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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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257 ありあわせの炒飯

 真弓は、鼻歌まじりのスキップで図書館からの帰り道を進んでいた。


「あ! お母さん」

「あら真弓ちゃん。図書館で本は返せた?」

「うん、新しい本借りてきた。楽しみ!」

「ふふ、そっか。面白いといいね。読んだら感想聞かせてね」

「はーい!」

 いつもよりキラキラした化粧と、ふんわりしたワンピース姿のゆかりを見て、ピンとくる。

「お母さんは、おでかけ? よそいきのかっこしてる」

「ええ。環さんにアフタヌーンティーへのお誘いを受けたの」

「ふうん。よくお父さんが“僕も着いていきます!”って騒がなかったね」

「今日のメニューはね、女性限定のアフタヌーンティーメニューなのよ。環さんとふたりだから、って納得してもらったわ」

 真弓は、いかにも“しぶしぶ”な態度で「はぁ……わかりました」とか言ってそうな父の姿が見えた気がして苦笑した。


 真弓は思う。うちの父と母は、いわゆる「ちょうラブラブ」な夫婦だと。キスは毎朝毎晩しているし、一緒にお風呂に入るのもしょっちゅうだ。いや、お風呂は父が母をなし崩しに連れて行ってるだけかもしれないけれど。

 それらは、ちいさな頃は当然で普通のことだと思っていたが、今はさすがに、そうではないと知っている。

 母をここまで溺愛する父はすごいと思うし、またそんな父をころころ笑いながらも受け入れてしまう母もすごいと思う。なんだかんだで“お似合い”なのだろう。


 ゆかりがぽんと手を合わせる。

「あ、そうそう。今日はお父さんがお家にいるから、お昼ごはんはお父さんに作ってもらってね」

「え? 今日、お父さんお休み?」

「そうよ。進くんは野球の練習に行ったから、お父さんと真弓のふたりでお昼ごはん食べてもらうことになるかな」

「わかった。うふっ、お父さんのごはん、楽しみだなぁ」

「うふふ。真弓ちゃん、ほんとにお父さんのこと大好きね」

「うん。お父さん、世界一カッコいいもん」

「それ、お父さんに行ってあげたら喜ぶわよ」

「言わなーい! お父さんの一番はお母さんだもん。じゃ、いってらっしゃーい!」

 くすくすと笑いながら母と別れた真弓は、家路を急いだ。


「ただいまーっ」

「ああ、おかえり真弓。今日のお昼は炒飯作ろうと思うけど、かまわないかな?」

「うん、チャーハン大好き!」

「じゃ、この洗濯物片付けたら作るよ」

「わたしも一緒にやる!」

「そうか、じゃあこっちのを頼むな」

 ふたりで、返した本のことや学校であったことをおしゃべりしながら洗濯物を畳んで片付けた。


 こちらに広い背中を向けた父は、チャーハンに入れる具材を包丁で刻んでいる。

 今日はじゃこ、桜海老、青ねぎ、椎茸、もやし、卵の入った炒飯を作るらしい。

 わたしはテーブルやお皿の準備をしながらリズミカルなその音を聞いていた。

 中華鍋を取り出した父を見て、近くにいく。

「見ててもいい?」

「いいけどあまり近すぎると危ないから、気を付けるんだよ」

「はぁい」

 真弓は母の炒飯も好きだが、父が中華鍋を振って作る炒飯はもっと好きだ。ごま油をひいて次々と具材を炒め、ごはんを合わせ、米や具材を躍らせながらパラパラにしていく父の姿は、なんとも豪快で、見ていて楽しい。たまに母が腕力が足りないと悔しそうにしているのも納得の格好よさだ。


 最後にしょうゆを鍋肌から入れ、焦がしながら味付けていった和樹は、小さなスプーンで炒飯をすくう。

「ほら。味見して。味、薄くない?」

 珍しい父からのあーんにぱくりと食いつく。

「うん、美味しいよ。バッチリ。さすがお父さん!」

 それを聞いた和樹は満足げに呟く。

「よし。じゃあこれで完成だ。真弓、お皿を……」

「はいこれ」

「ありがとう」


 それぞれが自分の炒飯をダイニングテーブルに運び、「いただきます」と手を合わせて、おしゃべりの続きを話しながら食べ進める。

 半分くらい食べたところで、ほうっと息をつき真弓は言う。

「お父さん、なんでも作れてすごいねえ。今日のって、余りもので作ってたでしょ?」

「ははは。ありがとう。でも、こうやって台所や冷蔵庫の中の余りの材料で何かを作れるようになったのは、お母さんと恋人になってからだよ」

「ええっ!」

 真弓はびっくりしすぎて、しばらくぽかんと口を開けていた。

「ほら、続き食べなよ」

 促されて続きを食べつつ、どういうことかと聞いてみた。

「真弓も知ってるけど、僕の仕事は出張が多いだろう? 家を何日も開けることが多くて、使い切らないと食材がダメになってしまうから、料理を作るときは材料を使い切るようにしてたんだよ」

 真弓はうんうんと頷きながら聞く。

「お母さんとお付き合いをさせてもらってから、冷蔵庫の中を見て、その場のありあわせの素材でぱぱっと色々なものを作ってしまうお母さんがすごいなと思ったし、そうやって作っている姿を見ていたら、結婚してふたりで暮らす姿が想像できて、絶対お嫁さんにしたいと思ったんだ」

「ふうん、そっか。お父さん、昔からお母さんに夢中だったんだね」

「ははは」


「そういえばマスターがね。最近またお母さんを口説こうとする男が現れたって、ここにシワ作ってたよ」

 真弓は右手の人差し指で、眉の間のすいすいと撫でる。

「……は?」

 一瞬で人相が悪くなった和樹は声もワントーン低くなる。

「真弓、犯人(ホシ)の人相や特徴、それと来店パターンは?」

「知らなぁい。マスターやお母さんに聞いてよ」

「それは当然聞くけど」

 和樹は、いつの間にか手にしていたスマホをすごい勢いで操作している。

「ゆかりさんに寄りつく悪い虫は、絶対に排除する!」

 真弓は父の勢いに、おお怖っ、と思いつつ、情報を求め詰め寄られるであろうマスターに心の中で謝った。


 母も帰宅後におそらく

「ゆかりさん! 言い寄られてるってどういうことですか!?」

 と父の尋問を受けるのだろう。


 そんな母の帰宅までは、あと一時間。


 父と娘、ふたりだけのランチ中の一幕でした。

 真弓ちゃんたら、まさかそんな地雷を(苦笑)


 ゆかりさんを口説こうとしたモブ男性(濡れ衣の可能性も微レ存)は、トラウマ植え付けるレベルの対応をされると思われます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 真弓ちゃんは、こうやってヤンデレ男の操縦法を学んでいるのですね。 英才教育!w
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