256 駅前ロータリーにて
書くだけ書いて、投稿するの忘れてました。ごめんなさい。
こちら、お付き合いの片鱗もない頃のゆかりさんと和樹さんのお話。
「あ。和樹さんナンパされてる」
ポツリと呟いた言葉は、誰かの耳に入ることもなく街の喧騒に吸い込まれていった。
今日はオフの日。会うはずもない人の姿を見つけてしまった。現場は駅前ロータリーの広場のベンチ。
和樹さんはいつも通りの容姿の良さで、現在は女子大生らしき三人組の女性に声をかけられている。その前は二十台半ばくらいに見えるキレイ系のお姉様だった。
ほんと目立つ容姿をしてるわねぇ……なんてぼんやりと思っていたけれど、もしかして彼自身にその自覚はなかったのかしら?
あんないかにもな待ち合わせスポットにいたら「さあ、声をかけてください!」と大々的に宣伝しているようなものでしょうに。和樹さんはさっきから、声をかけてくる女性を断っては、間をおかずに次々と声をかけられている。わんこそばみたい。すごいなぁ。
今日は喫茶いしかわにいるわけではないし、きりっと決めたスーツ姿ではなく、もう少しラフなジャケット姿だからオフなのかなとは思うけど、もし仕事の途中だとしても、あんなに集まっていては仕事にはなりそうもない。
私、石川ゆかりはその様子をチェーン展開してるコーヒーショップのテラス席から眺めていた。ケーキセットを待っている傍ら、視界の隅にチラつくそわそわした女子の群れとその中心部に目がいったため観察を続けているところだ。
ただ、以前、和樹さんは視野の広さはシマウマ並に広いと言っていたことがある。視力も良いからお客さんのお冷やの減りに気付くスピードはだいたい私よりも早かった。だからきっと今も、私のことには気づいているはずだ。
しかぁし! ゆかりちゃんはとっても良いコなので「外で会った時は仕事中かもしれないしお邪魔をしないためにも声をかけない」という以前した取り決め(言いつけに近かったけど)を守っている。
別に、以前私がしつこいナンパをされていた時にそれを離れた場所から見ていた和樹さんが「ゆかりさんモテますね。え、助けてほしかったんですか?」と言ってきたことに対する仕返しじゃないですよ。
「彼氏が欲しいけど出会いがないんです、と言っていたのでてっきり」
とか言われたからでもないですからね。いくら私が平凡でも、選ぶ権利くらいはあるんです!
あのときのモヤモヤした気持ちを、ようやく届いたベイクドチーズケーキの鋭角にぶつける。
でも、私に選ぶ権利があるなら、和樹さんは私以上に幅広い選択肢の中から選ぶ権利があるだろう。
あんなことを言ってくる和樹さんだもの。絶対に私を選ばない。きっと彼には、堂々とナンパできるような、有り余るほどの自信を持っている人がお似合いなのだ。
彼は見た目の華やかさに加えて気遣いの人でもある。惹かれない人は少ないだろう。おそらくあの、そそくさと退散していく女性たちにも、傷つけないようにやんわりと気遣いをもってお断りを入れていたに違いない。でも、もしここに、和樹さんのお眼鏡にかなうお気に入りのひとが現れたら……そのときは、その誰かさんの手を取るのを見ることになるのかもしれない。あれ? なんだろう。ちょっとモヤっとする。
とはいえさすがに閉口してそうな和樹さんの様子を見ると、そろそろ助けてあげたほうがいいのかなと思い始めた。でもやっぱり、ナンパの群れに飛び込む勇気はない。
そこで私なりに、また女性に声をかけられそうな和樹さんに向けての助け舟を出すべく、メッセージを送信した。
――肉食系女子の群れに立ち向かえない子羊な私をお許しください
遠くで和樹さんが笑っている。その笑顔を作らせたのは私、その笑顔は私のもの、なんて思っちゃったりして。ふふふ。
和樹さんから返信が届く。
「もう少し早く助けてほしかったです」
件のベンチの方を向けば、軽く手を振りながら和樹さんがこのテラス席に向かってくるのが見えた。
私は様々な感情を隠す。
「あぁら、和樹さんも結婚適齢期ですし、あんなナンパされやすい場所にいらっしゃるから、お相手を探しているのかと思って遠慮してたんですよ」
と、できるだけふてぶてしく答える準備をしながら、ふとした瞬間に上がりそうになる口角をごまかすためにベイクドチーズケーキを口に入れて彼を待つことにした。
まだ一匹狼を気取ってた頃の和樹さんが相手なら、こういうこともあろうかと思いまして。
今じゃ考えられませんけどね。
どうでもいい設定。早朝からの接待ゴルフが終わって、別件の接待ゴルフに駆り出されていた長田さんと軽い打ち合わせをしようと待ち合わせるつもりであんな目立つ場所にいた和樹さん。長田さんは渋滞に巻き込まれてちょっと遅れていたのです。
喫茶いしかわが定休日じゃなければ喫茶いしかわにお邪魔したのに……と和樹さんも長田さんも思っていたとかいなかったとか(笑)




