら後ろ頭を思い切り地面にぶつけるなぁと、どこか冷静に自分の態勢を考えながら、それでも重力には逆らえずに倒れ始め――大きなコブができるかも――なんて思った時、ふわりと大きなものが全身を包んで、そのまますごい力で引っ張られ、あっと言う間に植木に突っ込んでいた。


「……え?」

「……ゆかりさん? 大丈夫?」

「……和樹さん?」

「はい。怪我は?」

「えーと……どこも痛くない……です……けど」

 ほーっとため息が聞こえ「良かった……」と耳元で呟く声。

 そうして、背中に回されていた手に力が入り、ゆかりは、びっくりするような強さで抱きしめられていた。

 抗う気持ちは起こらなかった。

 そのまま素直に、目の前の逞しい体に全身を預け、ああ、ずっとこのままでいたいな、なんて――ずっとこのままでいたい、なんて……。


「――え?」

 我に返る。

 自分と、同僚である和樹さんの、今現在の状況を俯瞰する。

 倒れかけていた自分を庇った和樹さんは、最善の策として、自分を抱きしめたまま、公園の植木に突っ込んだ。うん。そこまではいい。いや、よくないけど。

 で、今、自分は、和樹さんに抱きしめられたまま(しつこいぞ)、彼を下敷きにしているのだ。つまり、自分が退かないと、和樹さんはここから出られない……。


「きゃー!」

 ゆかりは、急にジタバタ始める。

「あっ、ゆかりさん、そんなに動かないで……いてっ」

「やだ、だって、ごめんなさい、和樹さん、離して」

「うん、離すから、ちょっとおとなしくして、あいたたた」

「退きたいんですけど、でも、あの」

「分かってる。けど、ゆかりさんが暴れると、僕、どんどん、木にめり込んで……」

「きゃー! ごめんなさーい!」

「だから、暴れちゃだめだって!」


 なんとか二人が植木と金木犀の枝から脱出したとき、二人の周りにはちょっとした人だかりができていたとか、いなかったとか。


 この顛末を見ていた常連さんはきっと「ヒロインをかばうイケメンヒーロー話」的な脚色たっぷりで井戸端会議にかけることでしょう(笑)


 金木犀の香りまみれになるふたりが書きたかったんですけど、金木犀って低木じゃないので、普通に植木(植え込み)に倒れるだけじゃそんなことにはならないんですよね。なのであんな感じの仕上がりになりました。


 あの後は、ふたり揃って金木犀の香りさせてるせいで、お店に来たJKちゃんたちが

「ねえ、金木犀のシャンプーや柔軟剤なんてあったっけ?」

「うーん、記憶にない。金木犀の香水ならうちのママが持ってる」

「え? まさかあの二人、お揃いの香水つけてるの?」

「うっそぉ」

 とかひそひそ会話するに三千点。


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