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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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246 食いしん坊調査報告書 豆菓子

 ☆月∞日 豆菓子


 その日は絶対、何があっても、隕石が落ちてきても休まないでくださいね!

 何度も何度も念押しされた当日は、急に抜けなければならない事態にはならず、ゆかりさん不在で何事もなく喫茶店の手伝い(バイト)を終えた。


 そして、翌日。今日は客としてモーニングを食べに行った。

「はい、和樹さん! 旅行のお土産です!」

 ゆかりさんは満面の笑顔で大きめの紙袋を押しつけてきた。

「ありがとうございます。お土産なんて、気にしなくてもよかったんですよ。存分に楽しめましたか?」

 数人の友人と一緒に日帰り旅行に行く、と半月以上前から数えきれないほど話を聞かされていた。学生時代の友人たちとはなかなか休みが合わず、全員で集まって遊べるのはだいぶ久しぶりだったらしい。

 以前、僕のせいで食事会などを犠牲にさせてしまったこともあったので、今回は約束を反故にせずにすんで本当によかったと思う。


「そりゃもう! 観光日和で潮風が気持ちよくって! 生しらす丼も紅芋ソフトもソーセージもクレープもパンケーキも、とってもおいしかったです!」

「……いっぱい食べたんですね」

「いっぱい食べました!」

 恥じらうことも気を害することもなく笑ってうなずく彼女は、陽に照らされた海面のようにキラキラとまぶしい。三割増の笑顔は、旅行効果か何かなんだろうか。

「満喫できたようで何よりです。開けてもいいですか?」

 手に持った感覚で、紙袋の中に小さめの袋がいくつも入っているのはわかっていた。僕個人に、ではなく喫茶いしかわへのお土産なんだろう。

「どうぞどうぞ! うふふ、いっぱい悩みました!」

「それは楽しみです」


 ニコニコ笑顔のゆかりさんに見守られながら、テープを剥がして紙袋を開ける。中に入っていたのは……

「お豆です! コーヒーに合うかな~って思って。色んな種類買ってきたので、今日、お店クローズしてからマスターたちと皆で一緒に食べ比べしませんか?」

 わさび味にカレー味、きなこ味なんてものまである。

 当たり外れがありそうなチョイスだけれど、たしかにみんなでわいわいと食べ比べするのは楽しいだろう。

「いいですね」

「でしょう!」

 僕の同意に、ゆかりさんは得意げにニッコリと笑った。


 ゆかりさんの背中越しに見える朝日がまぶしくて、そっと瞳を細める。

 ああ、こんななんてことのない日常が、あと、どれだけ僕に許されているんだろう。


 普通ならここで若い娘がそれ選ぶか? ってなるけど、ゆかりさんですからね。

 ……というか、そもそも豆菓子って、お菓子に馴染みのない人でもピンとくる商品でしょうか?


 でもゆかりさんはゆかりさんなりに、実は「どうやら和樹さんは和食とか和っぽい食材のほうがまかないの箸の進みが早いぞ」とか「甘いものは苦手じゃないけど得意でもないっぽい?」とか、観察して気を遣った結果のチョイスだったりするのです。


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