25 とある応援し隊員の思い出話・Case1
ここから3話ほど、初々しい和樹さんとゆかりさんをモブ視点で観察していただきます。
Case1 営業職・女性
とある駅前にて。
うわ、えげつないイケメン。
ついビールの一杯でも引っかけていきたくなる生ぬるさが心地よい夕暮れ。彼女は、とある男に目を奪われていた。
思わず漏れかけた無遠慮な品評をすんでのところで飲み込んで、何食わぬ顔をする。明け透けに見てしまったので流石に失礼だろうと一度はそらした視線だったが、やはり気になるのは仕方のないことで。またそろりと同じ方向に戻してしまった。
大通りの隅で、誰かを待つように立つその男は、黒のカットソーを絶妙に着こなす美形だった。
まさか芸能人かモデルかな、と女性はほのかに片眉を下げた。
すらりと伸びた痩身だが、適度に鍛えられているようだった。
神様がえこひいきして造ったような体に、ともすればその辺のアイドルだのイケメン俳優だのにも負けずとも劣らない甘い顔面が乗っかっているのだから、ほとほと恐れ入る。
普通に生活していれば、まず出会わないような美丈夫を視界の端で盗み見ながら、眼福だなぁ、とくたびれたおっさんのようなことを考えてしまった。
ふと気が付けば、同じバス待ちの列に並んでいる若い女の子やカップルでいる彼女もただならぬ視線を彼に送っていて。まぁ、あれは見るよな……と共感を覚えながらも、腕時計を傾ける。短針が五の辺りを少し過ぎていた。
打ち合わせで足を運んだ客先からそのまま直帰できるのは素直にありがたい。議事録は明日中に展開すれば良いので今日はさっさと帰ろうと、気持ちをオフにした頃合いで見かけた美丈夫は、妙に気になった。
容姿は若いが、身に着けているものは若くない。特に時計と靴。その辺りから、まさか同世代じゃないだろうなとあまり喜ばしくない憶測をする。
ぐりぐりと凝り固まった肩を揉みながら、女性はふぅと息をこぼした。
良いなぁ、デートだろうなぁ。間違ってもこれから仕事に向かうような恰好ではない。
それに、表情は涼しいものだがそこはかとない期待が透けて見えて、微笑ましく思った。ちらちらと時間を確認する様子が、ことさら。
おまけに掲げているのは3つ先の駅前デパートで期間限定出店中の有名パティスリーの紙袋だ。
大切そうに覗きこむ仕草はやたらに甘い。明らかに好きな相手を待っているのが分かりやすすぎて、先ほどから隙を窺っている肉食系女子が声をかけるタイミングを見つけられずにいるくらいなのだ。
やめとけやめとけ馬に蹴られるわよ、とは言ってあげられないけれど。あんな美丈夫を浮き足立たせるなんてどんな子なのだろうか、と不躾な好奇心が沸いたのは仕方がないと思いたかった。
「カズキさん!」
聞いていた音楽の音量を上げていた最中、離れたところから走ってくる人影がついと見えた。
お、真打ち登場か。手を振りながら駆けてくる女の子は、己がひとかどの注目を集めていることなんて知りもしないだろう。
バスが遅れているのをいいことに、女性は続けて彼女を見る。
お待たせしました、と息を切らすその子は、燕色の髪の、あどけない雰囲気の子だった。
へえ。てっきりサングラスの似合う長身モデル系美女でも待っているのかと思っていたが、あいにくと美丈夫は高級酒より焼き菓子に軍配を上げたらしい。
ほのかに甘そうな彼女は「息子が嫁にと連れてくるならあんな子が良いわぁとご婦人が例に挙げそうなタイプ」。
ゆるゆると乱れた髪を整えている仕草は愛らしいけれど、これは虎視眈々と狙っていた肉食系が調子に乗るんじゃなかろうか、と老婆心を起こしてしまう。
こわごわ様子を窺っていた。だが女性は次の瞬間、そんなお節介は無用の至りであることを知る。「前言撤回」の四文字が脳内に反響していた。
もちろん、それは女性だけではない。周囲の、二人の様子をこっそり見ていた野次馬たちも同様だった。
彼女の姿を認めた美丈夫の空気が、わかりやすく色を変えたのだ。頬をわずかに染めて瞳を溶かす表情は、恋情をそのまま絵に描いたよう。愛の女神アフロディーテも背を向けて帰りそうな勢いだ。
愛しくてたまらない、を具現化した正解はこれだ。これしかない。
女性は男を眺める。目の前でこれを受け止めている彼女は大丈夫なのかと、斜め上の心配をする程に、彼のそれはすさまじい威力を放っていた。
「これ、好みに合えば良いんですが」
「え、なんですかこれ?」
小さな手土産を渡すかわりに、さらりと彼女の荷物を攫っているあたりが手馴れている。どうも、カズキさんとやらは見た目を裏切らない相当な熟練者のようだ。
「あ、食べてみたかったやつ!」
彼女の反応からするに、きっといつだかに零したであろう発言を拾ったのだろう。得てして抜け目がない。
イケメンは造形のみならず、中身までかくあるのだなとしみじみ思う。
パッと花がほころぶような彼女の笑顔に、こちらまで明るくさせてもらいながら女性は肩の力を抜いた。
「うわ、嬉しい。ありがとうございます!」
「喜んでもらえたのなら良かった。それじゃあ、行きましょうか」
美丈夫が彼女をエスコートして歩きだす。
きっとレストランでも予約しているのだろう。そんな予想を立てて、女性も携帯端末の液晶画面を指で弾く。
百戦錬磨を思わせる美丈夫は一体どんなデートを演出するのやら。
離れていく二つの背中をぼんやり見送っていると、彼女には見えない死角で、美丈夫がぐっと小さく拳を握っているのを見つけてしまい、不意をつかれる。
明らかなガッツポーズ。
しかもそのあと、やや色の濃いたくましい手は、彼女の手付近を所在なさげに彷徨っていた。
え。あ、あー。なるほど?
確信はなくも、あらかたの察しがついて女性は口元を緩める。どうやらまたも予想は外れたらしい。
なるほど、人は見かけによらない。
よりどりみどり、引く手あまたが服を着て歩いているようなイケメンさんでも、本命にはめっぽう弱いことが読み取れて、かすかに面映ゆくなってしまった。
そつなく車道側に回り、歩幅だって彼女に合わせている。
声を落とすときは必ず顔を向けて、眼を細めている。
大事にしているんだろうなぁ、と名前も知らない外野ですら理解できる。素敵な二人、と純粋に感じた。
とはいえ、実は彼女の方もそわそわと指を波立たせているのだ。
そこに気が付けていないようでは勿体ないぞ、と心の中でエールを送る。
彼女だって、彼の身長に合わせようとしたらしい、どうにも慣れてなさそうな高めのヒールを履いていて、毛先までウェーブがついた髪が揺れているのだ。
付き合い立てなのか、まだ至ってないのかは、分からないけれど、甘酸っぱさに胸やけがした。
やだ、かわいいもの見ちゃったな。
感化されて、仕事の疲れもいくらか和らぐ。
ブロロロ……と鈍い音を立ててようやく現れたバスの到着を待ちながら、女性はぽつりと呟いた。
「あー、彼氏欲しい」
外野から見た、あのふたりのデート待ち合わせ風景。
これは外側から冷やかすほうが楽しいやつだと思います!(きっぱり)